第50話 影ノ陰謀
ルティーナとガイゼルは、ようやくエレヴァルクの館を離れ、馬車へ戻ってきていた。
すると――。
「どうしたんだよルナ?」
「急に窓ガラスなんか割りやがって――」
サーミャが呆れたように問いかける。
どうやら三人とも、無事に馬車へ戻ってきていたらしい。
その瞬間だった。
――ぽよんっ。
「…………は?」
ガイゼルの顔が引きつる。
「ま、まさか――今の……」
「あぁ~んっ♪」
耳元で響いたシャルレシカの甘ったるい声。
同時に、見えない柔らかな感触を腕へ押し付けられ、ガイゼルは全身を硬直させた。
「うおっ!? ちょ、待っ、待て待て待てっ!!」
「あ~ぁ、おっさん。終わったな」
「だから無実だって言ってんだろぉぉっ!?」
姿の見えないまま好き放題言われ、ガイゼルが半泣きで叫ぶ。
「ルナリカ! 早く、こいつら元に戻せっ!」
「そうですね」
「そこのスケベおやじに、またうっかり触られたら、たまったもんじゃないし」
「す、スケベおやじ……」
完全に心を折られたガイゼルを見て、ルティーナはようやく小さく息を吐いた。
空間がゆらりと歪む。
次の瞬間――。
そこには三人の姿が、ゆっくりと現れた。
「よかった……気付いてくれてよかった」
その声音には、隠し切れない安堵が滲んでいた。
「あんな撤退指示を出すなんてよ」
「何かあったのか?」
サーミャの問いに、ルティーナの表情が引き締まる。
「うん」
「詳しい話は後でするわ」
そして周囲を警戒するように視線を巡らせ、小さく告げた。
「……とりあえず、この場を離れましょ」
重くなりかけた空気を振り払うように、ルティーナはぱんっと手を叩く。
「じゃ、今夜は盛大に『あの肉屋』で豪遊しよっか?」
「「「「ってことで、ガイゼルさんゴチで~すっ♪」」」」
「はぁ!? なんで俺が、おごらなきゃいけねぇんだ!?」
シャルレシカが、しくしくと嘘泣きを始める。
「わ、わたしぃ~……見えないのをいいことにぃ~……」
「いっぱい触られましたぁ~……」
三人が同時に、じとっとした視線を向ける。
ガイゼルはぶるっと肩を震わせた。
「……うわっ。目が怖ぇ……(つか、シャルレシカ……やり方が汚ぇ……)」
「わ、わーったよ! 詫びればいいんだろ!? 何でも食わせてやるよ!」
その後――。
ガイゼルは半ばやけくそ気味に馬車を走らせ、馴染みの肉料理屋へ向かった。
豪快に焼かれた肉から、香辛料の香りと肉汁が溢れ出す。
少女達は目を輝かせながら料理へ飛びついていく。
「ん~っ! おいしいぃ~♪」
「このソースがぁ~絶品ですぅ……」
「やっぱ肉は正義だなっ!」
「私も作ってみたいです」
賑やかな食卓。
美味しい料理を堪能する。
だが、その裏で。
馬琴の意識は、すでに『次』へ向いていた。
そして食事を終えると、一行はガイゼルと別れ、宿へ向かう。
ルティーナは単独行動中の冒険者として、一人部屋を確保した。
しばらく時間を空けてから、サーミャ達も同じ宿へ入る。
その様子を窓から確認し、ルティーナは小さく頷いた。
そして――。
――コンコン。
「おぉ~い、みんないる?」
「あぁ、ルナか。入っていいぜ」
部屋へ入った瞬間、ルティーナは空気の違いを感じ取った。
先ほどまでの騒がしさは無い。
自然と緊張感が漂っている。
「それじゃ、作戦会議を始めましょ」
ルティーナは椅子へ腰掛けながら問いかけた。
「何か物的証拠みたいなの、見つかった?」
「いや、決定打はねぇな」
ミヤが腕を組みながら答える。
「ただ、あの領主の部屋――妙に羽振りが良かった」
「高そうな調度品ばっか並んでやがったぜ」
「領主にしては、って感じだったわ」
ロザリナも静かに頷く。
「寝室や客室も見たけど……かなり贅沢してる感じだった」
その声音には、じわじわと怒りが滲んでいた。
「あとぉ~」
シャルレシカが、間延びした声で続ける。
「地下にぃ、ちょっと怪しい魔力があったんですよぉ~」
「怪しい魔力?」
「はぁい。でも調べようとしたらぁ、鍵付きの扉があってぇ~」
「素手でぶっ壊そうかと思ったんですが、さすがに我慢しました」
「(よ、よく耐えたわね……)」
ルティーナが乾いた笑みを浮かべる。
(地下の部屋……)
だが、馬琴は思考を巡らせていた。
館の地下。
鍵付きの部屋。
そして、正体不明の魔力。
偶然で済ませるには、不自然すぎた。
「それでさ、領主の部屋で鍵を探してたんだけど――」
ミヤが肩を竦める。
「そこにガラス事件さ」
「そうですよ」
「あれ、何があったんですか?」
ロザリナの問いに、ルティーナの表情が引き締まる。
「居たのよ……例の痣の男」
室内の空気が変わる。
「私の話なんて上の空で」
「ずっと、屋敷の方を警戒してたの」
「なるほどな」
「確かに、長居は危険だ」
サーミャの低い声が返る。
その横で、ロザリナの拳がぎり、と軋んだ。
「……護衛の中に……いたの?」
「うん」
ロザリナの顔から血の気が引いていく。
だが、それでも彼女は感情を押し殺し、小さく問いかけた。
「……詳しく聞かせて」
そこで馬琴は、ルティーナに状況整理をさせた。
痣の男が館で働いている。
だがそれでは、ロザリナの父の日記と矛盾する。
日記には『盗賊の中にいた』と書かれていた。
「つまり――」
「ロザリナのお父さんが捕まった後に、館へ入った可能性が高い」
馬琴の推測に、全員が押し黙る。
「ってことは」
サーミャが低く呟く。
「盗賊とつるんでいるって事か」
「護衛費を吊り上げるため――」
ロザリナが、苦しげに言葉を絞り出す。
「エレヴァルクと盗賊が裏で繋がってるなら……全部辻褄が合う」
重苦しい沈黙が落ちた。
「リーナ……大丈夫?」
ルティーナが心配そうに尋ねる。
ロザリナは一瞬だけ目を伏せ――それでも小さく頷いた。
「……うん。平気」
だが、その拳は今も強く握られている。
「今は感情的になるより……証拠を掴まないとだよね」
その言葉に、馬琴は静かに感心した。
(リーナ……強くなったな)
そしてルティーナは、ふと思い出したようにシャルレシカへ視線を向ける。
「ところで――『例の物』は?」
シャルレシカは得意げに胸を揺らした。
「はぃ~。ばっちりですよぉ♪」
「領主の部屋の照明にぃ、ぶら下げておきましたぁ~」
『例の物』。
それは、彼女の持つ小型水晶。
周囲の光景や音を記録できる特殊な魔道具だった。
ただし、長時間の使用は難しい。
魔力消費が激しいのだ。
「シャルは魔力使いすぎると、肝心な時に寝落ちするからな」
「えへへぇ~」
「でも自己最高は三十分ですよぉ♪」
それでも十分すぎる成果だった。
「見えないままにはしてはしているけど……」
サーミャが真顔になる。
「あたいらを警戒した、痣の男は要注意ってことだな」




