第51話 罠ノ逆手
ルティーナ達の潜入は、どうにか成功した。
決定的な証拠こそ掴めなかったものの、得られた情報は大きい。
そして今――。
残された切り札は、シャルレシカが仕掛けた魔道具だった。
領主の私室へ隠した、小型水晶。
周囲の光景と音を収集できる特殊な魔道具。
それを通して、エレヴァルク達の動きを探る。
ルティーナ達は、息を潜めながら、その瞬間を待っていた。
「そろそろ、夕食を終えて部屋に戻る頃じゃねぇか?」
サーミャの言葉に、シャルレシカがこくりと頷く。
「じゃあ、映しますねぇ~」
両手で水晶を包み込むように持ち、魔力を流し込む。
すると――。
水晶の表面に、ゆらりと映像が浮かび上がった。
「……っ」
映し出されたのは、エレヴァルクの私室。
机。
ソファ。
豪華な調度品。
まるで、その場を覗き込んでいるかのような鮮明さだった。
「すご……本当に、見てきた部屋そのまま……」
ロザリナが思わず息を呑む。
「(どこでこんな魔道具を)」
しかし――。
「……誰もいないですねぇ」
シャルレシカがしょんぼり肩を落とした。
「ちっ、風呂か?」
「仕方ないわね」
「一旦切って、魔力を温存――」
その時だった。
ガチャリ、と扉が開く。
全員の視線が水晶へ集中する。
現れたのは、エレヴァルク。
そして――。
痣の男。
男は椅子へ乱暴に腰を落とし、土足のまま机へ足を投げ出した。
その態度だけで分かる。
こいつは、ただの護衛ではない。
「なぁ旦那ぁ……」
男が低く唸る。
「やっぱ、あの冒険者のガキ……怪しいぜぇ」
「なんだゲレンガ?」
「あんな子供相手に、何を警戒している」
エレヴァルクは呆れたように肩を竦めた。
だが、ゲレンガは眉を寄せたままだった。
「あの広場でよぉ……」
「ガキが実演してた時、館の中から妙な魔力を感じたんだ」
その瞬間。
ルティーナの背筋を、冷たいものが走った。
(やっぱり……)
館を気にしていたのは、偶然じゃない。
(みんなの魔力に気づいてた……!)
「それだけじゃねぇ」
ゲレンガは続ける。
「あのクナイだ」
「クナイ?」
「ガラス割った時の紐の切れ方だよ」
男の目が鋭く細められる。
「あれ、『ちぎれた』切れ方じゃねぇ」
「断面が綺麗すぎるんだ」
室内に沈黙が落ちた。
「……不自然だと思わねぇか?」
その言葉に、ルティーナ達の空気も張り詰める。
気づかれている。
完全ではない。
だが、勘づかれている。
「おいおい、考え過ぎだろ」
だが、エレヴァルクは軽く笑った。
「何も盗まれていない」
「荒らされた痕跡もない」
「お前は神経質すぎるんだよ」
「……ちっ」
ゲレンガが小さく舌打ちする。
「(ちっ……鈍感野郎が)」
だが次の瞬間。
エレヴァルクが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば最近、街道の魔物や盗賊が減っているようだが、大丈夫なのか?」
「護衛費に影響が出ているんだが」
その瞬間。
ゲレンガの顔に、露骨な苛立ちが浮かんだ。
「うるせぇな……」
吐き捨てるような声。
「最近、ノスガルドの護衛が強くなってんだよ」
ルティーナ達の視線が鋭くなる。
「わざわざ護衛側に回って、無能な奴らを駒にしてんだ」
「黙ってろ」
空気が変わった。
ロザリナが息を呑む。
「……護衛側に回る?」
「やっぱり……元は盗賊側……?」
さらに。
ゲレンガは、面倒そうに続けた。
「ヘルグレンの実験も順調なんだ」
「もっと増やせるぜ」
「――っ!」
全員の表情が変わる。
(ヘルグレンの森で……実験?)
あの異常な魔物達。
知能を持ったような動き。
その裏に、こいつらがいる――?
「ノスガルドの有能な冒険者共は、今ヘルグレンの方に駆り出されてんだよ」
「そのうち街道の護衛は手薄になる」
「そこまで考えているなら――」
だが。
その途中で、ゲレンガがぴたりと動きを止めた。
「……どうした?」
「……上だ」
ゲレンガがゆっくり顔を上げる。
その視線の先。
照明。
正確には――。
透明化したまま吊るされている、小型水晶。
ルティーナの顔色が変わった。
「シャルっ! 切って!」
「は、はいぃっ!」
映像が途切れる。
「……違和感が消えた?」
ゲレンガは天井を睨み続ける。
「なんだ……今の違和感」
「だからお前は考え過ぎなんだよ」
エレヴァルクは呆れたように笑った。
だが。
ゲレンガは、小さく口角を吊り上げていた。
「あの小娘……」
その目が細まる。
「何者だ……?」
室内には、重苦しい沈黙だけが残った。
エレヴァルク。
そして、痣の男――ゲレンガ。
ロザリナの父を陥れた張本人達。
さらに、ヘルグレンの森の異変にも関わっている。
繋がった。
まだ断片的ではある。
だが、確実に。
「……完全に黒ね」
ルティーナが低く呟く。
「えぇ……」
ロザリナの拳が、小さく震えていた。
張り詰めた空気。
その中で、不意にシャルレシカの体がふらりと揺れる。
「ルナぁ~……なんか眠いぃ~……」
「おっと」
サーミャが慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「ふみゅ……魔力いっぱい使いましたぁ~……」
今にも寝落ちしそうな顔だった。
「シャルは先に寝てて」
ルティーナは話を続ける――
「……魔物の動きが妙だった理由」
「やっぱり、誰かが裏で――」
(『無能な奴を駒にする』……か)
馬琴は思考を巡らせる。
あの言葉。
あれは、単なる比喩じゃない。
(何かある)
まだ見えていない『核』が。
「……そろそろ、私は部屋に戻るわね」
ルティーナは静かに立ち上がった。
「もし今夜、何か起きても慌てないで」
その一言に、全員の視線が集まる。
「……は?」
サーミャが眉をひそめた。
だがルティーナは答えず、静かに右手を差し出す。
「ミヤ、右手貸して」
「ん?」
差し出された手を掴む。
その手へ、ルティーナはそっと指を滑らせた。
何かを描くように。
「――これが合図」
サーミャは一瞬だけ目を細める。
何かを察したのだろう。
だが、それ以上は聞かなかった。
「……なるほどな」
短く答える。
そのままルティーナは部屋を後にした。
「……?」
「ルナ、どうしたんですかぁ?」
「さぁな」
サーミャが口角を吊り上げる。
「たぶん、あいつの中じゃもう答えが見えてんだろ」
自室へ戻ったルティーナは、静かにベッドへ身を沈めた。
張り詰めていた緊張が切れたのだろう。
ルティーナの意識は、すぐに眠りへ沈んでいった。
宿全体が静まり返った頃。
ルティーナの部屋に、何者かが音もなく侵入した。
眠っている彼女へ近づく。
そして――。
口元へ、布を押し当てた。
甘ったるい臭い。
直後。
ルティーナは完全に眠らされ、何をされても反応しない。
そのまま彼女は荷袋に詰められ、まるで荷物でも運ぶかのように連れ去られた。
だが――。
肉体が眠っていても。
馬琴の意識までは落ちていない。
(……来たか)
耳から入る音だけを頼りに、周囲を探る。
一方、サーミャ達の部屋。
「……マジかよ」
サーミャが顔をしかめる。
「本当に、自分が誘拐されるって読んでたのか?」
ロザリナも険しい顔で俯いた。
「本当なら、撃退できたはずなのに……」
悔しげに拳を握る。
「なんで……私のために、自分を囮にするんですか」
「決まってんだろ」
サーミャが肩を鳴らす。
「あいつ、『敵の尻尾を絶対掴む』って決めたんだよ」
呆れたように笑った。
「相変わらず、無茶苦茶やりやがる」
その時。
シャルレシカがぼんやりした顔で口を開く。
「……ルナの反応ぉ、止まりましたぁ~」
「どこだ?」
「一・五キロくらい先ですねぇ~」
その瞬間。
サーミャの右手に描かれていた文字が、ふっと消えた。
「……おっ」
彼女はニヤリと笑う。
「文字が消えた」
「ってことは――到着したって合図だ」
「館のぉ、まだ調べてない場所みたいですねぇ~」
その言葉に、室内の空気が変わる。
サーミャがゆっくり立ち上がった。
肩を鳴らす。
獰猛な笑みを浮かべながら。
「――さて」
その目が鋭く細まる。
「お姫様を助けに行きますかぁ」




