第73話 二回戦 ~後編~
サーミャの勝利が告げられた瞬間、ルティーナは静かに息を吐いた。
ブライアンは、サーミャに本気の殺意がないことに違和感を覚え、冷静さを取り戻し始めていた。
「では、勝者のサーミャさんっ! 一言お願いしますっ!」
「おぉーいっ! アンハルトぉ~っ!」
サーミャは観客席へ向かって大声を張り上げる。
「こいつに事情説明してやってくれよ~っ!」
「あたい、これからルナと大事な試合があるからさっ!」
「(さっきから伝言みたいになってきてないかっ……?)」
ブランデァは苦笑しながら頭をかく。
「あ、ありがとうございましたっ!」
「では続いて、第三試合へ移りますっ!」
サーミャはブライアンへ歩み寄ると、小さく息を吐いた。
「ヴァイスが、あたいの目の前で死んだのは事実だ」
「……」
「でも、殺したのはあたいじゃない」
ブライアンは唇を噛みしめる。
その表情には、怒りだけではない迷いが滲んでいた。
「さっきも言ったけど、あたいには用事がある」
「続きは、あそこの観客席にいるアンハルト達に聞け」
「……」
「あたいの言葉よりは信用できるだろ? 口裏合わせする時間もない」
「話を聞いて、それでも許せないなら――そん時だ」
しばらく沈黙した後、ブライアンは視線を逸らしたまま呟いた。
「……準決勝、負けんなよ」
「あぁ」
サーミャはニッと笑う。
「ありがとな」
ブライアンは、もう剣を向けていなかった。
「続いて第三試合っ! 選手前へっ」
ロザリナ対ワイズ
闘技場へ姿を現した瞬間、ロザリナはワイズを真っ直ぐ睨みつけた。
「さぁて――!」
「よくもヘレンを滅多打ちにしてくれましたね……!」
ロザリナの声には、怒りが滲んでいた。
「仇討ちさせてもらいます!」
「ロザリナぁ~、勝手に殺さないでよぉ~」
観客席にはヘレンの姿があった。
「あっ! ヘレンお姉ちゃん!」
「もう体は大丈夫なんですか!?」
「うんっ! ロザリナのおかげで元気になったよ!」
「でも試合前に余計な魔力使わせちゃった……」
「大丈夫よ」
シェシカが腕を組みながら笑う。
「あれぐらいでロザリナの魔力は尽きなやしないわ」
ロザリナの中に怒りが充満し、魔力がどんどん上がっている。
脳裏に焼き付いている。
血塗れで倒れたヘレンの姿が。
彼女をそうさせる。
「……絶対に許しません」
ワイズは肩をすくめた。
「おぉ~怖い怖い」
「では第3試合――開始っ!」
ワイズは、ヘレンに壊された人形の代わりを用意し、二体の人形を前に立たせる。
しかし、動きはゆっくりしているが怪しい動きをしていた。
「さぁて、さっきの女みたいにならないように注意するんだな」
ロザリナは慎重に人形の動きを警戒する。
「(動きが……)」
人形は両手を剣にしフラフラと動きながら、ロザリナの両脇に移動する。
歩いているというより、地面を滑っているような動きに違和感を覚える。
しかし、ロザリナは我慢ができなかった――。
「何よ! じれったい!」
ロザリナは身体強化された脚力で、一体の人形の後ろに回り込む。
そのまま回し蹴りを叩き込み、そのまま場外まで蹴り飛ばした。
「「「「おおおおっ!!」」」」
観客席がどよめく。
「すげぇっ! 回復師の動きじゃねぇぞっ!」
「こりゃ驚いた」
ワイズは口元を歪めた。
「二体同時でも軽々と捌くか――」
「こんな鈍い動き、あなたの盾替わりじゃない!」
「壊さなければ、ヘレンみたいにされないんでしょっ!」
その瞬間――。
吹き飛ばされた人形の腹部から、猫型の人形が飛び出した。
計四体。
新たに現れた猫型人形は、先ほどと違う。
飛び回るような軽やかな動きと鋭利な爪でロザリナに襲いかかる。
「っ!」
ロザリナは回避を続けながら眉をひそめた。
(小さいのが邪魔っ……!)
剣を持つ人形は牽制。
本命は素早い猫型の人形。
ワイズへ近付く隙を作らせない。
「どうした?」
ワイズが笑う。
「さっきの女みたいになるのが怖いか?」
「……っ!」
ロザリナの脳裏に、倒れ込むヘレンの姿が蘇る。
身体の自由を奪われ、一方的に切り刻まれていたあの光景。
(回復魔法じゃ、血は作れない)
(ヘレンは貧血みたいな症状だった……)
だからこそ。
ロザリナは人形は『壊せない』と考えていた。
「どうした? 近付いてこないのか?」
「小さいのが邪魔なんですよっ!」
ロザリナは剣型人形の腕を掴み、そのまま場外へ投げ飛ばす。
だが、その直後。
「っ……!?」
左腕から急に力が抜けた。
「な、に……これ……?」
感覚はある。
なのに、腕が思うように動かない。
しかも。
(自動治癒が発動しない!? 状態異常じゃない?)
初めて、ロザリナの顔に焦りが浮かぶ。
ワイズは、その表情を見て嗤った。
「ようやく効いてきたか」
「……何をしたの?」
「簡単な話さ」
パチーン!
ワイズが指を鳴らす。
その瞬間。
ロザリナの身体に、うっすらと何かが絡み付いているのが見えた。
「……糸?」
いや、違う。
よく見ると、その『糸』の上で小さな何かが蠢いている。
「まさか……」
「そう」
「『蚊』だよ」
「――っ!」
ロザリナの背筋に悪寒が走る。
「人形を壊した時、中から大量の『蚊』を撒いておいたのさ」
「……!」
「お前、薬が効かないタイプだろ?」
「だから最初から別の手を考えてた」
ワイズは愉快そうに続ける。
「闇魔法『ダーク・マニピュレート』は、生物を操る魔法――」
「そして、生き物が『小さい』ほど大量に操作できる」
その瞬間。
ロザリナの脳裏で、過去に聞いた闇魔法の説明が繋がった。
(小さい生き物ほど……大量に……!)
つまり、この男は。
『無数の蚊』を、一斉に操作している。
「さらに『ダーク・インビジブル――透明化――』が仕掛けられていた」
「だから、お前には見えなかった」
ロザリナの身体に巻き付いた透明な糸。
「人形は囮。本命はこっちだ」
ワイズが笑う。
「お前が人形に意識を割いてる間に、身体に巻き付かせてもらった」
「外道……!」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
その瞬間。
猫型人形が一斉にロザリナへ飛び掛かる。
「これで終わりだ」
人形が膨れ上がる。
(爆発――!?)
直後。
轟音。
爆炎が闘技場を包み込んだ。
「いやぁぁぁっ! ロザリナぁぁぁっ!!」
「ロザリナお姉ちゃぁ~んっ!」
悲鳴が響く。
だが。
ワイズは勝利を確信したように笑った。
「安心しろ」
「死なない程度に火薬は調整してある」
ブランデァは煙が晴れるのを待つ。
「ぼけっとしてねぇで、勝どきを――」
「まだ試合は終わってないぞ、ワイズ」
「……っ!?」
爆煙の中から、声が響いた。
次の瞬間。
光が弾ける。
「『シャイン・ウォール』……!」
爆炎を押し返すように、黄金色の障壁が展開されていた。
その中心に。
ロザリナが立っている。
「ふぅ~……危なかったぁ」
彼女を包み込んでいた高密度の防御壁が、ゆっくりと消えていく。
そして――やけど傷は完全に癒えていた。
身体に絡み付いていた蚊の糸も、爆発によって焼き切れていた。
「そして――」
ロザリナが顔を上げる。
「あなたを守るものは、もうないわ!」
「なっ――」
一瞬だった。
ロザリナは爆煙を蹴り裂き、一気にワイズの眼前へ踏み込む。
呆然とするワイズ。
その顔面へ――。
「あなたに確認しません!」
「これは、ヘレンからですっ!! 受け取って下さい!」
渾身の拳が叩き込まれた。
凄まじい衝撃音。
ワイズの身体が宙を舞い、そのまま場外まで吹き飛ばされる。
「ワイズ戦闘不能っ!! 第3試合勝者、ロザリナ=ノザラぁぁぁっ!!」
「「「「「「おおおおおおおっ!!」」」」」」




