第84話 前日譚 ~後編~
――それから六年の月日が流れた。
王城爆破事件は当時こそ国中を揺るがした。
原因不明の爆発。
夜空へ飛び散った無数の流れ星。
人々は様々な噂を囁いたが、証拠は何一つ見つからない。
やがて噂は薄れ、事件を語る者も居なくなった。
もっとも――それは時間だけが理由ではない。
真相へ近づこうとした者達は、いつの間にか姿を消していた。
病死。
事故死。
失踪。
表向きは全て偶然。
だが、その裏では暗殺部隊が静かに活動していたのである。
新たな事件が起これば、人々の関心はそちらへ向く。
事件のことは忘れられようとしていた。
――ここはノモナーガ城地下。
極秘に存在する暗殺部隊の詰所だった。
「……珍しいな」
テレイザは部屋へ入ってきた男を見て眉をひそめる。
「最近まるで姿を見せなかったのに」
「任務さ」
ドグルスは素っ気なく答えた。
「随分秘密主義になったじゃないか」
「余計な詮索はするな」
短く吐き捨てる。
テレイザは小さく肩をすくめた。
「そうか」
だが内心では違和感を覚えていた。
「(最近のこいつ……何かを隠している)」
だが証拠はない。
だからこそ深くは追及しない。
テレイザは本題を切り出した。
「剣豪バルストを覚えているか?」
「あぁ。元近衛師団のやつだろ」
「例の事件の日、王城の護衛任務に就いていたらしい」
ドグルスの目が細くなる。
「つまり?」
「ベルハットの証言だ」
「何か知っている可能性がある」
数秒の沈黙。
やがてドグルスは立ち上がった。
「そうか分かった」
「任せたぞ」
それだけ言うと部屋を後にする。
テレイザはその背中を見送りながら小さく呟いた。
「……何を企んでいるんだ、あいつは」
この時はまだ知らない。
ドグルスがノキア王とは別の目的で動いていることを。
そして、テレイザ自身も巻き込まれていく。
その頃――。
朝時は、王としての生活にもすっかり慣れていた。
最初こそ面倒でしかなかった。
朝から晩まで続く謁見。
貴族同士の権力争い。
税の問題。
軍備の問題。
食糧不足。
どれも本来の自分には関係のない話だった。
だが――。
(どうせこの世界で生きるなら)
(誉美と暮らしやすい国にしてやればいい)
そう考えた。
朝時は社会教師としての知識を惜しみなく使った。
それらを活かし、朝時は次々と改革を進めていく。
街道整備――。
一番は『バリア・ストーン』による魔物結界の導入。
それにより他国との流通が安全となり活発になったことで食料備蓄も増えた。
次に、冒険者ギルドへの大規模投資。
これは『厄災』を倒すのは『勇者』でなくても、優秀な人材が育てば解決できると判断したからだ。
様々な政策の導入により、ノモナーガ王国は六年で見違えるほど発展する。
(別に国民のためじゃねぇ)
朝時は内心で笑う。
全ては誉美と暮らしやすい国を作るためだった。
そしてその裏では。
六年前の爆発事件に繋がる痕跡を消すため、暗殺部隊が動き続けていた。
事件を知る者。
疑問を抱く者。
真実へ近づく者。
そうした人間は事故や病死として静かに消えていく。
善政を行う王。
その正体は保身のために人を殺し続ける男だった。
そんなある日。
朝時は、自分の中に異変があることへ気付く。
政策に強く反対していた役人達が、いつの間にか自分の意見へ従うようになっていた。
最初は偶然だと思った。
だが、それは一度では終わらない。
何度も同じことが起こる。
そして朝時は理解する。
(これは……)
勇者として召喚された自分に与えられた力。
闇魔法。
『ダーク・マニピュレート――洗脳――』
人の心を操る力。
弱みを握り。
精神的に追い込んだ相手を洗脳できる。
だが冒険者達も似た魔法を使うことはある。
しかし効果は一時的なものだった。
朝時の魔法は違った。
一度支配すれば。
自分の意思で、一人づつではあるが好きな時に操れる。
まるで人形を操るように――。
(これが……勇者の力の片鱗)
そう理解した。
そして同時に、一つの可能性へ辿り着いた。
(俺だけじゃない)
召喚されたのは自分だけではない。
誉美にもまた、何らかの力が与えられているはずだった。
何らかの特殊能力。
それを使えば。
どこかで目立っている可能性が高い。
そう考えた。
――だが問題があった。
暗殺部隊は使えない。
能力者を探せと命じれば理由を問われる。
深く探られれば、自分自身へ疑いが向く。
(なら――)
朝時は考える。
探し回る必要はない。
向こうから集まらせればいい。
冒険者。
傭兵。
剣士。
魔法使い。
そして、まだ見ぬ異能を持つ者達を。
全員を一箇所へ集める。
(武闘大会だ)
その発想はすぐに形となった。
数日後。
ギルド長ブランデァは突然王城へ呼び出す。
「ノキア王陛下、何か御用でしょうか?」
「そう固くなるな」
朝時は穏やかに笑う。
「近年、魔物被害が増えている……」
それに対応する手段――。
若手育成。
冒険者の発掘。
王国戦力の強化。
ブランデァにとっても反対する理由はなかった。
ノキア王はゆっくりと告げる。
「生国祭の最終日に武闘大会を開催しようと思う」
その提案にブランデァは、目を丸くしていた。
「面白い企画ですな」
「うむ」
「優勝者には莫大な報酬を与える」
「さらに上位入賞者には王国から特別支援も行う」
金。
名誉。
昇格。
人は餌をぶら下げれば集まる。
並べる理由はもっともらしい。
実際、ブランデァも感心したように頷いていた。
計画は順調に動き出した。
朝時の本当の目的を知らぬまま。
そして今――。
「ふはははっ、ルナリカの中に誉美が居る!」
「やっと夢が……実現できるっ! ぶははぁははっ~」
その様子を、王室の屋根裏から二つの影が見下ろしていた。
スレイナとテレイザである。
「くくっ……」
スレイナは肩を震わせる。
「何がおかしいのですか?」
テレイザが小声で尋ねる。
「見ただろ?」
スレイナは顎で朝時を指した。
「まるで世界を手に入れたような顔をしている」
スレイナは口元を歪めた。
「知らぬが仏ってやつさ」
テレイザは小さく息を吐く。
そして表情を引き締めた。
「スレイナ様」
「ドグルスの件ですが」
その一言で、スレイナの目が細くなる。
「まだ戻らないか?」
「はい」
テレイザは静かに頷いた。
「バルスト=リバイバ暗殺任務の後――」
「ナガアキ様の命令で、サーミャ=キャスティルの追跡を開始したところまでは確認しております」
「ですが、それ以降の消息が掴めません」
しばし沈黙が流れる。
だがスレイナは驚きもしなかった。
「そうか」
その一言だけだった。
まるで予想していたかのように。
「生きていれば、そのうち出てくる」
「死んでいるなら、それまでだ」
スレイナは興味なさそうに肩を竦める。
テレイザはそれ以上追及しなかった。
この女がそう言う時は、既に結論を出している時だからだ。
「承知しました」
「引き続き監視を続けます」
「頼んだよ」
スレイナは立ち上がる。
そして最後にもう一度だけ、朝時へ視線を向けた。
「それにしても――」
「本当に幸せそうじゃないか」
その声音には嘲笑が混じっていた。
「まあ、せいぜい今を楽しむといい」
「全部思い通りになったと信じてな」
二つの影は静かに屋根裏から姿を消す。
誰にも気付かれることなく――。
その頃、カルラの宿では――。
『武闘会』での『零の運命』の奮闘を称え合い、朝まで宴会が続いていたのであった。
さまざまな思惑が渦巻いていることなど知らずに――
(第肆章 「武闘会」編 完)




