第81話 王謁見 ~後編~
ルティーナとエリアルは、ノキア王から大会賞金を直々に授与された。
王は二人の健闘を称え、大きく満足そうに頷く。
「決勝戦、実に見事だった」
「余も久方ぶりに胸が熱くなる戦いを見せてもらったぞ」
ノキア王は堅苦しい空気を払うように笑った。
「さて、これ以上かしこまるのも疲れるだろう」
「今日は無礼講――とまではいかぬが、肩の力を抜いてくれ」
「冒険者とこうして食卓を囲むのは初めてでな。ぜひ色々と話を聞かせてほしい」
(……思ったより若いな)
「(うん。もっとおじいちゃんかと思ってた)」
(俺もだ。三十代くらいにしか見えん)
「(それよりさ……私たちを嫁にしようとか考えてないわよね?)」
(ルナは大丈夫だろ)
「(なによ! それぇっ)」
軽口を交わしながらも、ルティーナの背中には妙な緊張が張り付いていた。
王は柔らかく笑っている。
だが――どこか視線が鋭い。
馬琴はその瞳の奥で、何かを観察しているような感覚が、ずっと消えなかった。
ノキア王が、何を目的に二人を招待したのか?
本当は聞きたい。
だが、さすがにこの場で問い質せる空気ではない。
――だが先に口を開いたのは、エリアルだった。
「失礼を承知でお伺いしたいのですが――」
「昨年はこのような機会はありませんでしたが、何故、今年は――?」
「……そうだな、昨年の優勝者ならではの疑問だな」
「やはり、急に招待されたら警戒してしまうよねエリアル」
一瞬、空気が静まる。
だがノキア王は気を悪くした様子もなく、小さく笑った。
「当然だ。むしろ、その反応の方が好ましい」
「私はな、実力ある冒険者が階級だけで評価されぬ現状を、少々惜しいと思っていてな」
王は酒杯を静かに置く。
「ブランデァに頼み込んでな」
「今年だけ特別に設けてもらったのだ」
(……建前だけじゃなさそうだな)
(だが『それだけ』でもない気がする)
「(考えすぎよ――マコト)」
そして王の視線は、エリアルの腰に置かれた魔剣へ向いた。
「それにしても、その剣は実に興味深い」
「魔法が自然に剣へ宿っているように見えた。余はあのような力を見たことがない」
エリアルは少しだけ表情を和らげた。
「これは、祖父の遺品なんです」
「数年前の冒険の最中に偶然見つけたものらしく、僕――いえ、私が十八歳の祝いに譲り受けました」
ノキア王は静かに目を伏せた。
「……失礼なことを聞いてしまい、申し訳ない」
「いえ、構いません」
「(マコト……)」
(そうなんだ……ミヤの杖と同じ類か)
だが、ノキア王の目はわずかに鋭くなり、白々しく本来の目的のルティーナに話題を振り始める。
「ルナリカは『職業なし』なのだな? しかしあの謎の技は非常に興味深い」
「試合の最中、『文字』を書いておったな――」
ルティーナの肩がぴくりと揺れる。
(『文字』だと――?)
(――どういう事だ!)
心臓が大きく跳ねた。
「(そうよね! 私でも、なんとか形を把握できる程度なのに!)」
「お、王様には……あれが文字に見えたのですか?」
するとノキア王は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「あ、いや……遠目だったからな」
「伝えやすくするために『文字』と言ってしまったね……どちらかというと模様だったね?」
「(しまった! ……俺としたことが)」
だが、その『間』をマコトは見逃さなかった。
(やはり……怪しい)
「(え?)」
(この王、何かを知ってる!)
ルティーナは無理やり笑顔を作る。
「えっと……自分でも説明できない力なんですよ」
「八年前に落雷事故に遭ってから、急に使えるようになったんです……」
「なのでぇ、該当する職業が無いんですよ……ははは」
「(まさか、王様に嘘をつくことになってしまうなんて〜)」
「(マコト、こんなのすぐ嘘ってバレちゃうわよ)」
しかし馬琴には確信があった。
バルスト暗殺事件に巻き込まれた時に、両親の前で初めて見せた力――。
その時の説明で両親はあっさり納得した事。
つまり――。
(以前にも似た事例があったんだろうな)
(だから父さん達も、王様も驚かない)
馬琴の予想通り、ノキア王はその事について疑うことはなかった。
「そうか、なるほどのぉ」
「君は神の恩恵を受けた者だったのか」
「……それでは確かに該当する職業はないかもしれぬな」
だがノキア王はつい、口を滑らせてしまう。
「八年前か、やはりな」
「え?」
「やはり……?」
ノキア王自身、『しまった』と言わんばかりに目を細めてしまう。
「(駄目だ……)」
「(目の前にいると考えるだけで……)」
「ああ、気にせんでくれ。独り言だ」
(八年前……に反応していた)
(ルナが事故の事、何か知っているのか?)
馬琴の不信感は確信に変わる――。
ノキア王に嘘をついている。
そんな感覚が胃を重くする。
だがノキア王は、意外にも不自然そうな顔をしなかった。
「意味のわからないことばかり言ってしまったな」
「それだけ、理解に苦しむというか――実に興味深い力だったよ」
ノキア王は穏やかに笑う。
だがその笑みが、逆に不気味だった。
(なんだ、このぎこちない会話は?)
「(質問すればするほど、ドツボにはまる……くそっ)」
(おいルナ、この王様、やっぱり変だ――)
「(えっ?)」
(とにかくごまかすぞ!)
ルティーナは曖昧に笑った。
それに対して、ノキア王も不自然な笑顔になる。
「(本当に誉美がこの小娘の中に居るのか?)」
「(それとも、俺のように――まだ表に出られていないのか?)」
ノキア王はそれ以上追及せず、話題をエリアルへ移していった。
しかしルティーナとの会話に戻ると、どこか噛み合わない空気が最後まで消えることはなかった。
腹の探り合い。
互いに何かを隠す。
――そして結局、誰も核心には踏み込まないまま、会食の時間は終わりを迎える。
「今日は本当にありがとう」
「疲れているところを付き合わせてしまったな」
「「こちらこそ、ありがとうございました」」
深く礼をし、二人は会場を後にした。
客室へ案内され、ようやく張り詰めていた空気から解放される。
「はぁぁ……疲れちゃったね」
「本当ですね」
エリアルも苦笑を漏らした。
「でも、ルナリカさんはかなり気に入られていたんじゃないですか?」
「王妃候補だったりして」
「や、やめてくださいよぉ!」
ルティーナは慌てて両手を振る。
そんな反応に、エリアルは小さく笑った。
そしてルティーナは、思い切って彼女をカルラの宿で行っている祝賀会へ誘うことにした。
――だがエリアルは申し訳なさそうに首を横へ振った。
「本当は行きたいんだけどね」
「明日の夜明け前に故郷へ移動をしないといけないんだ」
その言葉に、ルティーナは少しだけ残念そうに眉を下げた。
「そうなんですね……残念です」
「もっとゆっくりお話したかったんですが」
(『魔剣』について聞きたかったんだけどな)
「……僕もそうだよ」
エリアルは静かにルティーナを見る。
「用事が終わったら、またノモナーガに帰ってくるから……その時にでも」
その視線には、決勝戦の時とは違う感情が宿っていた。
「……はいっ、約束ですよ」
ルティーナは笑顔でエリアルを見送る。
そして、皆の待つカルラの宿へ向かう。
宿からは楽しい騒ぎ声が響いてくる。
「エリアルさんと別れたら、なんだか寂しくなっちゃった」
決勝戦でぶつかり合った相手。
ほんの数時間しか一緒に過ごしていない。
それなのに不思議と名残惜しかった。
「また会えるよね」
ルティーナは小さく呟く。
そして顔を上げた。
「よしっ!」
「みんなのところへ行こう!」
(さぁ行こう! 主役の乱入だ!)




