第65話 異国感
『生国祭』の一日目を満喫したルティーナ達は、日が沈む頃になって宿へと戻ってきた。
すると、部屋の扉を開けた瞬間――。
「あぁぁ~……ルナぁ~……おかえりぃ~……」
ベッドに転がるシャルレシカが、ぐったりと手を伸ばしてきた。
「シャル、少しは楽になったの?」
「ふぁ~い……でもぉ、お腹ペコペコですぅ……」
「あははっ、懲りないなぁ~」
「そう思って、お土産買ってきたわよ」
「わぁ~いっ! ルナぁ大好きぃ~っ」
途端に元気になるシャルレシカ。
だが、その横では――。
「……よぉ、ルナぁ……」
まるで数日寝込んだ病人のような顔色のサーミャが、壁にもたれかかっていた。
「やつれた、おばさんがいる……」
「魔法ぶち込むぞっ!」
サーミャは即座に怒鳴り返す元気だけはある。
――しかし実際、サーミャはまだ二日酔いから完全には復活できていなかった。
「もぉ~……だから言ったじゃないですかぁ」
「食べ過ぎ飲み過ぎなんですよっ!」
呆れながらも、ロザリナは回復魔法をかけていく。
淡い光に包まれると、サーミャの青白い顔色が少しずつ戻っていった。
「ふぃ~……生き返ったぜ……」
「おばさんが若返った!」
「しばくぞ!」
そんなやり取りをしながら、ルティーナは今日の祭りの様子を話し始めた。
各国の行商人。見たことのない食べ物。珍しい露店。
そして、祭りの規模が想像以上だったこと。
「へぇ~……今の『生国祭』って、そんなことになってんのか」
サーミャは少し驚いたように目を細めた。
「あたいの知ってた二年前は、ここまで他国の商人なんて来てなかったぜ?」
「やっぱり『武闘会』の影響かな?」
そこで馬琴が小さく呟く。
(……例の情報収集の件)
ルティーナもすぐに意図を察した。
未知の国。
各地の文化。
今の祭りは、まさに情報の宝庫だった。
そして、痣の情報。
「ミヤ、明日さ。一緒に祭り回ってくれない?」
「あん? いいけど?」
だがその瞬間――。
「えぇ~っ!? じゃあ私はお留守番ですかぁ~?」
シャルレシカが不満そうに頬を膨らませる。
すると、ロザリナはシャルレシカの肩を叩く。
「私達はアンハルトさんのところで、本戦に向けて対人戦の練習よ」
「ひぃぃ~っ」
サーミャは笑いながら納得した。
「そうだな今回は試合なんだから、ちゃんと致命傷にならない魔法の使い方とか勉強してきな」
「ひぃぃ~」
「「「あははは」」」
そして翌朝――。
ルティーナとサーミャは祭りへ。
ロザリナとシャルレシカは『碧き閃光』の拠点へ向かうことになった。
「でもよぉ、あたいを同行させるなんて……考えたなぁ」
「確かに、あたいの知らねぇ店や物があれば、そこに情報が転がってるかもな」
「よろしくね、ミヤ」
「おうっ!」
そう言った直後だった。
サーミャは目を輝かせながら店を指定する。
「ルナ。まずはあそこだ」
「……え? いきなり?」
サーミャが指差した先。
そこにあったのは――明らかに酒の露店だった。
「ゲッ!? 朝っぱらからぁ!?」
「さぁさぁそこの色っぽいお姉さんっ! 一杯どうだいっ!」
「おっちゃん! その紫……酒なのかい!?」
サーミャは興味津々で木杯を受け取る。
「これは葡萄酒ってやつさ」
「ぶどう……酒?」
「果実から作る酒だよ」
(あれは、ワインじゃないか!)
「(マコトの世界にもあるの?)」
(普通にあるぞ)
(そういえば――誉美も好きだったなぁ~)
「(はいはい、のろけは後で聞くわ)」
ルティーナ達が会話している間――。
サーミャは、すでに三杯目を一気に飲み干していた。
「ぷは――っ!? なんだこれ、うめぇぞっ!!」
一瞬で目が輝く。
「甘ぇのに酸味もあって、ごくごく飲める!」
(どこの食レポだよ……)
「いい飲みっぷりだな姉ちゃん! 気に入ったかい?」
「おうっ! 樽でくれっ!」
「買うの早っ!? しかも樽って――」
「ルナ、運ぶのは例のやつで頼むぞ」
(便利屋だな……ルナ)
店主は嬉しそうに笑った。
「実はこれ、うちの果樹園で採れた初物なんだ」
「どうしても『生国祭』で出したくてなぁ」
「へぇ~?」
「この祭りなら、いろんな国の人が集まるだろ?」
「だったら、一番最初に飲んでもらう場所はここしかねぇって思ったのさ」
男は誇らしげに胸を張る。
「この酒、どこの国の物なんですか?」
ルティーナの問いに、男は答えた。
「バルステン王国さ」
「バルステン……?」
サーミャが小さく反応する。
「それ、聞いたことあるぜ」
「砂漠街道がある国だろ?」
「おっ、知ってるのかい」
「噂だけな」
「あたいは、まだ西側は行ったことねぇんだ」
店主は話を続ける。
「ノモナーガとの間にな、でっけぇ砂漠があるんだよ」
「通過するだけで丸一日かかる」
「そんな広いんですか?」
「しかも不思議なことに、魔物が出ねぇ」
「えっ?」
ルティーナが驚く。
「その昔は砂の下に王国が沈んだとか、色々噂はあるけどな」
「それが原因じゃないかとか言われちゃいるが、本当かどうかは誰も知らねぇ」
男は葡萄酒を軽く揺らした。
「ともかくだ、そのおかげで街道は安全」
「そこにノモナーガの『バリア・ストーン』の加護も重なって、最近は行商も盛んなのさ。
店主は満面の笑みを浮かべる。
「せっかく世界中から人が来るんだ」
「なら、うちの葡萄酒を知ってもらいてぇだろ?」
「素敵ですね」
ルティーナが微笑むと、男は照れくさそうに鼻を掻いた。
「よしっ、お嬢ちゃんには葡萄をサービスだ!」
渡された実を口にした瞬間、ルティーナの顔がぱっと明るくなる。
「お、おいしいっ!」
「これ、止まらないんだけど!?」
「だろぉ?」
「もっと下さい! 樽で!」
(お前もミヤと同じじゃん……)
その様子を見て、サーミャがニヤリと笑った。
「でさ、おっちゃん」
「ちょっと聞きたいことあるんだけどよ――」
サーミャは例の模様を描いて見せる。
すると店主の表情が少し変わった。
「……ん?」
「なんだっけな、それ……」
記憶を探るように眉を寄せる。
「どっかの祭りで見た気がするんだよなぁ」
「確か……女だった」
「女?」
「あぁ」
「姉ちゃんみたいに色っぽくて……そうだ! こめかみに入ってたな――」
その瞬間。
ルティーナとサーミャの表情が変わった。
(こめかみに痣が?)
それ以上、店主も詳しくは覚えていないようだった。
「(シャルを呼ぶか?)」
「(んん、もし記憶違いで全く関係なかったら、おじさんに失礼だから)」
だが――収穫は十分だった。
「おっちゃん!」
「酒、うまかったぜ! また来るからなっ!」
露店を離れた後、サーミャが得意げに笑う。
「で、どうだいルナ、ちゃんと仕事しただろ?」
「……うん」
「まさか一件目で、かなりの情報を集められるとは思わなかった――」
しかし――。
次の瞬間には、サーミャの姿が消えていた。
「……あれ?」
振り返ると。
「おぉっ! 今度は白い酒だとっ!」
すでに別の露店へ突撃していた。
(だめだこりゃ)
結局その日、ルティーナは終始サーミャの酒屋巡りに付き合わされることになる。
……そして。
再び二日酔いで倒れたのは言うまでもない。
そして数日が過ぎ――ついに、本戦当日がやってきた。
「さぁ、みんな体調は万全だよね?」
ルティーナがじっとサーミャを見る。
「あ、あ~……」
視線を逸らすサーミャ。
「ごめん」
「「「あはははっ!」」」
そして、仲間達を見渡し――。
「『零の運命』の拠点建築を目指して――出陣っ!」
「「「「お~っ!!」」」」




