第54話 庭ノ乱戦
一方その頃――。
ロザリナは、地下室へ駆け込むなりルティーナへ飛びつくように駆け寄った。
「ルナっ! 大丈夫ですか!?」
ルティーナの呼吸は荒い。
視界も完全には戻っていないのか、僅かによろめいている。
「怪我は大丈夫……でも、薬がまだ残ってて……」
「分かりました!」
ロザリナは即座に魔法を発動した。
「『キュア・スリープ』!」
淡い光がルティーナを包み込む。
「……っ!」
重かった身体が、一気に軽くなった。
痺れていた指先にも力が戻ってくる。
「ありがとう、リーナっ!」
ルティーナは拳を握り、感覚が戻ったことを確かめる。
まだ完全ではない。だが――戦える。
その頃。
地下室から脱出したゲレンガは、館の奥にある秘密部屋へと駆け込んでいた。
厳重な鍵付きの棚。
男は慣れた手つきで鍵を開け、中に並ぶ薬品へ視線を走らせる。
「さてぇ……どうするかねぇ」
口元が吊り上がる。
「あいつらがここに辿り着くまで、あと二、三分ってところかぁ?」
棚に並ぶ薬瓶を眺めながら、ゲレンガは鼻を鳴らした。
「そうだお前、庭で好き放題暴れてこいよ」
「お前の恨むエレヴァルクが居るぜぇ?」
その目だけが、異様なほど冷たい。
「あったあった。この薬は持っていかねぇとな」
一本の薬瓶を懐へ滑り込ませる。
そして、そのまま牢の鍵を解き放った。
――同時刻。
屋敷を襲った洪水に驚き、エレヴァルクは慌てて部屋から飛び出してきていた。
庭園は、もはや惨状だった。
濁流に荒らされた地面。
虫の息で倒れる護衛団。
暴風を撒き散らす少女。
そして、的確に指示を飛ばす金髪の女。
「き、貴様らぁぁっ!!」
エレヴァルクは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「貴様らぁっ! 私の屋敷を何だと思っているっ!!」
混乱する護衛達を捕まえ、怒鳴りつけた。
「おいっ! 誰か国の警備隊を呼べぇっ!」
「ゲレンガはどうした!? ゲレンガぁぁっ!!」
その頃。
ゲレンガは既に館を脱出していた。
薄暗い森へ続く夜道を、馬で荒々しく駆け抜けていく。
だが、その顔に余裕はない。
屋敷は混乱状態。
護衛団も半壊。
エレヴァルクも、もはや使い物にはならない。
だからこそ――切り捨てる。
「ちっ……」
ゲレンガは舌打ちを漏らした。
「エレヴァルクとは、もう潮時だなぁ」
庭園では、怒号と混乱が渦巻いていた。
その時だった。
地下室の崩れた穴から、ふわりと人影が浮かび上がる。
「えっ……?」
目撃した誰もが息を呑む。
翼を広げたルティーナが、ロザリナを抱いたまま空へ舞い上がってきたのだ。
「ル、ルナリカ殿……?」
「そ、その姿は……空を飛んでる……?」
エレヴァルクの顔が引きつる。
ルティーナは鋭い視線で男を射抜いた。
「エレヴァルクっ!」
怒声が庭園へ響く。
「あなたがゲレンガと組んで、通商破壊と護衛費の横領をしていた証拠――」
「全部、掴んだわよっ!」
その言葉に、エレヴァルクの顔が変わる。
「な、何を言っているのですかなぁ、ルナリカ殿?」
「そ、それよりもこの状況は――」
「しらばっくれないで」
冷えた声だった。
ルティーナはロザリナを地上へ降ろすと、今度はシャルレシカへと視線を向ける。
「シャル、じっとしてて」
彼女の体へ【軽】を重ね掛けする。
そのまま脇の下に腕を回し、抱きかかえるように浮かび上がった。
「ミヤっ! リーナっ!」
「こっちは任せたわ! 私はゲレンガを追う!」
「あっちの方向にぃ~、すっごい速さで移動してますぅ~」
シャルレシカが、ぼんやりと森の方角を指差した。
「速い……? 馬ね!」
次の瞬間。
ルティーナは夜空へ飛び立った。
残されたサーミャは、迫りくる護衛団と対峙していた。
ロザリナもまた、エレヴァルクを睨み据え、一歩たりとも逃がすまいと前に出る。
そこへ、ようやく国の警備隊が駆けつけてきた。
「エ、エレヴァルク様っ! これは一体――」
「おぉっ! やっと来たか!」
エレヴァルクは待っていたとばかりに叫ぶ。
「屋敷に賊が侵入したのだっ!」
「そこの娘どもを捕らえろっ!!」
警備隊は困惑しながらも、視線をサーミャ達へ向けた。
「え……あの女達が賊、ですか?」
「――残念っ!」
サーミャが口元を吊り上げる。
「私たちは賊じゃないわ」
「強いて言うなら――『義賊』かな?」
さらに警備隊へ向き直る。
「捕まえるなら、むしろそっちよ――」
「えぇいっ! 黙れ黙れぇっ!!」
エレヴァルクの怒声が響いた――その直後だった。
――グォォォォォォッ!!
地の底から響くような咆哮。
「なっ……!?」
全員の視線が屋敷へ向く。
次の瞬間。
屋敷の壁を粉砕しながら、二メートルを超える巨躯のデーアべが姿を現した。
さらに地下室から、異形の魔物達が次々と飛び出してくる。
足の毛だけが抜け落ちた異様なデフルウが四匹。
「エレヴァルク様っ! なぜ屋敷に魔物がいるんですか!?」
警備隊が狼狽える。
「し、知らんっ!」
「こ、これはゲレンガが――」
だが、言葉の途中でエレヴァルクの顔が青ざめた。
(まさか……あの男、俺を切り捨てたのか!?)
警備隊は必死に応戦する。
しかし、デーアべは止まらない。
兵士を薙ぎ払いながら、一直線にエレヴァルクへ迫っていく。
「『アース・ウォール』っ!」
サーミャの魔法が地面を隆起させ、巨大な土壁となって警備隊を守った。
ロザリナもまた、負傷者へ回復魔法を施していく。
「じっとしてくださいっ!」
「『キュア・ヒール』っ!」
温かな光が傷を塞いでいく。
警備隊は呆然としていた。
「お、お前達……本当に賊じゃないのか……?」
「だから言ったでしょ?」
サーミャが肩を竦める。
「『義賊』だって」
「さぁっ! 魔物を片づけて、全部終わらせるよっ!」
「リーナっ、熊野郎は任せた!」
「はいっ!」
サーミャの目が鋭く細まる。
「気を抜くなよ、リーナ」
「頭を使うタイプかもしれないからな」
「……大丈夫です」
ロザリナの声は静かだった。
だが、その瞳だけは燃えるように揺れている。
「私――人生で一番怒ってるので!」
その頃――。
夜の森の上空を、ルティーナは高速で飛翔していた。
ゲレンガを追うために。
「なっ……!?」
ゲレンガが振り返り、目を見開く。
「あのガキ……飛んでやがるのか!?」
「しかも一匹増えてる……!?」
「シャルっ!」
「『エクソシズム・ケーン』を使って馬を止めて!」
「はぁ~いっ!」
シャルレシカは杖をぶんぶん振り回す。
「えっとぉ~……あっ!」
「ふっ『フレイム・ボ――』ぅ~!」
「きゃぁぁぁっ!?」
「シャルっ、ダメダメっ! 森が燃えちゃうっ!!」
「え~じゃあぁ……」
シャルレシカは首を傾げ――。
「らっ『ライトニング・アロー』ぉ~っ!」
数回連呼する。
乱射された雷撃の一発が、馬の足元へ突き刺さった。
「ヒヒィィィンッ!!」
馬が暴れ狂い、ゲレンガは地面へ投げ出される。
「シャルにこの杖、危険すぎるでしょ……!」
「えへへ……」
「ちっ……!」
ゲレンガは舌打ちしながら立ち上がった。
(こいつら、無茶苦茶しやがる……!)
ルティーナは鋭く睨みつける。
「さっきのお礼――きっちり返させてもらうわよっ! ゲレンガ!」
ゲレンガは荒い呼吸を吐きながら笑った。
(もう睡眠薬の効果も切れてやがる……)
(くそっ、最悪だ)




