第75話 想定外
ルティーナが駆けつけた時、シャルレシカはすでに血に染まっていた。
倒れたシャルレシカへ向けて、ウェハルンはなおも矢を放ち続けていた。
「死ねぇぇぇっ!! 死ね死ね死ねぇぇぇっ!!」
「『シャイン・ウォール』っ!!」
その矢雨を、ロザリナの防御魔法が弾き返す。
同時に、サーミャも迎撃へ動いていた。
「『ライトニング・アロー』っ!!」
大量の青白い雷光が一直線に奔る。
放たれた矢を上回る数の雷矢が空を裂き、飛来する矢を正確に撃ち落としていく。
その間に、ルティーナはシャルレシカの治療を始める。
「シャルっ!!」
背中へ深々と突き刺さった矢。
しかも貫通している。
下手に抜けば、さらに大量出血を招く危険があった。
だが――迷っている時間はない。
ルティーナは即座に傷口周辺へ指を走らせた。
【癒】
淡い光が刻まれる。
「これで治療できるわっ! リーナっ!!」
「矢を抜くから、魔法をお願いっ」
「はいっ!!」
ロザリナが両手を重ねる。
「この場は僕に任せて! 早くっ!」
「ありがとうエリアルさん」
次の瞬間、再生魔法の光がシャルレシカを包み込む。
「っ……!」
溢れていた血が止まる。
裂けた肉が、ゆっくりと再生し始めていく。
「なんとかなりそう? リーナ?」
「えぇ……でも、矢が貫通してますっ」
「内臓もかなり傷ついてるかもしれませんっ!」
ロザリナの額に汗が浮かぶ。
「だから――魔力全開でいきますっ!!」
光がさらに強まった。
苦痛で歪んでいたシャルレシカの表情が、少しずつ安堵へ変わっていく。
その頃には、時計台にいたウェハルンも護衛団によって取り押さえられていた。
そして。
救護班が到着した頃――。
「こほっ…………」
シャルレシカの呼吸が安定した。
それを確認した途端、ロザリナの瞳から光が抜ける。
再生魔法を維持していた両腕が、力なく垂れ下がった。
「リーナっ!?」
ぐらり、と小さな身体が傾く。
そのまま。
糸が切れた人形のように、シャルレシカへ覆い被さるよう倒れ込んだ。
「リーナっ!!」
ルティーナの心臓が跳ねる。
一瞬――最悪の想像が脳裏を過ぎった。
だがロザリナは、うっすらと笑っていた。
「……間に合ったぁ……」
それを見た三人は、ようやく小さく息を吐く。
助かった。
少なくとも――今は。
「すごいな……ロザリナさん」
「本当に『銀』なのかい?」
呆然と呟くエリアルへ、ルティーナは苦笑した。
「あぁ、この子、興奮状態だと『白金』級ぐらいの力はありますよ」
「はは……とんでもないな」
「でも」
「シャルを守ってくれて、本当にありがとうございました」
「いや、僕は当然のことをしただけさ」
エリアルは静かに首を振る。
「君達……本当に仲が良いんだね」
「え?」
ルティーナは少し嬉しそうに笑った。
「私達、『零の運命』っていうパーティーなんですよ」
エリアルは、その言葉をどこか羨ましく思う。
「そうなのか」
「僕、ギルドには三回くらいしか行ったことがないから……」
「こういうの、よくわからないんだ」
その呟きは、どこか遠くを見るようだった。
「仲間って……いいものなんだね」
「……少し、羨ましいよ」
ルティーナは少しだけ言葉に詰まる。
エリアルは強い。
冷静で、礼儀正しくて、嫌味もない。
なのに――。
(この人、ずっと一人で戦ってきたんだ)
ルティーナは内心で困惑していた。
しかし。
シャルレシカが医務室へ運ばれた後も、闘技場の混乱は収まらなかった。
悲鳴。
怒号。
不安。
熱狂していた観客席は、完全に騒然となっている。
――そんな中、ブランデァが再び闘技場中央へ立った。
「みなさぁぁぁんっ!!」
「運営本部からの指示があるまで、どうかその場でお待ちくださいっ!!」
声を張り上げながらも、その表情には焦りが滲んでいた。
「シャルお姉ちゃん……ぐすっ……大丈夫かなぁ……」
泣きじゃくるカルラに、シェシカが強く言い切る。
「大丈夫よ」
「ロザリナが治療したんだから」
「う……うんっ」
その言葉だけが、今のカルラの支えだった。
時計台の陰では、スレイナがざわめく会場を静かに眺めていた。
「……あいつらが『零の運命』か」
口元が歪む。
「ふふっ……良い演出だったろ?」
「今日のは、挨拶代わりさ」
狂気じみた笑み。
「これ以上騒ぎになると、こっちの仕事がやりづらくなる」
「だから今日は引いてやるよ」
「さて――」
「この混乱の間に、ドグルスが何をやらされてたか調べるとするか……」
スレイナの姿は、静かに闇へ消えていった。
一方、護衛団へ拘束されていたウェハルンが、突然苦しみ始める。
「がっ……!?」
「お、おいっ!? どうしたっ!!」
泡を吹き、全身を痙攣させる。
その異常に、護衛団が慌てて駆け寄った。
「こいつの首元……なんだ?」
「小さい穴があるぞ……?」
「虫にでも刺されたのか……?」
次の瞬間だった。
首元の穴から、黄色い液体が噴き出した。
「なっ――!?」
ウェハルンの肌が、急速に萎んでいく。
肌が紙のように萎む。
頬が落ち窪む。
みるみるうちに、人の形が崩れていく。
まるで。
身体の『中身』だけを何かに吸われているようだった。
「ひっ……」
護衛団の一人が、思わず後ずさる。
誰も触れられなかった。
何が起きているのか。
理解できなかったからだ。
運営本部では、緊急会議が開かれていた。
「会議中失礼します!!」
「どうしたっ!?」
「ウェハルンは何か吐いたのかっ!?」
「いえ……それが……」
報告を聞いた瞬間、ブランデァの顔色が変わる。
「……萎れて死んだっ?」
「首元に小さな穴っ……?」
「そんな話、聞いたこともないぞっ!!」
怒号が飛ぶ。
「これでは、問い詰めようがないではないかっ!!」
しかも。
「(本当に『試合中の不正を指摘された』事が動機なのか……?)」
疑念だけが増えていく。
そんな中――。
「少し、邪魔をしてもよいかな?」
静かな声が割り込んだ。
ノキア王だった。
王は、観客達への配慮を口にしながら、大会継続を望む意思を示す。
「シャルレシカの容態次第ではあるが、大会は続行したい」
それが王の命だった。
ブランデァ達運営側も、即座に動き始める。
「(くそっ……想定外だ)」
「(こんな形で中止になれば、ルナリカと接触する機会が消えてしまう……)」
だが――。
ノキア王の脳裏には、先ほどの光景が焼き付いていた。
矢を抜く直前。
シャルレシカに描かれた漢字。
「(確かに見えた……『癒』の文字だった)」
ノキア王は穏やかに頷く。
その声音は、実に落ち着いていた。
だが。
その瞳だけは、獲物を値踏みするように細められている。
「(……間違いない)」
ルナリカ。
あの少女は、やはり――。
「ブランデァよ」
「はっ!!」
「今後、このような冒険者を出さぬよう徹底したまえ」
「申し訳ございませんっ!!」
「今後は冒険者の管理、人選も査定対象に――」
「うむ」
ノキア王の表情から、笑みが消える。
「大会終了後、ウェハルン採用の経緯について個別報告を受ける」
「わかっておるな? ブランデァよ」
「(かなりご立腹だっ……どうしようっ)」
「か、かしこまりました」
「(ふふ……まあ良い)」
「(有力な駒が増えるなら、それもまた悪くない)」




