第83話 前日譚 ~中編~
豪奢な天蓋付きの寝台。
柔らかな羽毛布団。
ノキア王の身体は静かに眠っていた。
だが、その内側にいる朝時の意識だけは冴え切っていた。
(……)
朝時はノキア王の記憶を整理していた。
――昨日の出来事を。
召喚水晶。
勇者召喚。
一部の側近を集め秘密裡に行う儀式。
そして語られる――占い師ヘルアドの昔話。
(そうか……)
朝時は小さく呟く。
ノキア王が勇者召喚を行おうとした理由。
それは単純な好奇心でも野心でもなかった。
八十年前――。
世界を滅ぼしかけた『厄災』。
その時代。
当時のノモナーガ国王も異世界から『勇者』を召喚し、『厄災』を討伐した。
だが――一つだけ残る事実。
『『勇者』は帰ってこなかった』
朝時は眉をひそめる。
過去にこの国で何があったのか、その詳細はノキア王の記憶にもなかった。
『厄災』は倒された。
世界は平和になった。
それだけだった。
勇者達がどうなったのか。
もちろん戦死した可能性もある。
元の世界へ帰ったのかもしれない。
だが、それなら記録くらい残るはずだ。
誰も語らない。
いや……誰も気にしていない。
――何故。
朝時は少し考え、すぐに答えへ辿り着いた。
(そういうことか……)
簡単な話だった――。
『勇者』が生き残っていては困る。
『厄災』を倒せるほどの戦力を、一国が独占する。
そんな状況を周辺諸国が黙って見過ごすはずがない。
いずれ恐れられる。
疑われる。
そして戦争になる。
(なら――存在しない方がが都合がいい)
(…………ふざけやがって)
心の中で吐き捨てる。
異世界から勝手に呼び出し。
命懸けで戦わせ。
用が済んだら知らん顔。
(……まるで使い捨ての道具だ)
『勇者』など最初から駒でしかない。
(てめぇらの都合で、人生を滅茶苦茶にしやがって……)
拳を握り締める。
怒りが込み上げる。
――だが。
次の瞬間。
朝時の口元がゆっくりと歪んだ。
(……いや)
怒る必要などない。
結果として。
自分はこの世界へ来た。
そして――。
誉美も。
(ははっ……)
笑いが漏れる。
馬琴に奪われたはずの女。
もう二度と手に入らないと思っていた女。
その誉美が、この世界のどこかに存在している。
(これは……神様からの贈り物じゃないか)
召喚の瞬間を思い出す。
砕け散る召喚水晶。
自分はその破片に閉じ込められたまま、この身体へ入り込んだ。
(ならば――誉美も同じはずだ)
(……きっと破片の中にいる)
そう考えるのが自然だった。
誰かに憑依している可能性もある。
いや……破片の中に閉じ込められている可能性もある。
どちらにしても。
探し出せば、それでいい。
(とにかく明日だ)
事件現場を調べ――召喚水晶の破片を探す。
誉美の痕跡を探す。
それだけだ。
朝時は暗い笑みを浮かべた。
(待ってろよ、誉美)
(今度こそ――)
馬琴の顔が脳裏に浮かぶ。
憎たらしい笑顔。
幸せそうな新郎の顔。
その瞬間。
朝時は声を上げて笑った。
(里見ぃ……)
(お前が手に入れたもの全部)
(俺が奪ってやる!)
寝ているはずのノキア王の口元がうっすら開く。
夜は、まだ長かった――。
――そして翌朝。
朝時は早速、サデッサに車椅子に乗せてもらいながら事故現場に向かう。
「ノキア王、お体は大丈夫なのですか?」
「うむっ、この通り問題はないっ!」
「事故現場に来れば、何か思い出すかと思ってな」
「そうでしたか、現場はまだ壁や天井がもろくなっておりますのでお気をつけくださいませ」
「ありがとう」
無作為に並ぶ遺体袋。
大量の血が散乱している壁。
そして瓦礫の山。
(しかし、酷いな……これでよく助かったもんだ)
(だが、水晶らしき破片すら見当たらない……)
「どうかなさいましたか?」
朝時は焦る――。
(まさか……誰に回収されたのか?)
しかし兵士に遠まわしにこの部屋から持ち出したものはないかと質問する。
だが現場検証の為、何一つ持ち出していないという。
(どういうことだ……)
「そう言えば、昨日の爆発が起こった時に変わったことは無かったのか?」
「衛兵の数名から、ほうき星以外に大量の『流星』が城から八方に飛んで行ったような目撃情報はありましたが――」
(!)
「そ、それは、爆発の後か?」
「おそらく……」
朝時に嫌な予感がよぎる。
(ちっ……俺以外の水晶の破片は、外に拡散してしまったってことか!)
(誉美の水晶を見つけなければ……)
(一生、逢えなくなるじゃねぇか……ちくしょうっ)
「あの流星は、ほうき星のかけらだったのでしょうかね?」
朝時は咄嗟に指示をだす。
「……どうだろうね」
「今回爆発事件と関連しているやもしれんが、不確定な情報は混乱を招いてしまう」
「ゆえに今の話は、口外無用だ」
「かしこまりました」
結局、誉美の足跡を見つけることはできなかった。
――それから月日が流れる。
国王という立場を押し付けられた事実。
(クソ面倒くせぇ……)
玉座に腰掛けながら、内心で毒づく。
朝から晩まで続く謁見。
貴族達の駆け引き。
報告書。
軍備。
税。
食糧問題。
自分にとってはどうでもいい現実。
しかし、誉美と幸せな国を生きていく為に、自分の知識を生かし国政を進めていく。
『厄災』なんかどうにでもなると。
そう、それを退治する力を持つものを育成すればいい――。
そしてギルドの支援に大量の資金を投入する。
そんな中――。
一つだけ邪魔な要因があることに気付く。
(もし勇者召喚の存在が知れればどうなる?)
異世界人。
召喚水晶。
そして自分の正体。
全てが露見する可能性がある。
(そんなことになれば……)
誉美を探すどころではない。
王位も失う。
自由も失う。
(それだけは駄目だ)
その考えは、真実にたどり着きそうな者を片っ端から処分するという結論へ至る。
(しかし一斉に全員を抹殺しては不自然だ)
(どうする?)
そこで、自分直属の暗殺部隊を利用する。
「テレイザ、ドグルスはおるか?」
「はい、ノキア王。こちらに」
「頼みたいことがある」
「テレイザ……調査の件どうだった?」
「はい」
「国民の一部に『流れ星』を目撃した者がおります」
「やはりな」
「『流れ星』を目撃した者、召喚の参加者の親族関係を全て探し出せ」
最初は監視だけで済ませようと思った。
だが人は喋る。
酒の席で。
家族に。
子供に。
一人が喋れば終わりだ――。
「何年かかってもよい!」
「不自然と思われぬよう一人ずつ、確実に、暗殺ないし事故に見せかけて始末するのだ」
テレイザ達は表情一つ変えない。
「『勇者召喚』の事だけは、決して誰にも知られてはならぬっ!」
朝時の口元がゆっくりと吊り上がる。
それは王としての微笑みではなかった。
「各地に散らばったと思われる『サモナー・ストーン――召喚水晶――』の破片を見つけ、即時回収するのだ」
「行けっ!」
「はっ、おうせのままにっ」
王城で朝時が画策していた頃――。
近衛師団詰所では。
「バルストっ! 大変だ!」
「アンナさんが血相をかいてお前を尋ねて来たから、お連れしたぞっ」
バルストはただ事ではないと悟る。
「ど、どうした、アンナっ!」
「あぁ、あぁあなた……ル、ルナがぁぁぁぁ~っ」
その姿は全てが乱れ、服も血だらけだった。
「落ち着け! ルティーナがどうしたんだっ!」
アンナは必死にバルストに説明する。
いつもなら夕方前には帰ってくる。
しかし日が落ちても戻らない。
心配になり探しに行くが、姿がない――。
まさかと近くの崖の下をのぞき込む。
大怪我をしているルティーナを発見したのであった。
しかし、アンナには高度な医療魔法は使えず応急処置しかできなかった。
今、街にある医者へ運び治療してもらっているという。
「ルナの……ルナの意識が……戻らないの――」
バルストは血の気が引いた顔になる。
「すまんっ、ベルハットっ!」
「今日は早退さ――」
「あぁ、早く行ってやれっ」
そして翌日、バルストは近衛師団を退団した。
娘を守れなかった自分に、王城を守る資格はないと……。
彼は意識の戻らないルティーナを支えることを選択した。




