第52話 謎ノ片鱗
ルティーナは館まで運ばれていた。
次の瞬間、荷袋から引きずり出され、床へ投げ出された。
睡眠薬でぐったりした小さな体。
目隠し。
両手は後ろに回され、鎖で拘束。
しかも寝巻き姿のまま誘拐されたため、武器は何一つ持っていない。
まともに戦える状況ではなかった。
だが――。
(おいルナ、起きろっ!)
馬琴は、首元に小さく描いていた【痛】を発動させた。
「(いっ!?)」
鋭い痛みが走る。
「(頭重いし気持ち悪いしっ……何?)」
「(そっか、マコトの言ってた通りになってるのね)」
「(っていうか、先に痛いの止めてよっ)」
「(声が洩れちゃうっ!)」
そこには、ゲレンガと部下らしき四人の男がいた。
まるで獲物を囲むように。
「兄貴ぃ~、こんなガキを拉致ってどうするんですぅ?」
「まさかぁ、そういう趣味でも――」
――ぐしゃっ。
ゲレンガは、その男の首をつかみ上げる。
「ぐへっ!?」
男の喉から、潰れたような呻き声が漏れた。
「てめぇ……人間やめたくねぇなら黙ってろ!」
低く冷たい声に、その場の空気が凍りつく。
(人間やめる……?)
馬琴は違和感を覚えた。
(やはり何か秘密がある……)
するとゲレンガは、倒れているルティーナに近寄る。
「おい、小娘――」
その言葉に動揺するルティーナ。
「今、ピクリと動いたよなぁ?」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「あの睡眠薬、そう簡単に切れる量じゃねぇんだが……」
「このガキ、体質か?」
ルティーナは必死に息を整える。
だが。
「……なぁ、起きてんだろ?」
声色が変わった。
探るような声音。
ルティーナは観念したように、ゆっくり口を開く。
「す……鋭いですね」
かすれた声。
「ここ、どこですか……?」
「へぇ」
男は面白そうに笑った。
「意外と冷静じゃねぇか」
ぐいっと首元を掴まれる。
「まるで誘拐されるのを、最初から予定してたってことはねぇよな?」
(こいつ……)
馬琴は即座に理解する。
(かなり厄介だぞ)
「……まぁいい」
ゲレンガは、ルティーナの寝巻きの襟元を掴み、締め上げながら立ち上がる。
「お前、昼間に俺の腕を見てたよなぁ?」
(ルナ、完全にバレてんじゃん)
「(そんな……)」
「――さっさと吐け」
締め付ける力が強くなる。
「屋敷で何してた?」
「ぐっ……ぁ……」
「死にたくねぇなら喋れ」
ゲレンガの声は冷たかった。
「お前が死んでも、『帰り道で盗賊に襲われました』で終わりなんだよ」
「(ぐるしっ……マコトぉ……)」
「(これ普通にヤバいんだけどっ……!)」
(もうちょっとだけ耐えろ)
馬琴は冷静に状況を見ていた。
(今、奴は目の前だ!)
(だったら――正面を蹴りあげろ!)
「(えっ?)」
(全力でだ!)
ルティーナは暴れるふりをする。
不自由な手のひらへ【弾】を描く。
そして、それを足裏へ移し――。
次の瞬間。
全力の蹴りが、ゲレンガの腹を直撃する。
「ごっ――!?」
衝撃音。
ゲレンガの身体が吹き飛ぶ。
その隙にルティーナは鎖へ手を伸ばした。
【溶】。
鎖がじゅうっと音を立てて崩れ落ちる。
「ぶはっ……! このガキぃぃっ!!」
「鎖を溶かした……ぞ!?」
男達がざわめく中、
ルティーナは――ふらつきながらも立ち上がった。
薬の影響が、かなり残っている。
視界も揺れる。
それでも彼女は笑った。
「――さぁて」
細い指を向ける。
「今度は、私が質問する番よ?」
「武器もねぇガキが調子乗るなぁっ!」
ゲレンガが怒鳴る。
「お前ら! 油断すんな! 不用意に近づくなよ!」
その判断は速かった。
一撃で理解した。
この小娘は、そこらの冒険者とは明らかに違う。
だが同時に、薬が効いていることも見抜いていた。
ルティーナの足元は明らかにおぼつかない。
「やっぱ薬は効いてんじゃねぇか」
ゲレンガが口元を歪める。
(ルナ、無理はするな)
馬琴が即座に指示を飛ばす。
(しゃがめ。自然に倒れ込むんだ)
ルティーナはそのまま崩れるように床へ手をついた。
「「「「ぎゃははははっ!!」」」」
男達の嘲笑が響く。
だがその瞬間。
ルティーナの手元から、床をなぞりながら漢字が広がる。
【凍】。
青白い文字が床を這うように広がっていく。
「……っ!?」
最初に異変へ気づいたのはゲレンガだった。
「っ……!」
それが、自分達へ向かってくる。
「離れ――!」
叫ぶより早く。
馬琴は起動した。
瞬間。
床一帯へ氷が炸裂した。
「うおっ!?」
ゲレンガだけが後方へ飛び退いた。
だが残る四人は足元を一気に氷漬けにされ、その場へ縫い付けられた。
「なっ……!」
「動けねぇっ!?」
「おいおい……危ねぇなぁ」
ゲレンガは距離を取りながら、冷や汗を流す。
「なんだ今の……?」
彼はルティーナを睨みつけた。
「魔法……いや、違う」
眉が歪む。
「こいつ、魔力を感じねぇ……」
(初見で避けるかよ……)
馬琴は舌打ちした。
(どんだけ用心深いんだ、こいつ)
「ガキだと思って舐めてたわぁ……」
ゲレンガは低く笑う。
「お前の目的はなんだ? どこまで知ってる?」
「どうでもいいでしょ?」
「これで一対一よ」
ルティーナは息を整えながら笑った。
「今度は――私が質問する番よ」
だが、ゲレンガは背後の仲間達を見ながら鼻を鳴らした。
「……ったく」
呆れたように拘束された仲間を見下す。
「お前ら、ほんと役に立たねぇなぁ」
そして吐き捨てるように続けた。
「これ終わったら、街道に放り出してやるよ」
(……さっきから、何を言ってるんだこいつ)
馬琴は違和感を強めていく。
(『人間やめる』だの、『街道に放り出す』だの……)
『ヘルグレンの森での実験』
『無能な奴らを駒』
ゲレンガが言っていた言葉がつながり始める。
(まるで、別の何かに変えるみたいな……)
『魔物なのに操れないんですよ』
『人間は……簡単には出来ねぇがな』
(まさか……あの魔物達は、元は人間なのか!?)
「(だから操れない……! それに知能がある理由も)」
「ん、ガキ……」
「てめぇ、まさか?」
ゲレンガに『力』を見抜かれた。
睡眠薬の影響で身体もまともに動かない。
ルティーナは、完全に劣勢へ追い込まれる。
視界が揺れる。
足に力が入らない。
それでも倒れまいと踏ん張るが、膝が小刻みに震えていた。
「(どうするのよマコト……)」
「(かなりまずいんじゃないの……?)」
いつもの軽口混じりの声ではない。
焦りが滲んでいた。
(……ルナの身体の麻痺が予想外だった)
馬琴も歯噛みする。
ルティーナは呼吸を整えながら、必死にゲレンガを睨み返した。
「(ミヤ達が来るまで、なんとか耐えなきゃ……)」




