第45話 迫ル決断
一方――戦闘地点から数百メートル後方。
ルティーナはシャルレシカを守りながら、全体の戦況を俯瞰していた。
「グルバスさん、左三百先から五体来ますっ!」
「了解っ!」
「アンハルトさん、右から二体!」
「見えてるっ!」
索敵。
伝達。
指揮。
それだけで、戦況は圧倒的優勢だった。
シャルレシカの索敵があるだけで、敵の奇襲は成立しない。
――だが。
「ルナぁ~……」
シャルレシカの声色が変わった。
ルティーナの表情が即座に引き締まる。
「どうしたの?」
「アンハルトさん達の近くにぃ……突然、大型反応が三つぅ……」
「……っ!」
(突然、現れる? どういうことだ)
嫌な汗が背中を伝う。
「種類は?」
「これはぁデーアベ……ぇ?、普通じゃないですぅ」
(まずいっ!)
ルティーナは即座に叫んだ。
「アンハルトさんっ! 一旦下がってくださいっ!!」
アンハルトは即座に撤退へ切り替える。
だが――遅かった。
森を割るように現れた巨体。
通常種とは比較にならない。
三メートル級。
しかも、速い。
「なっ……!?」
ロザリナが息を飲む。
次の瞬間。
一体のデーアベが地面を抉りながら突進してくる。
「『シャイン・ウォール』っ!!」
障壁が展開された直後――轟音。
衝撃で周囲の木々が激しく揺れる。
「くっ……!」
壁が軋む。
だが、辛うじて耐え切る。
「ロザリナっ! 維持しろっ!」
「は、はいっ!」
アンハルトは即座に前へ出た。
鋭い剣閃がデーアベの肩口を切り裂く。
しかし。
残る二体が左右へ回り込んでいた。
「(囲まれたっ!?)」
普通の魔物ではあり得ない。
明らかに、『連携』している。
「っ……!」
ヘレンが土魔法を放つ。
地面が盛り上がり、デーアベの足を取る。
だが、一瞬止まっただけ。
「くっ……!」
アンハルトの剣閃が森を走る。
だが、ロザリナとヘレンを守りながらでは、本来の速度が出せない。
苦戦するアンハルトを見て、ロザリナの心が揺らぎ始める。
――完璧な防御壁、しかし、小さなヒビが入る。
(こ……怖い……)
「ルナぁ~っ!」
ロザリナの悲鳴に近い声が飛ぶ。
最悪だった。
ルティーナは歯を食いしばる。
(ここを離れればシャルが危険……!)
(このままだと、アンハルトさん達が持たないっ!)
一瞬の判断。
そして――決断した。
「グルバスさんっ!!」
「っ……!」
「シャルをお願いしますっ!!」
「あと二分くれっ!」
「問題ありません!」
ルティーナはシャルレシカの肩を掴み、いつものように、体を硬化させる。
「ひぃぃぃぃ~っ! もしかしてぇ~」
「ルナぁ~! 置いてかないでくださいぃ~」
「大丈夫」
ルティーナは真っ直ぐ笑った。
「私を信じて」
その言葉を残し――全速力で駆け出す。
その頃。
アンハルト達は限界寸前だった。
ロザリナの防御壁は、何度も砕かれている。
その度に再展開――。
だが恐怖で、徐々に魔力制御が乱れ展開できなくなる。
「っ……!」
その一瞬を――デーアベは見逃さなかった。
「ヘレンっ!!」
鋭い爪が振り下ろされる。
鮮血。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
ヘレンの左足が深く抉り取られた。
「ヘレンっ!!」
ロザリナの顔が青ざめる。
動揺。
恐怖。
罪悪感。
全てが一気に押し寄せる。
「わ、私のせいで……!」
魔力が乱れる。
防御壁はもう張れない。
そこへ二体目が突っ込んでくる。
ロザリナを庇うように、アンハルトが割り込んだ。
「ぐぁぁぁっ!!」
鋭い爪は、アンハルトの右肩を深く抉る。
「やめて……」
呼吸。
視界。
音。
何もわからなくなる。
(もう……駄目……)
(誰か……助けてっ……!)
――その時だった。
「諦めちゃ駄目っ!!」
三本の手裏剣が飛来する。
それぞれのデーアベに突き刺さった刃に刻まれていた文字は――【雷】。
次の瞬間。
激しい雷撃がデーアベを包み込む。
「皆っ! 目を閉じてっ!!」
ルティーナの掌に【輝】の文字が浮かぶ。
直後――閃光。
視界を灼くほどの白光で、デーアベ達の目を潰し怯ませる。
さらに【凍】を地面に展開。
地面が一瞬で凍結。
デーアベ達の足が凍り付き、動きを止める。
「ロザリナっ! 早く、再生魔法よっ!!」
だが――。
後方からシャルレシカの悲鳴が響いた。
手薄になった隙を狙い、数匹の魔物が襲い掛かっていたのだ。
しかし。
ルティーナは動じない。
(読んでた)
「(まさか、シャルを囮にしたの?)」
(頭使う魔物なら、『一番弱い場所』を狙う)
(すでに仕込みはしてある)
次の瞬間。
シャルレシカの周囲の地面が爆ぜた。
無数の岩刃が地中から突き出し、魔物達を串刺しにする。
「ふぇぇぇぇ~ん……助かったぁ……」
「――『信じて』って言ったでしょ?」
だが。
こちらの状況は、まだ終わっていなかった。
ロザリナは動いていなかった。
「ルナ……わ、私……魔法が使えない……っ」
「ロザリナっ!!」
ルティーナが叫ぶ。
「貴方しか居ないのよっ!!」
「無理っ! 無理だよぉっ!! 怖いよぉ~」
「お願いっ!! このままだと、二人が死んじゃうっ!!」
だが、追い詰めるほどロザリナの心は崩れていく。
(やめろルナ……逆効果だっ!)
馬琴が焦る。
その時だった。
「ろ……ロザリナ……」
血を吐きながら、アンハルトが口を開く。
「俺の事は……気に……するな」
「アンハルトさんっ!?」
「ヘレンを……助けてやって……くれ……」
ヘレンも言い返す。
「あなたの身に何かあったら、私たちどうすれば――」
アンハルトは叫ぶ。
「姉ちゃん探すんだろっ!!」
「そんな足で……どうやって探すんだっ!!」
ヘレンの瞳から涙が零れる。
その姿を見た瞬間――。
ロザリナの中で、何かが変わった。
(……私しか……いない……)
(助けるんだ……!)
ドクン――。
心臓が激しく脈打つ。
熱い。
全身が熱い。
溢れるように魔力が巡っていく。
「わ、私が助けるんだぁぁぁぁぁぁっ!!!」
神々しい光が爆発した。
ロザリナの身体が黄金色に輝き始める。
そして――。
「《シャイン・レストレーション》――!!」
優しい光がアンハルトとヘレンを包み込む。
傷口が閉じていく。
それだけではない。
失われた肉片までもが、ゆっくりと再生していく。
「なっ……!?」
遠目で光景を見ていたシェシカが息を呑む。
(二人同時再生……!?)
本来ならあり得ない。
再生魔法は、それだけで高位術式。
しかも同時治療など、常識外れだった。
だがロザリナは、涙を流しながら必死に魔力を注ぎ続ける。
「お願い……二人を助けて!」
その姿を見たルティーナは、小さく笑った。
「よく頑張ったね、リーナ」
そして前へ出る。
「後は私がやるから、休んでて」
デーアベは氷の拘束を破り始めていた――。
地面へ【凍】【斬】を追加で展開する。
「させない!」
氷は鋭い刃へと変わり。
デーアベ達は、容赦なく切り刻む。
断末魔が森へ響き渡った。
その頃。
グルバス達は、既にシャルレシカの周囲を制圧していた。
戦闘は終わっていたのだ。
張り詰めていた森の空気が、ようやく静かに緩む。
ロザリナは、その場へ崩れ落ちた。
魔力を使い果たし、身体から力が抜ける。
だが、その顔には涙と安堵が浮かんでいる。
「二人は助かったんだよね……?」
「えぇ」
ルティーナは優しく微笑む。
「貴方が助けたのよ」
アンハルトも。
ヘレンも。
二人は穏やかな寝息を立てていた。




