第90話 平穏ナ一日
ルティーナは少し寂しかった。
初めてできた同い年の友達。
せっかく仲良くなれたのに、話した時間はほんの数時間だけだった。
エリアルとの話題で盛り上がっていたが、サーミャが手を叩く。
「そろそろ本題に入らねぇか?」
ルティーナは砂漠での調査結果を報告することにした。
「ギンさん、私達の保護者として――」
「保護者って! つうか、いきなり『ギンさん』って浸透させようとすんなよ」
ヘギンズは照れながらも受け入れていた。
ルティーナは、ヘギンズにも今回の件を説明しておきたいと伝える。
「ギンさんには、帰りも砂漠に付き合ってもらうから……道ずれだな」
「おい! サーミャ! 酷ぇ扱いだな」
「「「「あはは」」」」
ルティーナは改めて、砂漠で起こった現象を説明する。
シャルレシカが感知した巨大な反応の正体。
砂漠の異様さ。
エリアルから聞いた『イズガ砂漠』の昔話。
だが――。
話を聞き終えた全員は、『理解が追いつかない』顔をしている。
「待て待て待て――」
最初に口を開いたのはサーミャだった。
「つまり、砂漠の下には昔あった王国が沈んでるのは事実ってことか?」
「う〜ん、どうだろ」
「じゃあ、シャルが感じた巨大な反応って……」
「エルが言ってた、王国を滅ぼしたって魔物が生きてるってことか?」
「さすがに――それは無いと思う」
ルティーナは首を横へ振った。
「もし伝承通りの魔物が今も生きているなら、この世界そのものが危ないはずだもの」
八十年前に王国を滅ぼした存在。
そんな怪物が今なお健在なら、周辺国家だけで済む話ではない。
だからこそ、ルティーナ達は別の可能性を考えていた。
「じゃあ、別の何かってことか?」
「うーん」
ロザリナが頬に手を当てながら、首を傾げる。
「もしかしたら、沈んだ王国を守る守護神みたいな存在ってことはないの?」
その言葉に、馬琴の想像がさらに膨らむ。
(そうか、砂の中に居て守っているってことか……)
(だから出てこない――なくもない)
未知の王国。
砂漠の下に眠る遺跡。
そして正体不明の巨大反応。
冒険者としては、どうしても心が躍ってしまう話だった。
しかしヘギンズだけは真顔だった。
「なぁルナリカ――」
「噂になってる行方不明者の話は、事実で……砂の海で溺れたってことか?」
「その可能性は高いと思います――」
ルティーナは真剣な表情で頷く。
砂漠が途中から別の性質へ変化していること。
足を踏み入れた者が溺れ死ぬ可能性。
あるいは、あの巨大反応に襲われている可能性。
どちらも否定できない。
「これ以上は、考えても結論はでなさそうね」
「――だから、一旦保留!」
ルティーナは一旦、話を打ち切る。
そして結論を口にした。
「帰り道でもう一度調査することにしましょ」
「バルステンで、何か新しい情報が掴めるかもしれないし」
そして今後の予定として、一週間ほどバルステン王国へ滞在し、イズガ砂漠に関する情報を集めることにした。
明日はエリアルのいる孤児院を訪ねる――。
そう決めて、その日は就寝することにした。
――翌朝。
一行は再び馬車へ乗り込み、バルステン王国へ向けて出発し、昼過ぎには国境を越え、夕方前には中心街へ到着した。
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
「ワシは近くにある知人の家で世話になるから、お前らは好きにしな」
ヘギンズは知人の家の地図を渡し、別行動をすることにした。
「また帰りによろしくな、ギンさん」
「(定着しちまったな……)」
ヘギンズは苦笑しながら去っていく。
彼を見送りながら、ルティーナ達は一週間ほど滞在できる宿を探し始めた。
「あの宿、どうですかぁ?」
「横に孤児院もありますよぉ――」
シャルレシカが何気なく指差した宿屋。
その隣に建つ孤児院には、エリアルの乗っていた馬が止められていた。
(あいかわらずシャルって、怖ぇ~)
ルティーナはエリアルと別れる時に、孤児院が三つあるのでわかりやすく目印を立てておくと約束していた。
「――あそこの孤児院で間違いないわ」
とりあえず宿を確保し、すぐに荷物を整理する。
そして日が沈む前に、孤児院へ挨拶に行くことにした。
「すみませーん」
「エリアルさん、いらっしゃいますかぁ?」
すると――。
「はーい」
出迎えてくれたのは――私服姿のエリアルだった。
「「「「……」」」」
「どうしたの皆?」
一同は固まっていた。
武闘大会で見た凛々しい剣士とは別人だったからだ。
柔らかな服装。
自然に整えられた髪。
どこか上品で、それでいて親しみやすい雰囲気。
「(確かに食事会の貴族服も綺麗だったけど……)」
(ギャップが激しいな……)
「どうしたの皆? 気の抜けた顔して?」
エリアルが首を傾げる。
「「「「可憐すぎるだろ……」」」」
「?」
本人だけが理解していなかった。
その後、エリアルと孤児院の近くをぶらぶらしながら食事処を案内してもらうなことになる。
その内に話題は自然とエリアルの服が可愛いと盛り上がる。
「私も、かわいい服が欲しくなっちゃったな」
「いつも甲冑だから、普段着これ一着しか無いのよっ!」
「「「「あははは」」」」
「確かに、あたいらは戦闘服が普段着みてぇなもんだしな」
「もし良かったら明日、常連のお店を紹介しようか?」
するとルティーナは、指を立てながら提案する。
「それならいっそ、明日一日、五人で遊ばない?」
「エル、バルステンを案内してよ」
翌朝――。
満面の笑みで現れたエリアルに連れられ、さっそく服屋へ入る。
だが……。
「……大きすぎる」
早々にルティーナが撃沈した。
可愛い服ほどサイズが合わない。
「ルナの動き止まってるぞ?」
サーミャが笑う。
だが隣を見ると、シャルレシカまで硬直していた。
「シャル、どうした?」
「服が入りません……」
「「「『胸』が、だろっ」」」
「ふにゃ?」
本人だけが分かっていなかった。
そんな中。
サーミャやロザリナは自分に似合う服を見つけて満足げだった。
だが、シャルレシカが選んだ服を見た瞬間――。
「お前、喧嘩うってるのかっ!」
サーミャが即ツッコミを入れた。
「ほとんど胸が出てるじゃねぇか!」
「胸が楽ですぅ」
「「……だろうなっ!」」
二人の声が揃った。
その騒ぎをよそに。
ルティーナは服を決める。
そして試着室から出てきた瞬間――。
全員が固まった。
「……と、尊すぎる」
サーミャが素直に呟く。
「孫にも衣――」
「ミヤぁ~っ!」
「その先は言わせないわよっ!」
「そんなことどうでもいいですぅ――ずるいですぅ」
シャルレシカが頬を膨らませた。
「ルナの力でサイズを微調整したんですねぇ?」
「正解っ!」
能力を応用した馬琴の提案だった。
「なるほどな!」
サーミャが感心する。
その横でシャルレシカは別方向へ閃いていた。
「じゃぁ、この服の『胸』の部分だけ大きくぅ――」
「「「「却下っ!」」」」
(エルまで参戦してる……)
「むぅ~」
その後も――。
昼食。
散策。
雑貨屋巡り。
エリアルは本当に楽しそうだった。
「エル、今日ずっと笑ってるね」
ルティーナが言う。
エリアルは素直に頷いた。
「こんな風に遊ぶの、初めてだからさ」
その言葉に、四人は少しだけ胸が温かくなる。
――そして夕方。
エリアルは少しだけ緊張した様子で口を開いた。
「今日の最後に、一つだけ行きたい場所があるんだけど――」
「ん?」
「実は少し憧れてたんだ――」
少し恥ずかしそうに笑う。
「仲の良い女友達が出来たら、一緒に温泉施設に行ってみたかったんだ」
「……駄目かな?」
一瞬の沈黙。
真っ先にサーミャが話に乗る。
「いいじゃねぇか!」
「あたい、大浴場とか入ったことねぇし!」
「私も興味あります」
ロザリナも賛成する。
「温泉入ったことないですぅ」
シャルレシカも浮かれていた。
しかし、ルティーナだけが微妙な顔をしていた。
「ルナ?」
エリアルが心配そうに見る。
「ごめんね、嫌なら――」
だがルティーナは首を振った。
「そうじゃないよ」
せっかくエリアルが勇気を出して言った願い。
無碍にできなかった。
ルティーナは、必死に笑顔をつくりながら言う。
「お……温泉、楽しみだなぁ~」
その言葉にエリアルは嬉しそうに笑った。
その頃――。
別の場所では、ある男達が情報を共有していた。
「間違いない……エリアルだ」
「帰って来てやがる」
低く笑う声が響く。
狙うべき標的は決まっていた。
だが――。
当の本人達は、温泉を楽しみにしながら笑い合っている。
迫る危険に気付くことなく。




