第9話 覚醒
デフルウの群れが増え続けていることを知らず、
バルストは一人、森に残っていた。
五人は、不安げに森を見つめながら、馬車を止めていた。
そんな不安が入り混じる中、
シャルレシカの表情が、わずかに緩んだ。
「……バルストさんの周りの魔物、消えましたぁ」
どうやら振り切ったらしい。
そして数分後――
少し怪我を負ったバルストが、馬車へ追いついてきた。
「シャルちゃんの言った通り、デフルウの群れじゃったよ」
「さすがに十匹も群れられるとな……久しぶりに苦戦してしまったわい! わはは」
彼は笑っていたが、現実を知らされ血が引く。
全てが――異常だった。
「もう……百を、超えてますぅ……」
シャルレシカの声が、絶望感に包まれ震える。
バルデランの森に、本来あり得ない数の魔物が発生していた。
確かにデフルウは群れで行動する魔物だ。
だが、ここまでの数が一斉に出現するなど、常識では考えられない。
「そんな馬鹿な……」
ドリネが絶句する。
「この森は『バリア・ストーン』の恩恵があるはずだぞ……!」
ほとんどの魔物を寄せ付けないはずの結界。
一匹や二匹程度なら、結界を抜ける場合もある。
だが、ここまでの数は異常だった。
――つまり。
(これは人為的だぞ)
馬琴の懸念が現実となる。
「ドリネさん、街に向かって逃げましょう! 早く馬車を――」
バルストが即座に判断する。
「シャルちゃん、安全なルートを探してくれ!」
「は、はいぃ……!」
シャルレシカが索敵を広げ、最も魔物の薄い方向を指し示す。
それに導かれるように馬車は駆ける。
だが――その直後。
「だめですぅ……!」
――包囲されていた。
逃げ場は、どこにもなかった。
「……くっ!」
バルストは歯を食いしばり――
迷いなく、馬車から飛び降りた。
「お父さん!?」
「シャルちゃん、一番手薄なところを案内してくれ! 時間を稼ぐ!」
迫り来るデフルウの群れへと、単身で突っ込んでいく。
みんなの道を作るために。
その背中を見送りながら、ルティーナの胸がざわついた。
「……お父さん……死ぬ」
(……)
言葉にならない違和感。
だが、確信に近い予感。
バルストだけでなく――全滅。
「バルストさんの反応がぁ……どんどん弱くぅ……」
その言葉が引き金だった。
ルティーナは、アンナの腕を振り払い馬車から飛び降りる。
「ルナ!? なんてことを――」
「お父さんを助けに行く!!」
止める声も聞かず、一人、森に逆戻りする。
そこは、すでに戦場だった。
バルストは群れに囲まれていた。
「はぁっ!!」
剣が閃く。
一匹、また一匹――。
確実に仕留めるが、きりがない。
数が違いすぎる。
十を超え、二十を超え、なお増え続ける。
連携する牙。
死角からの襲撃。
回避を続けるだけでも限界だった。
「くそっ……」
体力が削られる。
そして――集中が途切れる。
決定的な隙。
複数のデフルウが同時に飛びかかった。
「――っ!」
回避が、間に合わない。
白い牙が、右腕へ深々と食い込んだ。
肉を裂き――右腕を、肘から食いちぎった。
「ぐぁああああああああっ!!」
絶叫。
血飛沫。
空に舞う右腕。
――視界が揺れる。
「俺も……ここまでか」
思考が、静かに沈む。
「ルナ……」
浮かぶのは、娘の笑顔だけだった。
――その時。
「お父さんっ!!」
叫びが響いた。
もう会えないと諦めかけていた、バルストが顔を上げる。
「ルナ……!?」
「目を閉じて!!」
理由はわからない。
だが――従った。
【輝】
次の瞬間。
閃光が弾けた。
視界を焼き尽くす光。
デフルウたちが一斉に怯む。
――その隙に。
ルティーナは、前に出る。
両手を地面につく。
そして――描く。
【炎】
すると地面に爆炎が弾けた。
周囲を焼き払い、魔物を押し返す。
「お父さん、大丈夫!?」
ルティーナは震える手で止血し、さらに描く。
【癒】
光が傷口を包む。
だが――
(再生は無理だな)
馬琴が冷静に告げる。
腕は元には戻らない。
しかし、出血は止まった。
「逃げるよ!」
続いてバルストに触れる。
【軽】
で包み込む。
――すると重さが消え、バルストの体が軽くなる。
それを背負い――走る。
「な、ルティーナ……これは一体!」
「説明は後! 今は離れるわよ!」
ルティーナの声は、揺れていなかった。
ただ一直線に、前を見る。
だがその時。
前方から――馬車が戻ってきた。
「えっ!?」
「シャルちゃんの指示どおりだ!」
ドリネの声。
これがシャルレシカの考えた、最適解のルート。
だが同時に、最も危険な位置。
(ここで決める)
馬琴の声が鋭くなる。
「ドリネさん! 馬車を止めて!」
ルティーナは自分の右肩に、二つの漢字を描く。
【力】
【投】
そのまま、軽くなったバルストの身体を馬車へ放り込む。
人間とは思えない勢いで。
さらに振り返り様、地面に手をつきながら――。
全員を馬車ごと包み込める大きさに広げる。
【窯】
(起動っ!)
地面と岩が盛り上がり、巨大な窯のような岩壁が形成された。
完全な密閉空間。
即席の要塞。
――だが中は暗闇。
ルティーナはすぐに動く。
【灯】
光が灯り、内部が照らされる。
「お母さん! お父さんを!」
「あなた……腕が!」
アンナの声が震える自分を抑えながらも、回復魔法で傷を癒す。
「ごめんなさい……私じゃ……再生は」
「気にするな……生きてるだけで十分だ……」
バルストが息を吐く。
だが外では――
岩を削る音が響いていた。
……時間の問題。
(……やるしかないな)
「(今、だよね)」
ルティーナは、恐怖を振り払い顔を上げる。
「シャル」
「は、はいぃ……?」
「デフルウが一番集まってる方向を教えて」
震える指が、方向を示す。
ルティーナはシャルレシカを信じ地面に手をついた。
左手には【棘】
右手には【斬】
壁の端から外に向かって、二つの漢字を広げていく。
どんどん巨大な文字へと成長していく。
そして――。
(いくぞ、起動っ!!)
――外。
大地が爆ぜる。
無数の岩の刃が地表から突き出す。
それは、デフルウの群れを一斉に貫く。
断末魔が響く。
「……消えてるぅ……?」
シャルレシカが呆然と呟く。
「次はどこ?」
呆然とするシャルレシカを横目に、ルティーナは止まらない。
岩の刃が次々と地面を突き破る。
魔物達に逃げ場はない。
貫かれ。
裂かれ。
群れは次々と沈黙していく。
ほんの数分で――百を超える群れは、ほぼ壊滅していた。
そして――。
静寂が訪れる。
だが、小さな拳は震えていた。
「(これが……私の力……)」
馬琴が答える。
(まだ、終わってないぞ!)
(最後の仕上げだルナ!)




