第69話 一回戦 ~其ノ肆~
ヘレンはロザリナの手早い治療で命に別状こそなかったものの、そのまま意識を失い医務室へ運ばれていった。
ロザリナも付き添おうとしたが――。
「医療行為への協力には感謝します」
「しかし、これ以上の離脱は棄権扱いとなります」
という運営側の判断により、半ば強引に西門へ戻されることになった。
「リーナが治療したんだから、もう大丈夫だよ」
悔しそうに拳を握るロザリナの横で、ルティーナも険しい表情を浮かべている。
そんな重い空気を断ち切るように、闘技場にブランデァの声が響く。
「第七試合! 西門六番っ! 闘技場へっ!」
「!」
「シャルの出番よっ!」
さすがに動揺しながら、闘技場へ向かうシャルレシカ。
「杖、忘れてるわよっ!」
「あわわわわぁぁ~」
間延びした返事と共に、シャルレシカはのそのそと闘技場へ走り出す。
そして、胸を豪快に弾ませならが闘技場に駆け上がる。
「はぁ〜はぁっ」
「わ、私ぃ~シャルレシカ=ブルムダールぅ~」
「銀の占い師ですぅ~」
一瞬、静まり返る会場。
――次の瞬間。
「「「「おおおおおっ!!」」」」
爆発した歓声が会場を埋める。
むしろ観客より、周辺を警護していた兵士達が一番盛り上がる。
「「「「「うぉぉぉぉーっ!」」」」
「「「「女神だぁ! 女神が降臨した〜っ!」」」
「俺の嫁になってくれぇ~っ!」
「ふぇ〜?」
シャルレシカは何が盛り上がっているのか?
全く理解できていなかった。
「ねぇねぇ、シャルお姉ちゃん大人気だよぉ!」
「ところで、兵士さん達……なんで、みんなモジモジしてるの?」
純粋なカルアを横目に、アンハルト達はそろって視線を逸らしていた。
「「「「(……いたたまれない)」」」」
「そして東門二番っ! 闘技場へっ!」
今度は細身の男が姿を現す。
「私はウェハルン=ギル。銅の弓師です」
表向きは冷静だが、その目には余裕が浮かんでいた。
「(ふっ……こんな楽な相手を引けるとはな)」
「(これで金貨五十枚はもらったようなもんだ)」
「では両者中央へっ! 試合開始ですっ!」
「「「「占い師がどう戦うんだよ――」」」」
「すぅ~……『ストーム・サイクロン――旋風――』ぉ~」
瞬間。
暴風が闘技場を吹き荒れた。
「「「「……は?」」」」
観客席が凍りつく。
もちろん、一番驚いていたのはウェハルンだった。
「お、おい待てぇっ!」
「なんでてめぇが、その杖を持ってやがるっ!?」
「それはサーミャの――」
「あれれぇ~? よく知ってますねぇ~」
シャルレシカは、にこにこと笑みを浮かべる。
「そういえばぁ~あなたでしたかぁ~」
「私の鞄をぉ破たのぉ~」
「(!)」
「な、何のことだっ!?」
ウェハルンの額に汗が滲む。
「(バレてるはずがねぇ……!)」
動揺を押し隠すように、彼は矢をまとめて放った。
しかし。
「あっ『アース・マグネ――磁石――』ぇ~!!」
「対象ぉ、『矢』っ!」
放たれた矢は、まるで地面に吸い寄せられるように失速し、そのまま闘技場へ貼りつく。
「なっ!?」
「昨日の夜ぅ~占いでぇ」
「壊れた鞄からぁ~、原因を探ってみたんですぅ~」
「そしたらぁ~、あなたが矢を放っている姿が見えましたぁ~」
ふわふわした口調。
だが、その目だけは妙に冷たい。
「まさかぁ~、こんなところで会えるなんてぇ~」
「おおっとぉ!? これは不正告発かぁっ!?」
「予選中の妨害行為疑惑が浮上しておりますっ!」
ブランデァは喰いかかるように実況を始める。
「ふざけんなぁっ! そんな話を信じるんじゃねぇっ!」
ウェハルンは叫びながら矢を乱射する。
しかし焦りからか、攻撃はどんどん雑になっていた。
(えぇっとぉ……ヘレンに教わった魔法ぉ……)
シャルレシカは首を傾げながら杖を向ける。
「『フレイム・インボルブ――火炎包囲――』ぅ~」
ぼわっ――。
複数の火球が現れ、ウェハルンを囲むように飛び回った。
矢は届く前に焼き尽くされ、火の粉が矢筒に燃え移る。
「なっ!? う、うそだろっ!」
完全に武器を失ったウェハルンに、シャルレシカがゆっくり杖を向けた。
「武器ぃ~、なくなっちゃいましたねぇ~」
「ひっ……!」
「じゃあ、トドメぇ~。らっ『ライトニ――』」
「――わ、わ、わ、ま、待て待て待てっ! 降参だぁっ!!」
「ウェハルン降参によりぃっ! 第七試合勝者、シャルレシカ=ブルムダールっ!」
「「「「おおおおおっ!!」」」」
歓声が響き渡る。
「では勝者のシャルレシカさん、一言お願いしますっ!」
シャルレシカは杖を掲げ、満面の笑みで叫んだ。
「止められるものならぁ~、止めてみてくださぁ~いっ!」
「シャルお姉ちゃーーんっ! かっこいいーーっ!」
「あたしの言った、台詞じゃないっ!」
ルティーナは頭を抱えた。
一方その頃。
「(くそっ……メス豚が……!)」
敗北したウェハルンは、地面を睨みながら歯を軋ませていた。
「シャルレシカさん、ありがとうございましたっ!」
「いよいよ第一回戦最後の試合になりますっ!」
「西門二番、東門一番っ! 闘技場へっ!」
いままでの明るい雰囲気から――空気が一変する。
観客達の期待と緊張が一気に高まる。
「わたくし、レーニィ=アングレー。銀の槍術家である!」
堂々と槍を掲げる男。
それに対し、東門から現れたのは黒髪の少女剣士だった。
「僕は銀の剣士、エリアル=ストリングっ!」
「女だと思って油断すると、痛い目を見ますよ!」
(僕っ子……?)
(それより、あの冷たい目線……)
「(マコト、なんか気になるの?)」
「「「「「おいっ! あいつ去年の優勝者じゃねぇか!」」」」
観客席がざわめき始める。
(去年の優勝者なのに『銀』……?)
(つまり去年『白』で優勝したってことか?)
「では最終戦っ! 試合開始ですっ!」
開始直後。
レーニィの槍が五月雨のように繰り出される。
突き。
薙ぎ払い。
連撃。
しかしエリアルは、それら全てを紙一重で捌いていく。
「ほう……やるな」
レーニィが笑う。
「だが槍の間合いには勝てんぞ?」
さらに高速の突き。
それでもエリアルは落ち着いていた。
「貴方、昨年はいませんでしたね?」
「僕を普通の剣士だと思わない方がいいですよ?」
「余裕だな!」
「では、教えてやろう!」
レーニィは槍を掲げる。
「この槍の柄は『オブシディアン・ストーン』――鉄より硬く、なおかつ軽い希少鉱石で出来ている!」
「剣ごときで壊せるものか!」
「……秘密をベラベラ喋るんですね」
エリアルが静かに剣を構える。
「関係ないですね――切れ味を上げればいいだけの話です」
「『ソード・オブ・スラッシュ』」
(【斬】)
瞬間――。
剣が淡く輝いたように見えた。
(剣が……光った?)
(それに……なんだ、この感覚)
「(マコト?)」
(いや……気のせいか?)
次の瞬間だった。
エリアルが槍の懐へ潜り込む。
そして、一閃――。
レーニィの自慢の槍の柄が、綺麗に切断された。
「なっ……!?」
「さて、ご自慢の武器は壊しましたよ?」
「まだだっ!」
レーニィは即座に背中から折り畳み槍を展開し、奇襲を仕掛ける。
しかし――。
「遅いです」
エリアルは冷静に捌き、剣先を喉元へ突きつけた。
「これで終わりですか?」
レーニィは唇を噛み、悔しそうに顔を歪める。
「……降参だ」
「レーニィ降参によりっ! 第八試合勝者、エリアル=ストリングっ!」
歓声が響く。
だがルティーナは、別のことを考えていた。
「あの女剣士……まだ、手の内を見せていない」
「シャル、次はあの子だけど大丈夫?」
「お腹痛いですぅ~」
(ですよねぇ~)
「では勝者のエリアルさんっ! 一言お願いしますっ!」
エリアルは静かに剣を掲げた。
「――全ての災いは、僕の魔剣で薙ぎ払う」
その言葉に、観客席の空気が再びざわめく。
「ありがとうございましたっ!」
「エリアルさんは東門へ移動お願いしますっ!」
「以上で第一回戦、全試合終了ですっ!」
「これより二回戦準備のため、三十分の休憩に入りますっ!」




