第10話 圧巻
ルティーナは、すでにその場を『壊滅』と呼ぶにふさわしい状況へと追い込んでいた。
――ほんの、五分もかからずに。
「ルナぁ~、あとぉ~七匹ですよぉ~」
(……外は、見るまでもなく地獄絵図だな)
(正直、あんまり想像したくないレベルだ)
「お母さん、お父さんの事はお願いね! ちょっと出かけてくる!」
「ルナ!? お願いだから、もう危険なことは――!」
アンナの悲鳴にも似た制止を、ルティーナは振り払う。
シャルレシカから、デフルウがいない方向を正確に見定め、壁へと手を当てた。
【穴】
出入りできるほどの大きさ。
次の瞬間、岩の檻の外へと飛び出した。
嫌がるシャルレシカを連れて――。
鼻を抉るような血の臭い。
地面を覆い尽くす、無数の魔物の骸。
まるで『戦場そのもの』がそこに残されているかのようだった。
(……最悪だな。これ)
「(……すごい死体……これ、私がやったんだ)」
(立ち止まるな。まだ生き残りがいる)
ルティーナは来た穴を封じ、シャルレシカには【硬】を包み込むように描く。
「ふえぇぇ~私も中でぇ――」
(動物で試しておいて正解だったな。硬化しても喋れるのは想定外の利点だ)
「シャルがいないと、デフルウが索敵できないでしょ? 付き合ってよ」
その先――。
地平に残る生き残り。
数匹のデフルウが、静かに集まり始めていた。
「(あれを……私が、一人で全部倒すの?)」
(ルナがやるのは――『最後まで生き残ること』だ)
その言葉に、ルティーナの胸が小さく跳ねた。
恐怖よりも先に、湧き上がるのは奇妙な高揚感だった。
「……やってやる」
短剣を抜く。
その瞬間――空気が変わる。
右肩に残した【力】。
右手に【硬】を描き、左腕に転写。
さらに、左手は【伸】を描く。
(準備はいいか?)
「(……うん)」
――その時だった。
一匹のデフルウが、音もなく踏み込み、殺意そのものとなって跳躍する。
「来たっ!」
鋭い爪。
獣の牙。
そして圧倒的な速度。
だが、ルティーナは退かない。
むしろ――真正面から迎え撃つ。
「お父さんに教えてもらった剣技で……できるの私――」
(いや、構えるだけでいい。短剣を前に。左手を添えるだけでいい)
「え……?」
だが、身体は自然に動いていた。
そして左手に刻まれた文字――
(起動っ)
――瞬間。
剣先が異常な速度で伸長。
空間を裂き、デフルウを貫く。
(停止っ)
何事もなかったかのように剣は元へ戻り、魔物は崩れ落ちた。
「(……なに、これ、凄い!)」
(まだ序盤だ。ここからだぞ)
ルティーナの瞳に、明確な光が宿る。
「シャル! 隠れてるやつはいないよね?」
ルティーナは、持ってきた木の板を扇のように構える。
そこには、すでに複数の『漢字』が刻まれていた。
【爆】【雷】【燃】【嵐】【毒】
もはや『武器』ではない。
『現象そのもの』だ。
迫りくる一番近いデフルウに向かって、最初の一枚を投擲。
【爆】
(起動)
――魔物が爆ぜた。
次々と木の板を投擲する。
【雷】が迸る。
【燃】が焼き尽くす。
【嵐】が吹き荒れる。
【毒】が死を撒き散らす。
木札が投げられるたび、デフルウが消えていく。
それは戦闘ではない。
『処理』に近かった。
「ルナぁ~あと一匹だよぉ~。そこの岩陰にぃ隠れてますよぉ~」
「ありがとう、シャルっ」
(さて、最後の一匹だ。やってみるかい?)
(自分の剣技も試してみたいだろ?)
「(え? えぇぇぇぇぇぇ~! わ、私が戦うのぉ~)」
「(……でも、やってみたいかも」
「私も冒険者を目指しているんだから……これぐらい出来なきゃだよね!)」
(まだ、右肩の【力】は残しているから、剣を振るうだけでもかなり強力だとおもう)
ルティーナは左手で【硬】を描き、剣を持つ右腕へ転写する。
続けて、左手のひらには【爆】だけを描き準備をしていた。
「(わかった! やってみるっ)」
そこに隠れていた、デフルウが飛び掛かってくる。
ガキィン!!
剣が受け止める。
「……お、重い!」
(押されるな!)
一瞬の拮抗。
反撃。
剣を振るう。
だが、デフルウの動きは速い。
回避される。
距離を詰められる。
「――!」
足元の石に、つまずいた。
体勢が崩れる。
――終わった。
いや、それは馬琴の作戦だった。
ルティーナは剣を手放し――。
右腕を突き出した。
ガブッ!!
デフルウが噛みつく。
しかし――砕けない。
【硬】がすべてを受け止めていた。
その一瞬の空白。
左手でデフルウの顔をつかみ転写する。
【爆】
「――さよなら」
ドゴーンッ!!
至近距離で炸裂したそれは、デフルウの頭部を完全に吹き飛ばした。
森から、
音が消えた。
「お、終わったのね……」
「は、はいぃ~! もういませんよぉ~!」
シャルレシカの声を聞き、ルティーナは大きく息を吐いた。
――静寂。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っていた。
残っているのは、無数の死骸と、破壊された大地だけ。
(……やりすぎだろ)
「(え? そう?)」
(そうだよ)
だが、その静寂を破る声があった。
「ルナ!」
岩の内側から、アンナの声が響いた。
はっと、我に返る。
「……お母さん?」
急いで【窯】を停止し、四人を外に出す。
そこには――
疲弊した三人と、右腕を失ったバルストの姿があった。
「……無事か……ルティーナ」
「お父さん……」
言葉が詰まる。
だが、今は泣いている場合ではない。
ルティーナは唇を噛んだ。
どれだけ強い力があっても、
失ったものは戻らない。
その現実が、胸を締め付ける。
そんなルティーナを見つめながら、バルストが口を開く。
「ルティーナ、助けてくれたことには感謝する――」
「一体、何が起こったのか? 後で、ちゃんと説明してくれ」
「今は危険だ……まずはここから離れるぞ」
全員が頷く。
だが――
「馬車が……」
ドリネの声。
視線の先には、破損した車輪が転がる。
(まさか、バルストさんを投げたときに……?)
「(わ、私なの? 壊したの)」
ルティーナは天を見上げた。
――このままでは、移動すらままならない。
するとルティーナが口を開く。
「私が、助けを呼んでくる」
皆、言葉に詰まる。
「ルナ、あなた何を……」
お構いなくルティーナは鎖骨に手を当てる。
【翼】
次の瞬間。
ルティーナの背から、純白の翼が広がった。
「――っ!?」
夕闇の空へと飛び去る、小さな背中。
あっけにとられ、見守るしかできない。
――彼女はもう『ただの少女』ではなかった。
そして運命は、音を立てて動き始める。




