第46話 空ノ魔物
アンハルトもヘレンも意識を失っていたが、傷は完全に再生していた。
シェシカが呆然と呟く。
「……本当に、とんでもない才能ね」
ロザリナは苦笑した。
「偶然……です」
「違うわ」
シェシカは首を振る。
「『助けたい』って本気で願ったからよ」
その言葉に、ロザリナは少しだけ照れ臭そうに笑った。
激戦を終えた一行が『碧き閃光』の拠点へ戻る頃には、
空はすっかり夕闇に染まり始めていた。
馬車の揺れの中――。
「……うぅ……」
荷台に寝かされていたアンハルトが、ゆっくりと目を開ける。
「アンハルトさんっ!」
真っ先に声を上げたのはロザリナだった。
アンハルトは数度まばたきをすると、自分の右腕を見下ろした。
「……そうか。終わったんだな」
そして拳を握る。
「肝心な時に気を失っていて悪かった」
「……だが、正直この腕は諦めてたよ」
その視線がロザリナへ向けられる。
「ありがとう、ロザリナ」
「それに――『零の運命』。改めて礼を言わせてもらう」
だがロザリナは、申し訳なさそうに俯いた。
「謝るのは私のほうです……」
「途中で諦めなければ……」
あの時の恐怖。
自分のせいで仲間が傷つき、守れなかったという絶望。
彼女の胸の奥に重く残っていた。
「……でも、最終的に助けたのは君だ!」
アンハルトは苦笑しながら言う。
「戦場で最後に踏ん張れるかどうか。それが一番大事なんだ」
「お前はちゃんと、踏ん張ったんだ」
「アンハルトさん……」
ロザリナの瞳が、少しだけ揺れる。
その時だった。
「あ、あのぉ……」
遠慮がちに声を漏らしたのはヘレンだった。
「んっ? ヘレン?」
ヘレンはなぜか落ち着かない様子で、ロザリナを見つめている。
「私も……脚を治してくれて、本当にありがとうございました」
「これで、お姉さんを探せます」
「そんな、お礼なんていいわよっ!」
ロザリナは慌てて両手を振った。
だがヘレンは、どこか引っかかるような表情のまま続ける。
「でも……治療してもらっていた時、なんだか懐かしい感じがして……」
「以前、どこかでお会いしたこと……ありませんか?」
「えっ?」
一瞬、空気が止まる。
しかしロザリナは首を傾げた。
「うーん……人違いじゃないかな?」
「そもそも私、ルナ達に会うまでブクレインの外に出たことないし……」
「あの魔法も、今日初めて使ったんだから」
「そ、そう……ですよね……」
ヘレンはそう答えながらも、どこか納得しきれていない様子だった。
(でも、あの暖かい光……)
(あの時、私を包んでくれた感覚に、すごく似てた……)
彼女だけが、小さな違和感を胸に残していた。
「今度また組むことがあったら――」
「今度は、私がロザリナを守りますっ」
そう真っ直ぐに言われ、ロザリナは少し照れ臭そうに笑った。
「うんっ、よろしくね」
そのやり取りを見ていたルティーナは、小さく目を細める。
(よかった……少し吹っ切れたみたいだね)
だが、その直後。
馬琴の意識は、すでに別のことを考えていた。
(問題は……魔物側だ)
拠点へ戻った後、ルティーナ達はテーブルを囲み、『ヘルグレンの森』で起きた異常について話し合いを始める。
シャルレシカの索敵結果。
魔物の移動経路。
戦力の分散。
襲撃タイミング。
それらを総合すると、やはり『偶然』では片づけられなかった。
「やっぱり不可解なんです」
ルティーナが口を開く。
「魔物の動き、間違いなく意思を持ってます」
「特にアンハルトさん達を狙った動き――とシャルレシカを狙う行動」
グルバスが腕を組む。
「ルティーナに『戦力分析』させて正解だったな」
シェシカも難しい顔をしていた。
「あの熊共……防御魔法が切れる瞬間を狙ってたように見えたわ」
そこでヘレンが、おずおずと口を開いた。
「あの……魔物操作の件なんですが……」
ヘレンは静かに頷く。
「最初に遭遇したデフルウ……」
「洗脳が通じなかったんです」
その場の空気が変わる。
「……は?」
グルバスが眉をひそめる。
「いくらヘレンでも魔物一匹なら……」
「そうです! 操れないわけがないんです!」
ヘレンの声は、珍しく強かった。
普段は穏やかな彼女が、ここまで断言する。
それだけで、この異常性が伝わってくる。
だが、馬琴は、その会話に違和感を覚える。
サーミャとの『闇魔法』の会話――。
「動物や魔物――――」
「――――操れる」
「……人間は?」
「簡単にはできねぇがな」
「精神抵抗があるからな」
「だが、弱ってる奴なら話は別だ」
(……まさか、人間だから操れない?)
「(ちょっと待ってよ! マコト!)」
「(相手はどう見ても魔物だったじゃん!)」
(考えすぎなのか?)
ルティーナは馬琴の想像は一旦、胸に秘めることにする。
「今後、他の魔物案件でも警戒が必要だと思います」
「そうだな」
「俺は、明日、他区画を担当した冒険者達から状況を聞いてみるよ」
「後はお願いします」
「私達は明日から数日、アバダルト商会の護衛でブクレインへ向かいますので」
――翌朝。
アバダルト商会。
「おはようございます! ガイゼルさん」
馬車を準備をしていたガイゼルに声をかける。
「よぉ、ルナリカ。早いじゃねぇか」
そこに見知らぬ一人の少女が居ることに気付く。
赤髪の少女――見た目だけなら、到底前線に立つ冒険者には見えない。
「……その子が、格闘ができるって言う、回復師見習いか?」
「は、はぃっ! ロザリナです! よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるロザリナ。
だが、その柔らかな雰囲気とは裏腹に、昨日グルバスを吹き飛ばした張本人である。
それを聞かされていたガイゼルは、初対面から下手だった。
「(私の時と、待遇、違うんだけど!)」
(怒るな、怒るな)
「よし、そろそろ出発するぞ!」
こうして一行はノスガルドを出発した。
国境付近に差しかかった頃、シャルレシカは広域索敵を始める。
「すぅ~っ」
淡い光が広がり、魔力波が周囲へ拡散していく。
数秒後、シャルレシカの表情が少しだけ曇った。
「ルナぁ~……早速ぅ魔物が向かってきてますぅ」
「いきなりね……」
ルティーナも眉を寄せる。
ヘルグレンの森だけではない。
もし他地域でも同じ異変が起きているなら、それは偶然では済まされない。
「人為的じゃないことを祈りたいけど――」
シャルレシカは、さらに細かく索敵する。
「ルナぁ~、魔物が迫ってきていますぅ~!」
「正面一・五キロ先から五匹ぃ~、右側一・六キロ先から八匹ぃ~」
(多いな……)
馬琴が即座に状況を分析する。
街道でこの数は異常だった。
「みんなっ! 迎撃準備っ!」
ルティーナの号令で空気が一変した。
荷馬車は停止。
商会の人員は馬車の内側へ避難し、戦闘組が前方へ展開する。
「ミヤは正面! 私は右側をやるっ!」
「了解だっ!」
サーミャが杖を肩に担ぎながら前へ出る。
一方で、シャルレシカにはいつものように【硬】が付与され、後衛司令塔として配置された。
ロザリナはガイゼル達の護衛へ回る。
「ルナぁ~、先に飛んでる魔物が五匹来ますぅ~!」
「えっ、飛んでる?」
ルティーナの顔色が変わった。
(まずい……!)
空を取られたら、
荷馬車は無防備になる。
『力』の制約……気体や液体には『漢字』は直接転写が出来ない。
つまり――。
(攻撃方法がない!)
「(え、どうすんのよ!)」
そんな会話をしている間にも――。
その魔物――デルグーイ。
巨大な鷹型魔物が、鋭い鳴き声を上げながら鋭い眼光を飛ばす。




