第7話 邂逅《かいこう》
三人を乗せた馬車は、茜色に染まる夕焼けの下、アウリッヒ王国の国境を越えた。
――アウリッヒ王国。
商業で栄え、貿易によって潤うこの国は、隣国ノモナーガ王国と強固な同盟関係を築いている。そのため往来も多く、街道沿いには活気ある街並みが広がっていた。
「お父さん! ここってノモナーガと全然違う街並みなんだね!」
馬車の窓から身を乗り出しそうな勢いで、ルティーナが目を輝かせる。
整然と並ぶ石造りの建物、賑やかな露店、人々の笑い声――すべてが彼女にとって新鮮だった。
「気持ちは分かるけど……身を乗り出すのは危ないわ。それに、少し恥ずかしいからやめてね」
アンナがやんわりとたしなめる。
「うぅ……」
しゅんと肩を落とすルティーナを見て、バルストは苦笑した。
「任務が終わったら、この街で服でも買ってやろう」
「ほんと!?」
一瞬で表情を輝かせる娘に、アンナは呆れたようにため息をついた。
――平和な時間だった。
やがて馬車は大通りを抜け、大きな薬局の前で止まった。
看板には「ドリネ薬局」とある。
「ここが依頼主の店じゃな」
バルストは二人を残し、店内へと入っていった。
「ごめんください。ギルドの依頼で参りました、バルストと申します」
声をかけると、すぐに奥から一人の男性が現れる。
「おお……あなたが剣豪バルスト様ですか。お会いできて光栄です」
男――ドリネ=ヴァイデルは丁寧に頭を下げた。
かつての異名に苦笑しつつ、バルストは依頼内容の説明を受ける。
任務は単純明快だった。
『バルデランの森』に自生する上級薬草を採取し、上級回復薬の材料を確保すること。
期間は三日。護衛付き。
報酬は金貨二十五枚。
危険度は低い――だが報酬は破格だった。
生活費に困っていたバルストは、特に疑問を挟まず頷いた。
説明を聴き終えた後、バルストは一つ申し出た。
「家族も同行させていただけないでしょうか」
一瞬、空気が止まる。
バルストは外で待つアンナ達の元へ、ドリネ夫婦を案内する。
最初は渋い顔をしていたドリネであった。
だが、決め手はルティーナだった。
「まあ! 可愛い子!」
店主の妻――ミリアが、馬車から見えるルティーナの姿を見るなり声を上げた。
「可愛らしい戦士さんね?」
「抱っこしてもいいかしら? 十歳ぐらいかな?」
「じゅ、十九です……」
――場の空気が凍りつく。
ミリアは抱き上げかけた姿勢のまま固まり、ドリネは慌てて話題を変えた。
「……と、とにかく! 明日の早朝に出発しましょう!」
こうして、バルスト一家の同行はあっさりと認められた。
その夜、五人で食卓を囲んでいた。
ミリアはルティーナを気に入り、終始上機嫌。
ドリネも穏やかに話し、久しぶりに賑やかな食事となった。
そして――翌朝。
まだ日が昇る前に、馬車はバルデランの森へ出発する。
馬車の中は終始、和やかな空気に包まれていた。
「ねぇねぇミリアおばさん、薬草ってどんな形をしているのですか?」
ミリアはルティーナに夢中で、薬草の話を嬉しそうに語る。
「上級薬草はね――」
その様子を、バルストとアンナは微笑ましく見守っていた。
やがて目的地、『バルデランの森』が見えてくる。
「もう少し先で、野営の準備を――」
ドリネが言いかけた、その瞬間だった。
馬が激しくいななき、空気が一変する。
バルストは即座に馬車を飛び降り、剣を抜いた。
「魔物じゃ!」
バルストは瞬時に馬車を飛び降り、剣を構える。
空気が張り詰める。
その直後――
「あああぁぁぁ~助けてくださいぃ~~!」
悲鳴と共に、一人の少女が森から飛び出してきた。
緑の髪を……いや、どちらかというと豊満な体と胸を激しく揺らしながら、必死に走るその姿。
その背後には――狼型の魔物、デフルウが迫っていた。
「後ろに下がれ!」
バルストは少女を庇い、魔物と対峙する。
デフルウは容赦なく飛びかかる。
しかし――
次の瞬間には、その動きは止まっていた。
バルストは流れるように背後へ回り込み、一突きで心臓を貫いたのだ。
あまりにも無駄のない、洗練された一撃。
まさに『剣豪』の名にふさわしい技だった。
「はぁ、はぁ……ありがとうございますぅ~」
助けられた少女は、息を切らしながら頭を下げた。
「私はぁ~シャルレシカ=ブルムダールと申しますぅ~」
おっとりとした伸ばし口調。
年齢は十八歳。
そして――その豊満すぎる体つきに、バルストは思わず視線を逸らした。
(バルストさん分かるぜ……その気持ち)
「(な、なによ! それ……)」
ルティーナは内心でダメージを受けていた。
シャルレシカはすぐにルティーナに気づき、にこりと微笑む。
「同い年ぐらいですよね? 私の事はシャルって呼んでくださいぃ~」
(! ルナと同い年?)
ルティーナは疑問を口にした。
「私は一つ年上だけど、なんで知ってるの?」
「それより、なんでここに?」
質問は止まらなかった。
その問いに、シャルレシカは不思議なことを語り始める。
「私ぃ~たまに夢を見るんですぅ~。数日前、この森でぇ~皆さんと出会う夢を見ましたぁ~」
そして首にかけた水晶を見せた。
「これでぇ~色々とわかるんですぅ~」
あまりにも現実離れした話と内容に、一同は言葉を失う。
「(天然……?)」
(それだけじゃない気がする……)
さらに彼女は続けた。
この森に来るまでに十日以上かかったこと。
それでも『会うと分かっていた』ということ。
そして――
「私ぃ~索敵魔法が使えるんですぅ~。お役に立てると思いますぅ~」
その申し出に、バルストは即座に興味を示した。
索敵魔法の使い手は通常、半径五百メートルが限界。
だがシャルレシカは――
「半径二キロメートなら余裕ですぅ~」
……規格外だった。
旅を安全に……いやルティーナに危険な目に逢わせないためにもと、バルストの答えは簡単に決まった。
結果、彼女も同行することになる。
そして森へ入った直後――
その能力の異常さはすぐに証明された。
「二キロメール以内に魔物はいませんよぉ~」
「……本当かい?」
それを聞いたアンナとバルストは野営と食事処の準備を始める
ルティーナとドリネ夫婦は、薬草採取の為に森へ入っていく。
「バルストさん~。さっき、悪意を持った人間の気配が二人ほどぉ~あ、いなくなりましたぁ」
「悪意を持った人間? 定期的に索敵して、本格的に近づいて来たら教えてくれ」
さらに彼女は続けた。
「二十メートル以内ならぁ、索敵しなくてもぉ~悪意を察知できますから安心してくださぃ~」
バルストは息を呑んだ。
これはただの補助ではない。
戦場を支配する力だと。
バルストが感心する中、シャルレシカの視線はルティーナを向いていた。
……なんでしょぅ、この感じぃ
彼女は感じ取っていた。
バルストすら凌ぐ、『異質な力』を。
それが何なのかは分からない。




