第57話 闇ノ幕切
地上のシャルレシカから合図の『炎弾』が打ち上がる。
(よく頑張ったな、ルナ! 反撃開始だ!)
「うんっ!」
ルティーナが地上に降りた時だった。
彼女は、ゲレンガに悟られないよう小さく【水】を描いていた。
シャルレシカは、水場が広がるのを待っていたのだ。
――あの魔法を使うために。
「すっ『スプラッシュ・バイパー』ぁ~!」
地面に溜まった水が巻き上がる。
それは蛇の形を成し、夜空へ躍り出た。
一匹。
二匹。
三匹。
水蛇は次々とゲレンガへ襲い掛かる。
だが――。
「何をしているかと思えばっ!」
ゲレンガは舌打ちしながら空中を旋回し、軽々と回避する。
しかし、その瞬間だった。
水蛇の陰へ滑り込むように、ルティーナが飛び込む。
手裏剣へ巨大な【凍】を描き、投擲。
水蛇の一部が瞬時に凍りつき、巨大な氷塊へ変わった。
「なっ!?」
ゲレンガが咄嗟に軌道を変える。
だが、ルティーナは見逃さない。
凍りついた氷塊へ、さらに漢字を刻む。
【砕】
【射】
二重描き。
次の瞬間――。
無数の氷片が、弾丸のように射出された。
「ぐっ!?」
羽毛を裂き、鮮血が夜空へ散る。
「魔法の水蛇を凍らせて攻撃だとぉ!?」
馬琴は確信していた。
(『スプラッシュ・バイパー』は水を操る魔法)
(やっぱり『水』さえ空に飛ばせれば、凍らせて『媒体』にできるっ!)
「(うんっ!)」
ゲレンガの顔から余裕が消え始める。
シャルレシカを狙えば、ルティーナが迫る。
ルティーナへ集中すれば、水蛇が増える。
連携が噛み合い始めていた。
やがて、再び地面へ水が溜まる。
「すっ『スプラッシュ・バイパー』ぁ~!」
シャルレシカは、水蛇を撃ち上げる。
ルティーナは、その動きへ合わせ空を駆ける。
氷結。
砕撃。
射出。
連携は、完全に流れを掴み始めていた。
「くそっ……!!」
「この森に、水場なんてねぇはずだろ――」
その時だった。
魔法効果を失った大量の水が、豪雨のように降り注ぐ。
ゲレンガの全身を濡らしていく。
「……?」
黒い羽毛が、徐々に変色していく。
「ただの水じゃねぇ……!」
翼が痙攣した。
飛行が乱れた。
そこでようやく、ゲレンガは気づいた。
――ルティーナ達の本当の狙いに。
水場には、もう一つの漢字が描かれていた。
【毒】――。
最後の水蛇は、毒蛇だった。
「っ……!?」
「毒……だと……!?」
翼の感覚が消えていく。
羽毛が腐食し、皮膚が爛れていく。
飛行が維持できない。
「しまっ――」
次の瞬間。
ゲレンガの身体が、森へ墜落した。
地面に叩きつけられ、森が揺れる。
「がはっ…………!」
「ちく……しょう……」
ゲレンガは地面へ手を伸ばす。
だが、もう腕は動かない。
やがて――。
異形の鳥人は、苦悶の表情を浮かべたまま静かに絶命した。
(……っ)
それは馬琴にとっても予想外だった。
どう生き残るか。
どう決定打を与えるか。
そればかり考えていた。
(くそ……やりすぎた)
結果。
毒に侵された肉体は、墜落の衝撃に耐えられなかった。
(くそっ……これじゃ、全部闇の中だ)
(これじゃ、シャルも解析させられない……か)
やがて毒雨は止む。
ゲレンガの遺体は、すでに原形を留めていなかった。
「……なんとか勝てたね、マコト」
(ルナとシャルのお陰だよ)
だが、ルティーナの表情は晴れない。
「でも私……人を殺してしま――」
(違うっ!)
馬琴が即座に遮った。
「!?」
(もう、あいつは魔物だった)
(人間を捨てた怪物だったんだ)
(ルナは『殺した』んじゃない)
(『退治』したんだよ)
「でも……」
割り切れない。
そんな顔だった。
「でも……」
それでも、ルティーナの表情は晴れない。
命を奪った感触だけが、胸に重く残っていた。
(……それでも辛いなら)
(恨むなら、指示を出した『俺』を恨んでくれ!)
ルティーナは目を見開く。
そして、すぐに首を横へ振った。
「ごめんなさいっ!」
「恨みなんかしないわよっ!」
彼女は知っている。
ここまで来れたのは、馬琴が居てくれたからだ。
「私一人じゃ、両親を助けられなかった」
「マコトが『助ける』って言ってくれた時……すごく心強かった」
馬琴は、それ以上何も言わなかった。
反省は後回し――。
まずは、ルティーナの治療を優先した。
ルティーナは、『ヒーリング・ストーン』を使う。
傷が癒えたルティーナは、シャルレシカを探し始める。
見つけた時――。
彼女は満面の笑みで、気持ちよさそうに眠っていた。
「なんで笑顔なの……?」
(今回は大活躍だったからな)
(あとで肉でも食べさせてやろう)
ルティーナは思わず苦笑した。
眠るシャルレシカと『エクソシズム・ケーン』を回収する。
夜明け前に館へ戻ろうとした、その時。
(待てルナ、まだやることがあるんだ)
「……?」
(奴の死体を火葬しよう)
森へ燃え移らない範囲で、地面へ【炎】を描く。
燃え上がる炎が、ゲレンガの遺体を呑み込んだ。
(これで、ゲレンガ失踪の理由が作れる)
ルティーナは、その行為の意味を、まだ理解していなかった。
そして――。
ルティーナ達は、エレヴァルクの館へ戻ってきた。
そこでは、サーミャ達が大きく手を振っていた。
「お~いっ! ルナぁっ!」
「ミヤっ! リーナっ!」
三人は顔を見合わせ、同時に親指を立てる。
言葉はいらなかった。
無事に帰ってこられた――それだけで十分だった。
ロザリナはルティーナに問う。
「ゲレンガはどうなったんですか?」
だが――。
ルティーナの表情だけは、どこか曇っていた。
「ごめん……連れて帰って来れなかったの」
その場の空気が静まる。
「……あいつ」
「薬で、自らデルグーイになったの」
ルティーナは唇を噛む。
「そして、あいつを……倒してしまったの」
ロザリナは小さく目を伏せた。
「お父さんを実験台にした薬で……」
「くっ!」
ルティーナは、ロザリナから庭園で何があったかを聞き理解する。
領主の金を横領。
魔物化の薬を研究。
ルティーナは口を開く。
「薬の実験をヘルグレンで行い……」
「強力な魔物を、街道へ連れ帰っていたのね」
馬琴も、後味が悪い気分だった。
薬の作り方も。
本当の目的も。
結局――何一つ、分からないままだった。
ルティーナは、ロザリナを苦しめたゲレンガを、生きたまま連れ帰れなかった事を悔やんでいた。
その姿を見たロザリナは、静かに首を横へ振った。
「ううん」
「いいんです」
その声に、迷いはなかった。
「ルナじゃなかったら……きっと、あいつを止められませんでした」
そして、優しく笑う。
「父さんと最後に、話せたんです」
「ちゃんと……お別れ、できたんです……っ」
涙を堪えるように微笑んだ。
「みんな、本当に……ありが――」
「リーナ……」
その時だった。
サーミャが、ぽんっとロザリナの頭へ手を置く。
「その台詞は、まだ早ぇぜ」
「ミヤ……?」
「感謝なら、殊勲者の『眠り姫』が起きてからにしな」
全員の視線が、すやすや眠るシャルレシカへ向く。
「「「あはははっ」」」
その笑い声は、闇を振り払うように広がっていく。
そして、眩い朝日が四人を照らし始めていた。




