第42話 嘘ノ絡繰
ロザリナの魔法でグルバスは完全復活した。
しかも――中級回復魔法で。
つい先ほどまで、鼻骨を派手に砕かれて白目を剥いていた男とは思えないほど元気である。
「何なのこの子……規格外にも程があるんだけど……」
シェシカは頭を抱えていた。
回復師として七年間やってきた。
だからこそ分かる。
ロザリナの異常さが。
魔力量――
治癒速度――
再生精度――
どれを取っても、『見習い』の域ではない。
むしろ――。
(下手したら、もう私より上なんじゃ……)
そこまで考えて、シェシカは慌てて首を振った。
グルバスがニヤリと笑う。
「……こりゃ、お前もうかうかしてらんねぇな」
「黙ってなさい! 脳筋っ」
「雑っ!?」
グルバスが抗議する。
そのやり取りに、ロザリナは思わず苦笑した。
その後。
ロザリナはグルバスを相手に、防御魔法の展開訓練を再開することになる。
最初こそ不安定だった防御壁も、一時間後には見違えるほど安定していた。
淡い金色の障壁。
半透明の壁が、ロザリナの前へ展開される。
「おらぁっ!!」
グルバスの拳が叩き込まれた。
――が。
鈍い衝撃音と共に、拳の方が弾かれる。
「っっってぇぇぇ!?」
グルバスが絶叫した。
「おいおい! なんだこの硬さ!?」
拳を押さえながら涙目で叫ぶ。
「シェシカの防御壁なら揺らせるのに、こいつのはびくともしねぇ!?」
「魔力量が異常なのよ……どんどん上達もしているわ」
「しかもこれ……」
シェシカが障壁へ触れた瞬間、眉をひそめる。
「普通の防御壁じゃないわ」
「え?」
「何枚も重なってる……」
「は?」
「無意識で魔力圧縮してるのよ、この子……」
「意味分かんねぇ……」
「私もよ」
シェシカは遠い目をした。
「身体を使う訓練は、一旦休憩よ」
「とりあえず、ロザリナ……グルバスの拳を治療してあげて」
「はいっ!」
ロザリナが慌てて回復魔法を使い始める。
その間にも、シェシカの講義は止まらなかった。
「あなたの回復魔法は、もう再生魔法級ね」
「再生魔法……」
ロザリナは首をかしげる。
「再生魔法っていうのはね――」
シェシカは少し考えてから続けた。
「壊れた物を『元通り』に戻す魔法なの」
「元通り……?」
「そう。だから傷が新しいうちは治しやすい」
「でも時間が経てば経つほど、難しくなるのよ」
「どうしてですか?」
「肉が腐ると、『元の状態』が失われるからよ」
「あ……」
「設計図が消えた状態で、建物は立たないでしょ?」
「なるほど……」
「だから再生魔法は、時間との勝負なのよ」
「でも、私は使ってない……だけどヘレンは再生できた――」
「まぁ、そうね。私の応急処置が相まっていたからね」
「でも、あなたは簡易魔法で、それをやってのけたのよ」
ロザリナの目がぐるぐるし始める。
だがシェシカの説明は止まらない。
「でも乱発はしないでね」
「あなたの魔法だと危険なことがあるわ」
「治癒できるのに危険?」
「そうよ」
「もし、体内に異物が残った状態で治療する場合――」
「矢尻とか毒とか、そのまま傷を閉じちゃうからね」
ロザリナは頭を抱えた。
「頭が痛くなってきました……」
「まだまだあるわよ?」
「解毒、状態異常解除、魔力循環制御――」
「ひえぇぇぇ……」
完全に涙目だった。
だが。
そんなロザリナを見ながら、シェシカはどこか嬉しそうに笑っていた。
「本当に教え甲斐があるわ、あなた」
それは、心からの言葉だった。
才能がある者は伸びる。
だがロザリナは、それだけじゃない。
吸収が異常に早い。
しかも本人に慢心がない。
近年、魔法の教師を目指していたシェシカにとっては、これほど楽しい生徒はいなかった。
サーミャはニヤニヤしながら口を開く。
「なぁグルバス、後で身体強化状態のリーナに格闘術も教えてやってくれよ」
「嫌な予感しかしねぇ……」
「そうねロザリナなら、多少の怪我は勝手に治るから、本気でやっていいんじゃないかしら?」
「それ指導者が言っちゃ駄目な台詞だろ……」
グルバスが即座に叫ぶ。
「さっき、思いっきりやって死にかけたんだが?」
「安心しろ」
「死ぬ寸前までなら治る」
「基準がおかしいだろ!!」
広場に笑い声が響いた。
そして――。
回復師でありながら前衛適性まで持つ、規格外の少女・
ロザリナの本格的な特訓は、まだ始まったばかりであった。
一方、ルティーナとシャルレシカは『アバダルト商会』の巨大な門の前へ到着していた。
以前と変わらず、大量の荷馬車と行商人達が忙しなく出入りしている。
大量の荷馬車。
積み上げられた木箱。
飛び交う怒号。
馬の鳴き声と、商人達の値段交渉が入り乱れ、広大な敷地はまるで戦場のようだった。
「すみませ~んっ!」
「ガイゼルさんに会いにきましたぁ~。ルナリカと申しま――」
「お、来たか」
荷台を確認していたガイゼルが、こちらへ気づく。
「なんだよぉ? ルナリカ」
「しばらく向こうでゆっくりしてくるんじゃなかったのか?」
(軽っ!?)
ルティーナは内心ツッコミを入れた。
「えへへ……ちょっと事情が変わりまして」
「まぁいいや、入れよ」
ガイゼルは気軽に二人を商会の応接室へ通した。
そして席に着くなり、ルティーナは本題に入る。
「ガイゼルさん、実は相談したい事がありまして……」
「ん?」
「この帳簿……内容わかりますか?」
ガイゼルは何気なく受け取る。
だが――。
数秒後、その表情が真剣なものへ変わった。
「……おい、これはどこで手に入れた?」
空気が変わる。
先ほどまでの気軽さが消えた。
ルティーナも自然と表情を引き締める。
「事情は後で説明します」
「何がおかしいのか見てほしいんです」
ガイゼルは無言でページをめくっていく。
やがて、眉をひそめた。
「……なるほどな」
「何かわかるんですか?」
「これは国へ提出する正式な会計帳簿だ」
「しかも、エレヴァルク領のな」
「やっぱり重要な物なんですね」
「重要どころじゃねぇよ」
ガイゼルは即答した。
(やっぱり……ただの帳簿じゃなかった)
ルティーナは小さく息を呑む。
ガイゼルは、さらに帳簿へ視線を落とした。
「計算自体は合ってるが」
「……でも?」
「内容がおかしい――」
「ちょっと待ってろ」
ガイゼルは立ち上がると、奥の部屋から自社の帳簿を持ってきた。
そして二つを並べ始める。
「ほら、ここ見てみろ」
指差されたのは、帳簿の最後に書かれた項目。
『護衛費』
「……護衛費?」
「普通、輸送護衛の依頼は運ぶ側がギルドに支払う」
「つまり俺達だ」
「……」
「だが、このエレヴァルク領の帳簿は逆だ」
ガイゼルは数字をなぞる。
「荷受け側――つまりエレヴァルク側も、異常な額の護衛費を支払っていることになっている」
「しかも……二倍?」
「本当だ!」
さらに別の欄を見せる。
「その代わり、他の項目を減額して帳尻だけを合わせてやがる」
「つまり……」
「国への虚偽報告だな」
ルティーナは表情を曇らせた。
(ロザリナのお父さんは……これを見つけた)
背筋が冷える。
領主クラスの不正。
それを知った。
だから消された。
そう考えれば、全て繋がってしまう。
「しかも時期が悪い」
ガイゼルは椅子へ深く腰掛けた。
「ここ一年、街道で魔物や盗賊が急増してるだろ?」
「はい」
「そのタイミングから、この不自然な護衛費が増えてる」
「だから国も違和感なく見過ごしている……」
「魔物被害が増えれば、護衛費を増額しても誰も疑わねぇからな」
「っ――」
ルティーナとシャルレシカは顔を見合わせる。
シャルレシカが事前に『帳簿』の思念を探った時も、渦巻く悪意は感じられていた。
しかし、その目的までは読み取れなかった。
だが――。
馬琴の中で、一つの仮説が繋がった――。
(盗賊や魔物の発生自体が、人為的に引き起こされている……?)
ガイゼルは低い声で続ける。
「もし、この護衛費が裏金になってるなら――」
「かなり面倒な話になるぞ」
部屋に重い沈黙が落ちた。
しばらくして、ガイゼルが頭を掻く。
「……ったく」
「こんなもん見せられたら、俺も知らん顔できねぇじゃねぇか」
「ごめんなさい」
「いや、お前らが謝ることじゃねぇ」
そう言うと。
ガイゼルは真剣な顔で尋ねる。
「これの出所を問うつもりはねぇ」
「お前ら、どうしたいんだ?」
ルティーナは少しだけ視線を落とした。
そして。
「エレヴァルク領へ行きます」
「……やっぱりか」
「ロザリナっていう仲間ができたんです」
「これは、ロザリナのお父さんが命を懸けて残した物なんです」
「放ってはおけません」
ガイゼルは腕を組み、しばらく考え込む。
「しかしなぁ……」
「?」
「来週、また納品があるんだよ」
「エレヴァルク領へ」
ルティーナの目が細くなる。
(……使える)
「(マコト、同じ事考えたでしょ?)」
(当然)
ルティーナは、どこか悪戯っぽく笑った。
ガイゼルは嫌そうに顔をしかめた。
「……その顔」
「ろくでもねぇ事考えてるだろ」
ルティーナは口を開く。
「一つ、お願いがあるんですが――」




