第6話 異能
その日は、朝から雨が降り続いていた。
ルティーナは外出できず、家の中で大人しくしている。
――とはいえ、この一週間。
彼女はアンナに気づかれないよう外出し、能力の実験を繰り返していた。
(今日は実験できないか……)
(いや、整理するにはちょうどいいか)
雨音を聞きながら、
馬琴は、この一週間の実験を思い返していた。
最初は手探りから始まった――。
「ねぇマコト」
ルティーナが手のひらを見つめる。
そこには、淡く光る【火】の文字。
「これ、毎回このくらいの大きさよね?」
(あぁ。だいたい十二センチくらい……ルナの手のひらサイズだね)
しかも文字は、必ず手のひらへ浮かび上がる。
「じゃあ――『起動』!」
ボゥッ!!
火が灯った。
「わっ、本当に出た!」
「『停止』!」
火は、一瞬で掻き消えた。
「便利ねぇ……」
(だが、意味と現象は完全一致してない気がする)
「どういうこと?」
(例えば【水】は、『水』を生み出した。でも【翼】は『羽』そのものじゃなく、『飛行能力』に近かった……)
「……そうね」
つまり漢字は、『意味』を具現化しているのかもしれない。
その後も、実験は続いた。
次に試したのは――【炎】。
同じ火属性でも、【火】より明らかに威力が高い。
(もしかして、画数が多いほど強い?)
(だが、描画に時間がかかる……)
「意味わかんない……カクスウって何よ!」
(あ~……)
馬琴は少しだけ、ルティーナに説明する。
「まぁ、マコトが解ってるならいいわ」
「そういえば、地面に手を触れているとカンジって、どんどん大きくなったわよね?」
(どれぐらい大きくなるんだろう? やってみるか?)
そしてルティーナは地面に手を突き、漢字を大きくしていく。
視界を埋め尽くすほどの大きさを超えた途端、漢字は破綻した。
(限界があるのか? ほんの数秒で、文字は異様な速度で肥大化していく……)
「ねぇねぇ、地面じゃなくて、ココには描けないのかな?」
ルティーナは目の前の空間……つまり何もないところを指定する。
だが――。
(気体は駄目だな……液体にも定着しない)
漢字には、転写できる対象とできない対象があるらしい。
さらに奇妙なのは――。
「ねぇマコト」
ルティーナが首を傾げる。
「マコトが言うカンジなんだけど文字がぼんやりしか見えないんだけど」
(……そうなのか?)
馬琴には、はっきり漢字として見えていた。
思い出すと、この力には、明確な『法則』が存在している。
無秩序な異能じゃない。
条件があり、
制限があり、
発動原理がある。
他にも分かったことがある――。
・漢字は、触れた手のひらの中心から広げるか、外円として広げることも可能。
・複数の漢字を同時に扱うことが可能。
重ね描きもできる。
・漢字は描いた順でなく、指定して起動・停止が可能。
「……完全に『魔法』とは別物ね」
これは魔法じゃない。
言葉を。
意味を。
概念そのものを。
現実へ引きずり出す力。
――『具現化』だ。
(ルナ。この力は公にはできないぞ)
「うん……わかってる」
ルティーナの声は、いつになく真剣だった。
二人は同じ認識に至っていた。
この力は、『世界の理から外れている』と。
「私……もっと修行して、強くなるよ」
(俺は、漢字を使ってサポートするよ)
小さく笑い合う。
――翌朝。
玄関の扉が勢いよく開いた。
雨粒を纏ったまま、
バルストが飛び込んでくる。
「アンナ! 戻ったぞ! すまんが、すぐに出るぞ」
「準備を手伝ってくれ!」
「あなた!? 帰ってきたばかりでしょう? 休んで――」
「久しぶりにいい案件を掴んだんだ! 休んでられるか!」
興奮気味に語るバルスト。
今回の依頼は――薬師の護衛。
場所は『バルデランの森』。
同盟圏内であり、『バリア・ストーン』の影響がある安全域。
アンナもそれを聞き、ひとまず安堵する。
(ルナ、チャンスだ)
「(うん……)」
ルティーナは、にこりと笑いながら――バルストに近づく。
「ねぇ、お父さん」
「ん? ちょっと後でもいいかい――」
「私、お父さんの活躍……見てみたいな~」
一瞬、空気が止まる――。
「その森って、危なくないんでしょう?」
「何かあっても……お父さんが、守ってくれるんだよね?」
その台詞は――バルストにとっては決定打だった。
「そうかそうか! 一緒に行こう!!」
即答だった。
(ちょろいな……娘相手だと)
「(言わないで)」
だが当然、アンナが止めに入る。
「ダメよ! 危険なことに決まってるでしょう!」
しかし――。
「なら、私も同行するわ」
その一言で、話はまとまった。
「ルナはね、お父さんたちみたいに冒険者になりたいんだぁ~」
「そうかそうか……!」
バルストは嬉しそうに頷く。
「わかった! これから、色んな世界を見せてやる!」
こうして――三人での任務が決まった。
降っていた雨も止み、雲の隙間から光が差し込む。
馬車に荷物を積み込み、出発の準備が進む。
ルティーナは、いつも稽古をつけてもらっていた時に使っていた、軽装備の鎧を身に着け、さらに愛用の短剣を腰に下げていた。
「懐かしいな、よく似合ってるぞ!」
「えへへ」
そして――。
「お父さん、これ、持っていっていい?」
そう言って、薪の山から木片をいくつか選び、馬車へ積み込む。
「おいおい? 野営の薪はいらないぞ」
「んん、いいじゃない」
「(これでよかったの?)」
(あぁ、きっと役に立つ)
動き出す馬車。
揺れる車内。
遠ざかる家。
(なぁルナ)
(この世界、移動手段は馬車が主流なのか?)
「(そうね。普通は飛べないしね)」
「(あ、あと、馬に直接騎乗するって手もあるわよ)」
(そうなんだ……)
そして――。
この旅は『安全なはずの護衛任務』だった。
馬車の中では、
ルティーナの笑い声が響いていた。
――だが。
誰も、この旅が運命の分岐点になるとは思っていなかった。




