第6話 異能
その日は、朝から雨が降り続いていた。
ルティーナは外出できず、家の中で大人しくしている。
――とはいえ、この一週間。
彼女はアンナに気づかれないよう外出し、能力の実験を繰り返していた。
(今日は実験できなか……)
(なら……)
馬琴は、これまでの『能力』の実験結果について、考察をまとめ始めた。
・最初に、手のひらへ漢字が描画される。大きさは約12センチ。
・描画速度は一秒で五画。画数が多いほど時間はかかるが、その分効果も増大する。
たとえば【火】より【炎】の方が威力は高い。
・手のひらを対象に触れさせることで、漢字を転写可能。
接触を続けることで文字は拡大し、効果範囲も指数的に増大する。
ただし、極端に巨大化すると文字は破綻し消滅する。
・漢字は『起動』と意図することで具現化し、『停止』で解除できる。
ただし、意味と現象が完全一致するとは限らない。
・漢字は左右どちらの手でも描けるが、砂や水、気体には直接転写できない。
・複数の漢字を重ねることも可能。ただし、起動前に対象が破損すると消滅する。
・具現化した現象のうち、『無から生まれたもの』は残る。
一方、既存物質の変化は停止とともに元どおりに戻る。
・漢字の同時保持数に制限は見られない。
また、任意の漢字を選択して起動・停止が可能。
・なお、漢字は馬琴には明確に見えるが、ルティーナにはぼんやりとしか認識できない。
「……完全に『魔法』とは別物ね」
むしろこれは――法則を持った『具現化』。
使い方を誤れば、極めて危険な力だ。
(ルナ。この力は公にはできないぞ)
「うん……わかってる」
ルティーナの声は、いつになく真剣だった。
二人は同じ認識に至っていた。
この力は、『世界の理から外れている』と。
「私……もっと修行して、強くなるよ」
(俺は、漢字を使ってサポートするよ)
小さく笑い合う。
――翌朝。
バルストが、慌ただしく帰宅する。
「アンナ! 戻ったぞ! すまんが、すぐに出るぞ」
「準備を手伝ってくれ!」
「あなた!? 帰ってきたばかりでしょう? 休んで――」
「久しぶりにいい案件を掴んだんだ! 休んでられるか!」
興奮気味に語るバルスト。
今回の依頼は――薬師の護衛。
場所は『バルデランの森』。
同盟圏内であり、『バリア・ストーン』の影響がある安全域。
アンナもそれを聞き、ひとまず安堵する。
(ルナ、行くぞ)
「(うん……チャンスだね)」
ルティーナは、にこりと笑いながら――バルストに近づく。
「お父様」
「ん?」
「私、お父様の活躍……見たいな~」
一瞬、空気が止まる。
「森は危なくないんでしょう?」
「何かあったとしても……守ってくれるんだよね?」
その台詞は――バルストのとっては決定打だった。
「そうかそうか! 一緒に行こう!!」
即答だった。
(ちょろいな……)
「(言わないで)」
だが当然、アンナが止めに入る。
「ダメよ! 危険なことに決まってるでしょう!」
しかし――。
「なら私も同行するわ」
その一言で、話はまとまった。
「ルティーナはね、お父さんたちみたいに冒険者になりたいの」
「そうか……!」
バルストは嬉しそうに頷く。
「なら、色んな世界を見せてやる!」
こうして――三人での同行が決まった。
馬車に荷物を積み込み、出発の準備が進む。
ルティーナは、かつて使っていた軽装備を身に着け、短剣を腰に下げていた。
「似合ってるじゃないか!」
「えへへ」
そして――。
「お父さん、これ、持っていっていい?」
そう言って、薪の山から木片をいくつか選び、馬車へ積み込む。
「(これでよかったの?)」
(あぁ、きっと役に立つ)
動き出す馬車。
揺れる車内。
遠ざかる家。
(なぁルナ。この世界、移動手段は馬車が主流なのか?)
「(そうね。普通は飛べないし)」
「(馬に直接騎乗するって手もあるわよ)」
(そうか……)
そして――。
この旅は『安全なはずの護衛任務』だった。
だがその前提は――
最初の一日で、音を立てて崩れることになる。




