第68話 一回戦 ~其ノ参~
圧倒的な力で勝利を収めたサーミャ。
しかし偶数試合の勝者であるため、そのまま東門側へ移動させられることになった。
だが、彼女の表情に勝者らしい余裕はない。
脳裏に焼き付いていたのは、あの男――ブライアン=クレッサの異様な眼だった。
「(ヴァイスの名を出した瞬間に見せた、あの殺気)」
「(なぜ、あたいの前に……)」
サーミャは無言のまま、東門へ消えていった。
「ミヤ、向こうに行っちゃいましたね」
「……そうだね」
小窓越しにその背中を見送りながら、ルティーナは小さく息を吐く。
「ブライアンさんの件は、ミヤ自身が直接ぶつかるのが一番よ」
「そっと見守りましょ」
「そうですね……」
――そして、試合は続く。
「西門五番っ! 闘技場へっ!」
「今度はリーナじゃんっ! がんばれーっ!」
「はいっ! 行ってきます!」
ロザリナは勢いよく飛び出し、そのまま闘技場中央へ立った。
すると観客席からざわめきが広がる。
「私、ロザリナ=ノザラっ!」
「銀の回復師見習いですっ!」
「「「「おいおいっ、今度は回復師かよっ!」」」」
「「「「今年の本戦どうなってんだぁ!?」」」」
ブチッ――。
「(くだくだ、うるさいですねぇ)」
ロザリナのこめかみがぴくりと動く。
次の瞬間。
彼女はその場で鋭く踏み込み、格闘術の演舞を披露した。
空気を裂く拳。
しなやかな回し蹴り。
無駄のない体捌き。
まるで舞うような連撃に、観客席の空気が一変する。
「「「「やべぇっ! 本当に回復師かよっ!」」」」
「(ふふんっ、恐れ入りましたかっ!)」
「すごい気合いを見せてもらいましたっ!」
「では東門三番っ! 闘技場へっ!」
「私はエベンス=ブレッサル」
「職業は調香師。銅の冒険者よ」
「「「「こっちは調香師ぃ!?」」」」
「「「「まともな戦闘職がいねぇぞっ!」」」」
「では両者中央へっ!」
「試合開始っ!」
開始と同時。
ロザリナは一気に距離を詰める。
「おらおらおらぁっ!」
「逃げてばっかりじゃ勝てませんよっ!」
拳打。
蹴撃。
連続の追撃。
しかしエベンスは、紙一重でそれを避け続ける。
不自然なほど、一定方向へ。
(……?)
ロザリナは違和感を覚えた。
逃げ方がおかしい。
「(攻撃を避けているというより……)」
「罠師と同じ手は通じないわよ!」
違う――『どこかに誘導』している。
ロザリナが真意を悟った瞬間――。
エベンスの口元が歪んだ。
「感がいいのね」
「でも、もう遅いわ」
「っ!?」
ぱんっ――と。
白い粉が風に舞う。
次の瞬間、ロザリナの膝が崩れる。
「なっ……」
「身体が……痺れ――」
「ふふっ」
「私はね、ずっと風上に立てる場所を探してたのよ」
(この粉――薬……!?)
痺れ。
眠気。
頭痛。
吐き気。
複数の状態異常が一気に襲いかかる。
観客席がどよめいた。
「回復師の嬢ちゃん倒れちまったぞ!」
エベンスは勝利を確信したように笑う。
「そのまま棄権しなさい」
――だが。
次の瞬間。
ロザリナの身体が淡く輝いた。
「えっ……?」
そしてロザリナは膝を立て、立ち上がり始める。
「ふぅー……危なかった」
呼吸が戻る。
「な、なんで……!?」
「私、回復師って言いましたよねぇ?」
ロザリナはにこりと笑う。
エベンスは慌てた口調で動揺する。
「何の症状に侵されているか判断せず……適当に魔法をかけたという?」
「あぁ、この程度の状態異常ぐらい、判断しなくても勝手に治りますから」
「そんなの――聞いたことがないわよっ!?」
その一瞬の動揺。
ロザリナは見逃さなかった。
踏み込む。
「では――」
エベンスの懐へ一気に潜り込む。
「このまま拳をぶち込みますが……どうされますか?」
「くっ……!」
眼前に迫る拳。
エベンスは歯を食いしばり、悔しそうに叫んだ。
「……参りました」
「エベンス降参っ!」
「第5試合勝者、ロザリナ=ノザラっ!」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
「では勝者のロザリナさんっ! 一言お願いしますっ!」
ロザリナは拳を突き上げ、満面の笑みで叫んだ。
「回復師なめんなよっ!」
(どっちをアピールしたいんだろう?)
馬琴の突っ込みに、ルティーナは思わず笑ってしまった。
そして第六試合のカードが発表されようとしていた。
「西門三番っ! 闘技場へっ!」
「あっ、リーナお疲れぇ~!」
「膝ついた時、ちょっと焦ったよ」
「あはは……」
「それより、第六試合ってシャルじゃなかったんだね」
「うん。とりあえず二回戦でも同士討ちは無くなったわ」
(しかし……ここまで被らないの、逆にすごい確率だよ)
「それよりぃ~」
「次の東門側はぁ、ヘレンさんですよぉ~」
「ってことは……二回戦は私とヘレンの闘いね」
「闇魔法かぁ……ちゃんと見るの初めてかも」
(ヘレンの相手って、あの人形遣い? なのか?)
「試合開始っ!」
傀儡師ワイズ=ブレッサルは、二体の人形を従え静かに構える。
一方ヘレンは、開始直後から闇魔法を詠唱していた。
ばさばさばさっ!
大量の鳥が闘技場へ飛来する。
「ほぉ、動物操作か……」
「お前も闇魔法が使えるんだな」
「はぁ? 人形は生き物じゃないでしょっ!」
さらに。
足元から大量のネズミが闘技場に這い出した。
「うわっ!?」
「きもっ!?」
観客席がざわめく。
「ヘレンって、相変わらずネズミ好きだなぁ……」
(というかこの城、ネズミ多すぎだろ……)
鳥で視線を逸らし、
足元をネズミで崩す。
その隙にヘレンは魔法を放った。
「ロック・バスター――岩砕螺旋撃――!」
だが。
ワイズを庇うように人形が身代わりとなり、砕け散る。
「……!」
さらにヘレンが追撃しようとした、その時だった。
「……え?」
身体が重い。
血の気が一気に引く。
体のあちこちに、水膨れのようなものが浮かぶ。
力が抜ける――。
「自由は奪わせてもらった」
「な、んで……」
「黒魔法で……人は簡単に操れ――」
言葉が途中で止まる。
ヘレンは膝から崩れ落ち、地面に這いつくばる。
「ヘレンっ!?」
次の瞬間。
残った人形の手首から、刃が飛び出した。
ぎぃんっ!
無抵抗のヘレンへ、刃が振り下ろされる。
「きゃあぁぁっ!!」
観客席の空気が一気に凍った。
「お、おい……やりすぎだろ」
「止めろよ……!」
「ヘレンっ!!」
「もう見てられませんっ!!」
ロザリナが飛び出そうとする。
ルティーナが慌てて腕を掴んだ。
「リーナっ! 今出たら、ヘレンが反則負けに――」
「こんなのっ!」
「どっちにしても同じですっ!!」
しかし、見かねたブランデァが試合を止める。
「し、試合終了っ!」
「ヘレン戦闘不能っ! 第六試合勝者、ワイズ=ブレッサルっ!」
歓声は、まばらだった。
誰も素直に盛り上がれない。
「ヘレンっ!!」
ロザリナは救護班より先に駆け込み、
すぐさま治癒魔法を発動する。
そして、淡い光でヘレンを包み込んだ。
(あったかい……)
(この感覚……やっぱり……)
薄れる意識の中、
ヘレンはその光に覚えを感じていた。
ロザリナは振り返り、怒りに満ちた目でワイズを睨みつけた。
「ワイズっ!!」
「あんただけは、絶対に許さないっ!!」
ロザリナは震える拳を握りしめる。
そして――。
「二回戦……覚悟しなさいっ!!」
ワイズは鼻で笑う。
「ふんっ」
「格闘をかじった回復師ごとき、私の敵ではない」
「楽しみにしているよ」
「え、えーっとぉ……」
「因縁だらけの二回戦になってきましたがっ!」
「第七試合の抽選を始めますっ!」




