第49話 潜ム悪意
ルティーナ達はエレヴァルク一家との会食を終え、『手裏剣』についての話題で大いに盛り上がっていた。
「なるほど……その発想から生まれた武器だったのですか」
「しかし、ルナリカ殿が使っている物は、市販品より少し小さいのですねぇ」
「でも、このサイズなら持ち運びもしやすいですし、連続投擲もしやすいんです」
「手裏剣は牽制向きで、クナイは近距離戦向きなんですよ」
実際に指先で回しながら見せると、護衛達から小さなどよめきが漏れた。
話せば話すほど、エレヴァルクは前のめりになっていく。
(……食いついてきたな)
馬琴は内心で頷いた。
そして食後。
自然な流れで、実演の話へ持ち込むことに成功する。
「それなら、うちの護衛達にも見せたいですな」
エレヴァルクは満足げに笑った。
「早速、全員集めますので、広場でお待ちください」
(これで護衛が外へ出れば、ミヤ達も動きやすくなるな)
「(うまくいったわね、マコト)」
(さぁ、次は実技だぞルナ)
ルティーナ達は館中央の広場へ移動した。
しばらくすると、護衛達がぞろぞろと集まり始める。
一方その頃――館内では。
「おっ、なんかみんな外へ出始めたな」
「シャル、人の気配がなくなったら教えてくれ」
「はぁ~い」
「でもミヤ、警備が厳しそうな一階奥の部屋……領主の部屋かしら?」
「臭うな――」
「時間も限られてるしな。手薄になった今が好機だ」
透明化した三人は、物音を殺しながら静かに奥へ進んでいく。
そして外では――。
「私が手裏剣の開発者、ルナリカ=リターナと申しますぅ~」
「……なんだよ、ただのガキじゃねぇか」
護衛達から失礼な声が漏れる。
(こいつらも後で泣かせる)
(……怖ぇよ)
ルティーナは笑顔を崩さない。
だが内心では、しっかり殺意を抱いていた。
するとガイゼルが慌てて怒鳴る。
「お前らっ! ルナリカ殿は十九歳のお嬢さんなんだぞ!」
(あんたが一番失礼だったよっ!)
内心でツッコミを入れながらも、ルティーナは愛想笑いを浮かべ続けた。
そして実演が始まる。
手裏剣の基本的な投擲。
クナイとの使い分け。
近距離と中距離での精度差。
説明は自然で分かりやすく、最初は半信半疑だった護衛達も、次第に引き込まれていった。
「クナイには、なんで持ち手に穴があるんだ?」
「これは紐を通すためなんです」
ルティーナは実際に紐を通して見せる。
「こうやって低い位置に張っておけば、簡単な足止めにも使えるんです」
「(へぇ……)」
(お前が感心するなっ!)
馬琴のツッコミが飛ぶ。
「さぁ皆さんも試してみてくださいっ」
護衛達が次々と手裏剣を投げ始め、広場は大きく盛り上がっていく。
だがその最中――。
ルティーナは、ちらりと館へ視線を向けた。
(時間が稼げても……あと三十分くらいか)
「(ちゃんとやってんのかなぁ、ミヤ達……)」
その時だった。
護衛の一人が腕を組み直す。
その拍子に、袖口から黒い痣が覗いた。
「――っ」
ルティーナの背筋が凍る。
「(あの模様……!)」
「(間違いないわっ!)」
(よく気づいたな、ルナ)
(……やっぱり、この屋敷に居たか)
だが次の瞬間。
馬琴の意識が鋭く切り替わる。
(……待て)
「(どうしたの?)」
(あの男、さっきから館の方ばかり見てないか?)
男の視線は、広場ではなく館へ向いていた。
まるで――中の異変に気づいたかのように。
(まずいな……)
男は明らかに警戒している。
(ミヤ達に気付かれる……!)
「(見えないんだから大丈夫じゃ――)」
(そういう問題じゃない)
(下手に動けば、『何か居る』って確信される)
馬琴は即座に判断した。
必要なのは、自然な形での『撤退指示』。
怪しまれずに。
「ん? ルナリカさん、どうかされましたか?」
「少し顔色がお悪いようですが」
エレヴァルクが心配そうに声をかけてくる。
ルティーナは焦りを押し隠し、にこやかに笑った。
「え、いえぇ~……旅の疲れですかねぇ~」
「そうそう、紐を通したクナイは――」
ルティーナはクナイを頭上で回し始める。
「投げるだけじゃなくて、牽制にも使えるんですよぉ~」
「こうやって振り回せば、近づきにくくもできますし――」
紐にはすでに、指先で一センチほどの《切》が描かれていた。
周囲から見れば、ただの実演。
だが、その実――。
「おぉ~、これはうかつに近づけませんなぁ」
(ルナ、そのまま少し前へ)
(広い場所へ移動しながら続けろ)
「(了解っ)」
「さらに、高い場所へ引っ掛けたりなんて――応用も利くんですよ」
そして――。
館の窓とクナイの軌道が重なった瞬間。
(起動っ)
ビッ――!!
「えっ?」
紐が切れた。
次の瞬間。
ガシャァァァンッ!!
乾いた破砕音が館中へ響き渡る。
窓ガラスを突き破ったクナイは、そのまま通路へ転がっていった。
「きゃぁぁっ!? ご、ごめんなさいっ、エレヴァルク様っ!」
「ほ、紐が切れちゃいましたぁ~!」
「調子に乗って振り回しすぎましたぁ~!」
ルティーナは慌てた様子で頭を下げる。
だが、その裏では必死に祈っていた。
(気付いてっ!)
「あぁ、まぁ……こういう事もありますよ」
エレヴァルクは苦笑しながら手を振った。
「ガラス代はちゃんと弁償しますのでぇ……!」
「ははは、いいですよルナリカ殿」
「今日は実に有意義な時間をいただきましたからな」
「修繕費はこちらで持ちましょう」
「授業料代わりという事で」
「(ま、裏金でそれぐらい……)」
「えっ? 何か?」
「い、いえいえっ! 本当にお優しい方だなぁ~とっ!」
にこやかに取り繕いながらも、ルティーナの背中には嫌な汗が滲んでいた。
その頃――。
館内へ潜入していたミヤ達は、突如響いたガラスの破砕音に顔を上げていた。
「(あれ……今のって、ルナのクナイじゃない?)」
「(なんでクナイが飛んできたんだ?)」
三人は急いで通路へ駆け寄る。
そこには、見慣れたクナイが転がっていた。
さらに窓の外を見ると――。
「(あいつ、何やってんだよ……)」
領主へ平謝りしているルティーナの姿。
だが次の瞬間。
シャルレシカが小さく呟いた。
「(ねぇ~ミヤぁ~、ルナのお尻ぃ~)」
「(尻ぃ?)」
ルティーナは謝罪を続けながら、背中側へ回した手で、さりげなく『外』を指していた。
一見すれば偶然の動き。
だが、瞬時に理解する。
「(……っ! 撤退だ、急ぐぞ!)」
三人は即座に駆け出した。
その直後だった。
痣の男が数人を引き連れ、館内へ戻っていく。
あと少し遅れていれば、鉢合わせになっていた。
ルティーナの喉が、ごくりと鳴る。
(あっぶなぁぁ……)
「ルナリカ殿、片づけは部下に任せましたので、本日はこの辺りで終わりにしましょう」
エレヴァルクは終始穏やかな笑みを崩さない。
「本当に申し訳ありません~……」
「まさか紐が切れるなんて思わなくてぇ……」
「気にしなくていいですよ。怪我人も居ませんし」
早く――。
急いで……。
ルティーナは胸の内でそう願いながら、玄関前で謝罪を続ける。
そして頃合いを見て、満面の営業スマイルを浮かべた。
「本日はありがとうございましたぁ~!」
「こちらこそ。本当に楽しい時間でした」
「またぜひ、機会がありましたら」
満面の笑みを向けるエレヴァルク。
(……その笑顔、次は崩してあげるわ)




