第47話 翼ノ死角
ルティーナは、空を旋回する魔物を睨み上げた。
飛行型――。
完全に想定外だった。
巨大な翼。
鋭い鉤爪。
そして、獲物を見定めるような赤い双眸。
その姿は、まるで空を支配する猛禽そのもの。
「――っ!」
甲高い鳴き声と共に、デルグーイが急降下する。
速い。
風を裂きながら一直線に突っ込んでくるその姿は、まるで空から撃ち出された矢そのものだった。
ルティーナは咄嗟に、《雷》を描いた手裏剣を投擲する。
だが――。
デルグーイは翼を傾けるだけで、それを容易く回避した。
「そんなっ……!」
再び大空へ舞い上がる。
距離が遠い。
もう一枚、手裏剣を投げる。
しかし届かない。
起動する前に、地面へ落下する。
しかし、簡単に回避され、再び空へ戻る。
「距離が遠すぎるよぉ……!」
(……撒け、ルナ)
「え?」
(いいから全部投げろ!)
理由は分からない。
馬琴が、戦闘中に無意味な指示を出したことは一度もない。
だから信じる。
届かない空へ向かって――。
ルティーナは次々と手裏剣を投げ上げる。
《雷》
《爆》
《凍》
漢字を刻んだ手裏剣が、街道へ次々と散らばっていく。
デルグーイ達は、それを嘲笑うように上空を旋回した。
そして一匹が――再び急降下する。
(――来たっ!)
「っ!」
ルティーナは短剣を抜いた。
刃へ《伸》を刻む。
デルグーイは一直線に突っ込んでくる。
短剣など届く距離ではない。
そう判断したのだろう。
次の瞬間――。
「《伸》っ!!」
刃が槍のように伸びた。
鋭い切先が、デルグーイの胸を真正面から貫く。
「ギャァァァッ!?」
悲鳴。
だが次の瞬間、別の一匹が死角から襲い掛かってきていた。
(停止っ!)
伸びた刃が瞬時に元へ戻る。
ルティーナは、その勢いのまま短剣を横へ薙いだ。
鮮血。
目の前へ飛び込んできたデルグーイの首が宙を舞う。
「はぁっ……!」
二匹撃破。
だが残る三匹は、距離を取るように旋回を始めた。
(警戒されたな……)
(でも、近づけば倒せるっ!)
その時だった。
「ルナぁっ! 追加の魔物が五百メートルまで来てますぅ~!」
「わかった!」
シャルレシカの叫び。
森陰から飛び出してきたのは、虎型魔物。
凄まじい速度で街道を駆ける。
「速っ!?」
だが――。
馬琴は冷静だった。
(……起動)
瞬間。
街道へ散らばっていた手裏剣が、一斉に輝いた。
轟音。
雷撃と爆炎と氷柱が入り乱れ、地面を飲み込む。
「ギャァァァァッ!?」
デーガイタ達は悲鳴を上げる暇すらなく絶命する。
焦げた肉の臭いが広がる。
ルティーナは目を見開いた。
「えっ……あれ……なんで?」
(ルナが必死に撒いてた手裏剣だよ)
「あっ……!」
ようやく理解する。
空中の敵を狙った『失敗』
あれは最初から――。
(増援封じの地雷……だ!)
「(なるほど……!)」
「(飛んでる奴らが警戒して近寄らせなくして)」
「(地上の奴を迎撃する方に切り替えたってわけだ)」
その頃――。
サーミャもまた、デーガイタとの戦闘に苦戦していた。
「っ、ちょこまか動きやがって!」
放たれた炎弾が岩肌を砕く。
だが、デーガイタは着弾の直前で跳躍し、木々の陰へ潜り込む。
速い。
しかも、ただ速いだけじゃない。
岩場を利用し、射線を切ってくるのだ。
「魔物じゃねぇ……!」
サーミャが舌打ちする。
通常の魔物なら、本能のまま突っ込んでくる。
だがこいつらは違う。
危険を理解している。
だからこそ、厄介だった。
一匹が正面から飛び出す。
反応した瞬間――別個体が死角から迫った。
「――っ!」
咄嗟に『フレイム・ボム』を周辺に放ち牽制する。
だが、その隙にまた別の個体が岩陰へ潜り込む。
完全な一進一退。
サーミャは額の汗を乱暴に拭った。
「くそっ……やりづれぇ!」
その様子を見ていた馬琴は、即座に状況を組み立てる。
空のデルグーイは、先ほどの一撃で完全に警戒状態へ入った。
迂闊には近づかない。
なら――。
「ミヤっ! 敵を交換してっ!」
ルティーナが叫ぶ。
「デルグーイは残り三匹! そっちはっ!?」
「こっちも三匹だっ――」
サーミャが振り返り、
「って、おいルナ!? 二匹しか居ねぇじゃねぇか!!」
その瞬間だった。
ルティーナの背筋に、ぞわりと悪寒が走る。
消えた一匹。
その視線の先――。
「っ!?」
デルグーイが、一直線に荷馬車へ急降下していた。
狙いは護衛対象。
ガイゼルだった。
「リーナっ!!」
ルティーナが即座に叫ぶ。
「任せたわよっ!!」
「はいっ!!」
返事は、迷いなく響いた。
ロザリナが、一歩前へ踏み出す。
迫るデルグーイ。
巨大な翼。
鋭利な鉤爪。
空気を裂くような鳴き声。
怖い。
だが――逃げない。
「今日は……ちゃんと熱いっ!」
ロザリナの魔力が、一気に膨れ上がる。
黄金色の光が溢れた。
「《シャイン・ウォール》っ!!」
展開された巨大障壁へ、デルグーイが激突する。
轟音。
だが、砕けない。
逆に弾き返されたデルグーイは、地面へ激しく転がった。
「今ですっ!!」
ロザリナは地面を蹴った。
身体強化。
一瞬で間合いを詰める。
デルグーイが顔を上げた。
その瞬間――。
ロザリナの拳が叩き込まれる。
鈍い破裂音。
頭部が、地面ごと砕け散った。
血飛沫が舞う。
静まり返る荷車周辺。
ガイゼルは、完全に固まっていた。
「……ろ、ロザリナ?」
目の前にいるのは、柔らかく笑う回復師見習い。
……のはずだった。
だが今、彼の脳裏に刻まれたのは。
『素手で魔物を粉砕した少女』である。
(……この子も、絶対に怒らせちゃ駄目なやつだぁ~)
そして――。
空へ視線を向けたサーミャが、ニヤリと笑う。
「空じゃ隠れる場所はねぇだろ?」
『エクソシズム・ケーン』を掲げる。
大量の雷の矢が、サーミャの背後に次々を浮かび上がる。
「広範囲っ!!」
次の瞬間。
空が、雷光で埋まった。
無数の雷矢が雨のように降り注ぐ。
デルグーイ達は高速で旋回する。
だが、遮蔽物のない上空では逃げ場がない。
雷光が翼を撃ち貫く。
「ギィィィィッ!!」
悲鳴。
一方――。
ルティーナは岩陰に潜むデーガイタ達と交戦を始める。
「こいつらならっ!」
地面へ手を突き、【凍】を岩場に向かって広範囲に広げる。
瞬間。
地表を走るように氷結が広がった。
岩場。
木の根。
地面そのもの。
一帯が一気に白く染まる。
「ギャァァッ!?」
デーガイタ達の四肢が凍り付き、動きが止まった。
その隙を、ルティーナは見逃さない。
ルティーナの短剣が喉元を裂く。
一匹。
振り返るより早く、
二匹目の眼球へ刃が突き刺さった。
三匹目は逃げる暇すらなかった。
迷いなく急所だけを切り裂いていく。
以前よりも、踏み込みが鋭い。
実戦の積み重ねが、確実にルティーナを成長させていた。
「もぅ、魔物はいませんよぉ~」
戦闘の終わりを告げる。




