第53話 淵ノ救出
地下の密室でゲレンガと対峙するルティーナ。
武器もない。
体もおぼつかない。
部屋に何があるかもわからない。
――完全に不利な状況。
「おやおやぁ~?」
ゲレンガが口元を歪める。
「どうしたぁ? 俺に聞きたいことがあるんじゃなかったのか?」
余裕を崩さない。
いや――楽しんでいる。
ルティーナは唇を噛み、叫ぶように問い返した。
「貴方っ! ロザリナのお父さんを罠にはめたんでしょ!?」
「ロザリナぁ?」
ゲレンガは首を傾げる。
「……誰だそりゃ?」
だが次の瞬間、思い出したように鼻で笑った。
「あぁ……あの失敗作の娘か」
(失敗作……?)
馬琴の眉がひそまる。
(なんだその言い方……)
「あいつ、屋敷の不正に気づいちまったからなぁ」
ゲレンガは面倒そうに肩を竦めた。
「だから処分したんだよ」
まるで、壊れた道具でも捨てたかのような口調だった。
「そのせいで、今度は俺がエレヴァルク周辺の監視までやる羽目になっちまってよぉ……」
だが、途中で面倒になったように手を振る。
「まぁ、そんな話どうでもいいか」
ニタリ、と笑った。
「今度は、お前で実験してやるよ」
(実験……だと!)
「っ……!」
ルティーナの背筋に寒気が走る。
だが、それでも一歩も引かなかった。
「やっぱり、あんたが絡んでたのね……!」
ふらつく身体を無理やり起こす。
「でも――私は、あんた達の好きにはさせないわよっ!」
その瞬間。
ゲレンガは近くに転がっていた剣を拾い上げた。
ぎらり、と刃が鈍く光る。
そして、剣先を揺らしながらゆっくり距離を詰めてきた。
一歩。
また一歩。
獲物を追い詰める獣のように。
「(……何か武器になるものはないの?)」
ルティーナは必死に周囲へ視線を巡らせる。
(投げられる物でもいい……探すんだ!)
その行動を見透かすかのように――。
「残念だったなぁ」
ゲレンガが笑う。
「この部屋に武器になりそうなのは、この剣くらいしか置いてねぇんだよ」
(っ!?)
思考を読まれたようなタイミング。
ルティーナの表情が僅かに揺れる。
「おっ、図星かぁ?」
ゲレンガは楽しそうに目を細めた。
「ガキにしちゃ頭回るみてぇだなぁ。でもよぉ――」
ゲレンガは剣を肩へ担いだ。
「俺、用心深いんだわ」
(……まずい)
馬琴が冷静に状況を整理する。
(ルナに剣を捌く体術はない。腕を硬化させて盾代わりにするか――)
「(マコトぉ……何かに隠れられない?)」
(……それだ!)
馬琴の声が鋭くなる。
(ルナ! 左手を奴へ向けろ! 右手は床につけるんだ!)
ルティーナは反射的に従った。
そして左手をゲレンガへ向け、右手を床へ。
その瞬間――。
ゲレンガは、弾かれたように後方へ飛び退いた。
「(えっ!?)」
(やはり、慎重さが裏目に出たな)
ルティーナの左手には【水】が浮かび上がる。
そして床には、一メートルほどの【煙】が描かれていた。
ゲレンガには何かあるとわかっていても。
漢字の意味までは分からない。
『分からないからこそ危険』
ゲレンガはそう判断したのだ。
「今度はなんだ?」
剣を構え直しながら舌打ちする。
「どういう仕組みか知らねぇが、地面に描いた模様しか使えねぇんじゃねぇのかぁ?」
凍り付いた部下達へ視線を向ける。
「足元をこんな風にされたら、たまったもんじゃねぇからなぁ」
(やっぱり、ただ漢字を警戒するレベル)
馬琴は確信した。
(ルナ、そのまま手を向け続けろ!)
ゲレンガは、死角に回り込もうとする。
だがルティーナも追うように左手を向け続けた。
そして次の瞬間。
馬琴は【水】を『起動』した。
次の瞬間。
ルティーナの手のひらから、激流のような水が噴き出した。
「なっ――水ぅ!?」
ゲレンガが顔を歪める。
「俺を濡らして凍らせるつもりか!?」
さらに距離を取った。
その一瞬。
(今だっ!)
【煙】を『起動』した。
白煙が一気に広がる。
「煙幕だとぉ!?」
ゲレンガが怒鳴る。
「そんなもん撒いたら、お前も出口わかんなくなるだろうがっ!」
だが、その時にはもう遅かった。
煙と水流が止まる。
そして――ルティーナの姿が消えていた。
「……っ!?」
ゲレンガの目が見開かれる。
「……は?」
白煙の中。
そこにいたはずの少女が、どこにも居ない。
「姿まで消せるのかよ……!」
だが彼は止まらない。
警戒しながらも、剣を構えたまま周囲を探る。
「(マコトぉ……このままじゃすぐ見つかるよぉ……)」
(いや、大丈夫だ)
馬琴は冷静だった。
(こいつ、魔力感知に頼り過ぎてるんだ)
(だからこそ、『手探りの攻撃』しかできない!)
「(……私、魔力を持ってないからね)」
ルティーナは苦笑する。
「(なんか複雑……)」
その時だった。
「あぁん?」
ゲレンガの動きが止まる。
「……こっちから魔力を感じるなぁ?」
鋭い目は、見えないはずのルティーナの方向を睨んだ。
「魔力制御か何かで誤魔化してやがったのか……?」
「変な技を連発しやがって――」
「(ちょっと! 居場所がバレてるじゃない!?)」
下手に身動きをすれば、居場所がバレる。
しかし、ゲレンガは確実に近づいてくる。
だが。
馬琴は逆に目を細めた。
(……いや、助かった)
「(えっ?)」
その瞬間だった。
天井が、爆音と共に吹き飛んだ。
「お待たせっ! ルナっ! 無事か!?」
崩れた天井の向こう。
地下室をのぞき込んでいたのは、サーミャだった。
「って、シャルっ! ここじゃねぇのかよ!?」
「それとも一緒に吹っ飛ばしちまったか!?」
「勝手に殺さないでよっ!」
「まだ生きてるわよっ!」
煙の中からルティーナが叫び返す。
「おっ、生きてたか」
サーミャはニヤリと笑う。
「姿消してたのか?」
「簡単にやられるタマじゃねぇか」
「っ、仲間か!?」
ゲレンガが顔を歪める。
「なんでここが――」
だが次の瞬間、その表情が変わった。
(ちっ……実験はここまでか)
冷静に状況を切り替える。
(使えねぇこいつらに――薬を……)
(その隙に逃げるしかねぇ)
「(本当に凄いわね……マコト)」
ルティーナは安堵混じりに息を吐いた。
「(あんな状況で、ちゃんと助かった……)」
(喜ぶのは後だ!)
馬琴が叫ぶ。
(ゲレンガの奴、逃げる気だぞ!)
その頃には、騒ぎを聞きつけた護衛団が次々と集まり始めていた。
サーミャはロザリナに即座に指示を飛ばす。
「ルナの治療と武器を渡してきてくれ!」
「ここは、あたいらが何とかする!」
「はいっ!」
ロザリナは開かれた天井から飛び降りる。
「シャルはこっち来い! 『エクソシズム・ケーン』を使え」
「とにかく、暴れろ!」
「えぇ~♪ やっちゃっていいんですかぁ~?」
シャルレシカの目が輝く。
「わくわくですぅ~♪」
そして杖を掲げた。
「すっ『ストーム・サイクロン』~♪」
暴風が庭園を吹き荒れる。
護衛団をまとめて吹き飛ばす。
――シャルレシカは元々、膨大な魔力を持っている。
『エクソシズム・ケーン』によって、知っている魔法であれば本来に近い威力を再現できる。
「「「ぎゃあああっ!?」」」
「ろっ『ロック・バスター』ぁ~? だっけぇ?」
巨大な岩のドリルが庭園を飛び交う。
護衛団は逃げるしかない。
完全にノリで撃っている。
「ミヤぁ~♪ あと、どんな魔法がありましたっけぇ~?」
「(シャルにこの杖持たせたのは失敗だった……)」
ミヤが頭を抱える。
だが、その暴れっぷりは圧倒的だった。
「ミヤぁ~♪ これ楽しいぃ~!」
そしてシャルレシカは、ぱぁっと顔を輝かせた。
「あっ、思い出しましたぁ~♪」
嫌な予感しかしない。
「すっ『スプラッシュ・バイパー』~♪」
「シャルっ!? それは――!」
止める間もなかった。
庭の池が大きく揺れ上がる。
巻き上げられた水は巨大な蛇となり、咆哮のような水音を響かせながら護衛団へ突っ込んだ。
「うわぁぁぁぁっ!?」
庭が、一瞬で濁流に飲み込まれていた。




