第59話 後日談
ルティーナは新しく魔法使いのサーミャを仲間に加え『零の運命』を結成する。
初の任務でブクレイン公国を訪れた彼女達は、街道を騒がせる『赤い悪魔』と呼ばれていた少女――ロザリナと出会う。
ロザリナは、父親の不審死を単身で調べていた。
そこに絡むのは、『痣』の男の存在。
それはルティーナ達も探していた、謎の刻印だった。
ロザリナは仮加入という形でパーティーに加わり、共に『魔物事件』と『領主エレヴァルクの不正』を追う事になる。
調査の末、事件の裏で糸を引いていたのは、魔物化の薬を研究していたゲレンガだった。
薬によって異形の魔物『デルグーイ』へ変貌したゲレンガに対し、ルティーナは死闘の末に勝利する。
しかし、その勝利はルティーナの心へ『命を奪った重み』を深く刻み込む。
ロザリナは魔物となった父親の魂を救い、事件は解決する。
そして彼女は『ルティーナの父親を助けたい』という願いを胸に、『零の運命』への正式加入を決意した。
だが――。
ゲレンガ達は『組織』の末端に過ぎなかった。
ルティーナ達へ、再び魔の手が伸び始める。
エレヴァルク領での事件から一週間――。
ルティーナ達は、ロザリナの家財整理を手伝っていた。
これから、彼女も共に旅をするためだ。
そして――。
四人は共同墓地へ来ていた。
みんなで、ロザリナの両親の墓の前で手を合わせる。
「お父さん……お母さん……行ってきます」
「また、戻ってくるから待っててね」
四人は立ち上がり、ノスガルドへの帰路につく。
――その頃。
「(スレイナ……聞こえるか?)」
不気味な念話が、静かな部屋へ響く。
女は、すぐに膝をついた。
「はい……ナガアキ様」
「ご無沙汰しております」
「(ドグルスは、本来の任務に巻き込まれた可能性もある)」
「(だが――ゲレンガまでも疎通不能になった)」
低く、苛立ちを滲ませた声。
「(一体、何が起きている?)」
「っ……申し訳ございません」
「私の弟ともあろう者が……不甲斐ない」
スレイナは唇を噛む。
「疎通不能ということは……」
「二人とも始末されたとでも?」
「(まだ断定はできん)」
だが、声には焦りがあった。
「(直ちにブクレインとノモナーガを調べろ)」
「(嫌な予感がする)」
「……例の案件は?」
「(『狂暴化』の実験は、一旦中断しろ――)」
一拍。
「(原因調査が最優先だ)」
「かしこまりました」
「原因に関わった者は、すべて始末しても?」
「(当然だ)」
声色が冷たく沈む。
「(計画の障害になるものは、全て消せ!)」
「(――アレが復活するまで、誰にも悟らせるわけにはいかん)」
スレイナは深く頭を下げた。
「承知しました」
「(もう、お前しか……有能な部下がおらんのだ)」
焦燥。
そして執着。
「(期待しているぞ)」
「(……また一週間後、こちらから念話する)」
念話が途切れる。
静寂の中、スレイナはゆっくり目を閉じた。
「ゲレンガ……」
「魔物化の薬は、ほぼ完成したと聞いていたのですが……」
そして、小さく呟く。
「ここからなら……ブクレインの方が近いか」
ルティーナ達は、そんな陰謀が裏で動き始めていることなど知る由もなく――。
ノスガルドへ帰還していた。
夜更けの街。
しかし、繁華街からは賑やかな声が響き渡る。
たった数日離れていただけ。
それなのに、妙に懐かしく感じる。
――やっと、この街へ帰って来た。
後日――。
三人は『碧き閃光』の拠点へ。
ルティーナは一人、アバダルト商会へ向かう。
魔物化の件だけは伏せたまま、今回の顛末を報告し、護衛費を受け取った。
「そうか……エレヴァルク、自首したのか」
ガイゼルは頭を掻いた。
「まぁ、お得意様は減っちまったが……変な事件に巻き込まれるよりマシか」
「割り切り早いですね」
「商人なんて、そんなもんだ」
「あはは……確かに」
ルティーナが苦笑した。
ガイゼルも笑いながら、仕事の話を始める。
「早速で悪いんだが」
「来週、4日くらいの遠征になる仕事の護衛を頼み……」
「まてよ……来週は――」
バタンッ!
「ガイゼルさんっ?」
慌てた様子の店員が駆け込んでくる。
「至急、受付へお願いします!」
「商品の苦情が入ってしまって……!」
「あー……わかったわかった」
ガイゼルは大きく肩を落とした。
「悪ぃな、ルナリカ」
「また今度な」
「あ……はい」
ルティーナは軽く頭を下げる。
だが、商会を出た後も、ルティーナは小さく首を傾げていた。
(……来週がどうとか言いかけてた?)
少しだけ引っかかったが、深くは考えなかった。
一方、『碧き閃光』では――。
ロザリナは、シェシカとグルバスに連れられ、早速修行へ放り込まれていた。
そしてサーミャは、アンハルト達と『ヘルグレンの森』の件で話をしていた。
「で?」
「ルナリカじゃなく、お前が代理か?」
「あたいじゃ不満かい?」
「いや……そういう意味じゃない」
「お前が補佐側なのが意外でな」
「これでも、あたいのこと、結構信頼してくれてるんだぜ?」
サーミャは得意げに笑う。
そんな二人の横で、ヘレンはシャルレシカへ魔法の事を教育していた。
もちろん、『エクソシズム・ケーン』は貸すわけがない。
「いきなり何があった?」
「シャルレシカに魔法の講義なんて?」
「魔法なら、お前が教えればいいだろ?」
「無理無理~」
サーミャは、笑いながら即答した。
「あたいが『教える』姿……想像できるのかい?」
「ヘレンなら、生真面目だから理論で教えられるだろ?」
「あははっ」
「たしかに『感覚派』のお前には向いてないかもな」
「悪かったわねぇ~」
そんな軽口を交わした後、アンハルトは真顔へ戻る。
「それより、例の森だが――」
空気が変わった。
アンハルトは森での討伐の翌日、他の冒険者の担当区域の情報を集めていた。
「あの一件以降、妙なくらい魔物は減った」
「まだ多少は残っているがな」
「……減ったって事かい?」
「(……ゲレンガを止めたからな))」
「あぁ」
アンハルトは頷く。
「他の地区の冒険者にも話を聞いたが、異常だったのはギルド上位組の担当区域ばかりだったらしい」
「まぁ、今は『バリア・ストーン』も修復されたし、魔物も落ち着くだろ」
事実を知っているサーミャは苦笑いをする。
「そういや、お前らブクレイン行ってたんだよな?」
「向こうの魔物はどうだった?」
一瞬だけ、サーミャの目が細くなる。
「(巻き込まないほうがいいな)」
そう判断した。
「確かに、動きがおかしい魔物は居たぜ」
「ヘルグレンほどじゃねぇけどな」
「まさか……」
「ヘルグレンとブクレインの街道は山を越えればすぐだからな」
アンハルトは不安になっていた。
「だが、シャルの索敵でずーっと街道を見てたが」
「あたいらが倒した数匹だけだったみたいだぜ」
もちろん嘘だ。
人間を魔物化する実験。
そんな話を広めるわけにはいかなかった。
「……それならいいんだ」
アンハルトは腕を組む。
「最近、冒険者や民間人の行方不明が増えてるらしい」
「ギルドでも、魔物との関連を調べ始めているそうだ」
「!」
「(失踪者? ……実験体に?)」
一瞬、最悪の想像が脳裏をよぎる。
「そ、そうなのか……」
「物騒な話だねぇ……」
「ん?」
「お前、何か知ってるのか?」
サーミャは慌てて笑った。
「いや、人間食った魔物って頭良くなんのかなーって」
「そうか……一理あるな」
アンハルトは頷く。
「……なるほど。捕食の可能性か」
「ありがとう。ギルドにも共有しておく」
「(適当だったんだが……)」
「サーミャもルナリカに負けず、頭回るじゃないか?」
「あたい、結構できる女なんだぜ?」
「(……あっぶねぇ。危うく全部バレるとこだった)」
サーミャは内心で冷や汗を流した。
その時だった。
「ミヤー!」
「終わったよー!」
ロザリナ達が戻ってくる。
「おいサーミャ! ロザリナ、武闘家に育てねぇか?」
グルバスは豪快に笑う。
「やめなさい。これ以上脳筋を増やさないで」
シェシカが呆れ顔でため息をつく。
「光魔法の才能もそうだけど……」
「あんまり力を見せすぎると、昔の私やサーミャみたいに国に目を付けられるわよ?」
「あー……思い出したくねぇ」
「(あいつの下に行くのは御免だ)」
サーミャが遠い目をした。
「ん? なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
「ところでヘレン」
「シャルはどうだった?」
「えーっと……実際シャルちゃん自身は魔法が使えないから、たぶん大丈夫?」
「たぶんってなんだよ!?」
「ちゃんとぉ、理解しましたよぉ~」
「まぁ、魔法はこの杖がねぇと使えねぇから安全か」
サーミャがツッコんだ、その時だった。
「――そういや、そろそろじゃなかったか?」
アンハルトの一言に、シェシカとグルバスが反応する。
「……もうそんな時期ね」
「早ぇな」
「あれから一年経つのか」
「「「?」」」
三人は、意味も分からず顔を見合わせていた――。




