第85話 異郷ノ旅路
王都武闘大会で激闘を制し、優勝を果たしたルティーナ。
『零の運命』は大きな注目を集め、それぞれが成長を遂げていた。
だがその裏では、ルティーナを自分の最愛の人物――誉美だと誤解するノキア王
しかし彼には別の意識――朝時が体を乗っ取り暗躍していた。
そして明かされる、八年前に起きた『勇者召喚事件』の真実――。
新たな旅路の先で、彼女達と馬琴を待ち受けるものとは。
王国武闘大会が終わってから、一週間――。
ルティーナ達『零の運命』は、かつてないほど慌ただしい日々を送っていた。
しかし、今日だけは違う。
ルティーナ達は武闘大会の賞金を元手に、自分達の活動拠点建設について建築家と話し合いをしていた。
机の上には設計図が広げられ、四人が盛り上がる。
「――会議室はちゃんと場所を確保してよね」
「お風呂はぁ~ここがいいですぅ~っ!」
シャルレシカが勢いよく手を挙げる。
「シャル、二階には絶対作りません!」
「あなた、お風呂入ったらすぐ湯舟あふれさせちゃうじゃない!」
「ぐすん」
しょんぼりするシャルレシカを肘置き代わりにしながら、サーミャが口を挟む。
「それより酒棚は絶対必要だろっ!」
「もう! ミヤ、それ絶対あなた専用じゃない……」
「まったくぅ! でも台所は絶対作りますからね」
楽しそうな三人を見つめるルティーナ。
「リーナって、しっかりお母さんね」
「まったくだぜ」
「「「あははは」」」
今回、話の中心になっているのは、四人の中で一番のしっかり者のロザリナだった。
建築家と真剣に相談しながら、皆の要望を一つずつまとめていく。
その姿を見ながら、ルティーナと馬琴は感心したように頷いた。
(こういう時のリーナって、本当に頼れるな)
「(最初は泣いてばっかだったのにね)」
「ルナ?」
ロザリナがにっこり笑う。
「聞こえてますよ」
「ひぃぃ~っ!」
(怖っ)
そんなやり取りに、再び笑い声が広がった。
そして――。
金貨八百枚。
決して安くはない金額だった。
それでも。
『零の運命』の拠点建設は正式に決定した。
完成は一か月後。
その報告を聞いた瞬間、全員の顔がぱっと明るくなる。
自分たちの帰る場所。
それが形になる。
冒険者にとって、これほど心躍る話もない。
武闘大会で勝ち取った栄光が、ようやく形になろうとしていた。
しかも、その影響は拠点建設だけではない。
『零の運命』の名は王都中に広まっていた。
武闘大会完全優勝。
その影響は想像以上だった。
『零の運命』の名は王都中へ広まり、高額依頼も自然と舞い込むようになっている。
まさに順風満帆。
そう思わずにはいられないほど、彼女達の未来は明るかった。
――その日の夜。
ルティーナがぱんっと手を叩いた。
「そこで、提案があります!」
「「「?」」」
視線が一斉に集まる。
ルティーナは楽しそうに笑った。
「お金もまだまだ残ってるしさ――」
一度言葉を区切る。
そして。
「拠点完成までの間、みんなで他国へ旅行に行ってみない?」
一瞬。
部屋が静まり返った。
だが、その沈黙は長く続かなかった。
「おっ、いいじゃねぇか頭っ!」
真っ先に食いついたのはサーミャだった。
勢いよく身を乗り出し、目を輝かせる。
「ほら、あそこだよあそこ!」
「生国祭の露店で飲んだ酒がめちゃくちゃ美味かった国!」
(食いつくの早っ!)
ルティーナは思わず心の中で突っ込む。
「えーっと……なんだっけ?」
「そうだ! パルプンテ!」
(危なっかしい国名だなっ!?)
思わず吹き出した。
「バルステンでしょ?」
「それそれ!」
以前、行商人から聞いた話を思い出す。
その国に行く途中にある巨大な砂漠。
魔物すら寄り付かないという異常地帯。
そして、存在したとされる謎の王国。
(確か『消えた王国』って噂話をしてたな……)
馬琴も興味を示していた。
未知の国。
未知の景色。
ルティーナの胸も少しだけ高鳴っていた。
「私は皆さんと一緒ならどこでもいいですよ」
ロザリナが柔らかく微笑む。
「砂漠ですかぁ……」
シャルレシカは顎に指を当てる。
少し考え込むような仕草を見せたかと思えば――。
「なんだかぁ未知の食材がありそうですねぇ~」
興味の方向性が予想通りで、部屋は笑いに包まれていた。
数日後――。
ルティーナ達は各所へ長期不在の連絡を済ませ、バルステン王国への旅へ出発する。
しかも今回は、ギルド長ブランデァの厚意で馬車まで貸し出されている。
それだけではなく、御者まで付けてもらったのだ。
御者を務めるのはヘギンズ=レイド。
二十年以上にわたりギルド専属として各国を巡ってきたベテラン。
(これ、何かあったらすぐ呼び戻す気だな)
馬琴がぼそりと呟く。
「(確かに……気前が良すぎるわね)」
ルティーナも苦笑いする。
旅路の途中、ルティーナは御者席へ顔を出す。
「ヘギンズさんって、バルステンには詳しいんですか?」
「ああ」
ヘギンズは手綱を操りながら頷いた。
「飽きるほど行ってる」
その返答には妙な説得力があった。
「ただし、あそこは特殊だ」
ヘギンズは少しだけ表情が引き締まる。
「特殊?」
「砂漠越えだけで丸一日かかるのさ」
ルティーナが目を丸くする。
「しかも熱気が異常だ」
「水の補給だけは絶対に忘れるなよ」
ヘギンズの口調は真剣だった。
砂漠では水が命になる。
脱水症状は回復魔法でも簡単には治療できない。
だから旅人は砂漠手前の街で大量の水を積み込む。
それが常識だった。
すると――。
「あ、それなら問題ねぇよ」
サーミャが当然のように言った。
「ここに無尽蔵の水樽がいるからな」
「もぉ~っ!」
ルティーナが抗議する。
「ミヤ、ひどぉ~い!」
「水魔法があるじゃない!」
確かにサーミャは水魔法を扱える。
だが、それは存在する水を操る力だ。
水場が無い場合は、空気中の水分を集めたり冷却することはできる。
しかし水そのものを生み出せるわけではない――。
一方、ルティーナの【水】は違う。
何もない場所から直接生成できる。
「あぁ準決勝で、ルナリカがやってた技か……」
ヘギンズはそんなやり取りを見ながら苦笑した。
そして二日後――。
一行は三つの峠を越え、ついにイズガ砂漠へ到着する。
「わぁ……」
ルティーナは思わず声を漏らした。
目の前に広がるのは、一面の砂。
果ての見えない黄金色の大地。
熱気に揺らぐ地平線。
街道脇にはサボテンが点々と生えている。
そして一本の街道だけが、その中心を真っ直ぐ貫いていた。
「これが……砂漠」
初めて見る光景だった。
「まだ入口だぜ?」
ヘギンズが笑う。
「この先はもっと凄いぞ」
だが――。
ルティーナより先に反応したのは馬琴だった。
(……なんだこれ)
違和感。
それも強烈な――。
街道を境にして、左側だけが完全な砂漠になっている。
対して右側は普通の平原だ。
あまりにも綺麗に分かれ過ぎていた。
(俺の知ってる砂漠じゃない……)
馬琴は低く答えた。
自然にできた地形には見えなかった。
まるで誰かが線を引いたような境界線。
それが妙に気味悪かった。
「砂漠側には魔物も生き物もいねぇんだ」
ヘギンズが続ける。
「ただ――」
少しだけ声を落とした。
「砂漠の果てを調べに行った奴が帰ってこなかったって噂はある」
「それって怖くないですかぁ?」
ロザリナが不安そうに呟く。
「まぁ噂だよ」
ヘギンズは肩をすくめた。
だが、その話を聞いた馬琴の違和感はむしろ強くなる。
魔物がいない。
生き物もいない。
帰ってこない調査隊。
どれも妙だった。
「しっかし、暑ちぃな~……マジかよ」
サーミャが羽織っていた服を一枚脱ごうとする。
「それ脱いだら、ただの露出狂じゃないですか!」
ロザリナが止めに入る。
「胸が汗だくですぅ~」
「「「けっ」」」
蒸し暑いが、シャルレシカへの視線は冷ややかだった。
それを見かねたルティーナは馬車の屋根へ手を当てる。
【涼】
光が走る。
次の瞬間――。
馬車の周囲を心地よい冷気が包み込んだ。
「ひゃぁ~っ!」
「涼しいぃぃ~っ!」
シャルレシカとサーミャが同時に歓声を上げる。
馬たちの足取りまで軽くなった。
「お、おい……」
ヘギンズが目を丸くする。
「ここ砂漠だぞ?」
「これなら快適でしょ?」
ルティーナはにこりと笑った。
「馬さんも疲れにくいですし」
ヘギンズは絶句した。
何度見ても規格外だ。
(なんなんだ、この子は……)
そんな彼の呆れをよそに、馬車はゆっくりと進んでいく。
そして――。
どこか不自然な大地は、彼女達を未知への冒険へといざなう。




