第4話 決意
ルティーナが眠りについたあと――
馬琴の意識は、静かに沈んだ。
眠った、という感覚はない。
ただ、途切れていた。
――そして。
再びルティーナの意識が覚醒した。
朝だった。
(……なるほど)
ルティーナが眠っている間、こちらの意識はほぼ干渉しないらしい。
その事実に、わずかな安堵を覚えながら――。
(おはよう)
と、心の中で声をかけた。
「……んん、おはよ……本当に静かだったね、何も考えなかったの?」
自分の心配をしてはくれていたが、もう一度寝たいから、少ししたら起こしてと言われてしまう。
だがルティーナは、一晩で窓辺まで体を起こせるほどに回復していた。
差し込む朝日。
見慣れない景色。
「……あれ? ここはどこ?」
首をかしげる。
「こ、こんな場所、知らない……」
七年前に住んでいた家とは、明らかに違う。
その違和感を、アンナに問いかけた。
そして――すぐに、答えは明らかになる。
――七年前。
ルティーナは崖から転落し、瀕死の重傷を負った。
それ以来、目を覚まさない状態が続いていた。
その事実を受けて――
父・バルストは迷わず決断した。
ノモナーガ王国の近衛兵団を退団。
そしてこのトレンシリア王国の外れ――広大な平原にある一軒家へと移り住んだ。
母・アンナは回復魔法が使える事から看病に専念し。
バルストは再び冒険者に戻り、生計を立てる。
――すべては、娘のために。
(……本当にルナのことが、大好きなんだね)
ルティーナは、少し照れくさそうに笑った。
その状況を理解したルティーナは、馬琴に説明を始める。
トレンシリア王国。
ノモナーガ王国と同盟を結ぶ隣国。
そして――その特徴。
「同盟国を取り囲むように『バリア・ストーン』っていう巨大な石が設置してあるのよ」
(バリア……ストーン?)
ノモナーガで採掘された特殊な鉱石。
完全ではないが、多くの魔物を寄せ付けない効果を持つという。
(ここには……魔物が居るのか?)
「え? マコトの世界にはいないの?」
(いないな)
「へぇ……平和なんだね」
どこか羨ましそうな声。
だが、馬琴には一つ疑問が浮かぶ。
(それ、壊されたらどうなるんだ?)
「は?」
ルティーナは眉をひそめた。
「魔物が近づけないのに、どうやって壊すのよ」
(……人間が壊す可能性は?)
「意味不明~、なんでそんなことするの?」
即答だった。
その発想自体が、この世界には存在していない。
(……そういうものなのか)
価値観の違いを、馬琴は静かに受け入れた。
それから半月。
ルティーナの体は、日常生活に支障がないほどまで回復していた。
そして――その日の朝。
(ルナ、やけに機嫌いいな)
(なんだ、枕元に花束?)
「ふふ~ん、わかる?」
得意げに笑う。
「これはねぇ――」
父親が一年を数えた印として、花束を枕元に置いてくれるのがリバイバ家の恒例。
そう――彼女の誕生日だった。
「ルナ、お誕生日おめでとう」
アンナの優しい声。
バルストの優しい笑顔。
「またこうしてお祝いできるなんて……本当に、よかった」
そう言って、アンナが差し出したのは、青く透き通る首飾り。
「わぁ……綺麗……!」
「『ヒーリング・ストーン』よ」
それは、上級回復魔法を発動できる特別な石だった。
「いっぱい魔力を込めてあるからね」
元回復魔法であるアンナの、娘の安全を願う想いのこもった贈り物。
「ありがとう、お母さん!」
ルティーナは満面の笑みで受け取った。
その様子を見て――
バルストが、そわそわと動き出した。
「お、お父さんもな……!」
取り出した袋を勢いよく差し出す。
「ふ、服をいっぱい買ってきたんだ!」
――そして。
中身を見た瞬間。
「……あれ?」
ルティーナが固まった。
「ちょっと……大きい、かも」
沈黙。
七年間、成長が止まっていた身体。
サイズが合うはずもなかった。
「……す、すまん」
しょんぼりと肩を落とすバルスト。
その姿を見た馬琴は、ルティーナに慌てて取り繕わせた。
「ありがとう!」
「でも、ちょっとだけ待っててね! これを全部着こなせるようになったら、一番にお父さんに見せてあげるからね!」
――その一言で。
「ルティーナぁぁぁ!!」
バルスト、ルティーナを揉みくちゃにしながら大号泣。
(……恒例行事か?)
「あはは!」
「あなた! いい加減にしなさい!」
アンナは、バルスト引きはがし説教する。
「もう、主役のルナが揉みくちゃになってるし」
「折角のお料理が冷めちゃうじゃない!」
「温め直すから、ルナは先にお風呂入ってきなさい」
そう言われ、やむなくルティーナは浴室へ向かう。
そして、いつもの光景。
天井を見上げながら体を洗うルティーナ。
(まだ、やるのかそれ)
「仕方ないでしょ!」
(もう慣れたけどな)
「慣れるな!!」
そんなやり取りも、すでに日常だった。
風呂上がり。
廊下を歩いていた時――
ふと足が止まる。
両親の声が、聞こえたのだ。
「アンナ……すまない」
バルストの低い声。
「今月は、稼ぎが少なくてな……」
その言葉に、胸が締め付けられる。
近衛兵を辞めたこと。
冒険者としての現実。
年齢、体力、減る仕事。
そして――尽きかけた貯蓄。
(……ルナ)
「……うん」
小さく返事をする。
「ねぇマコト、私、何かできないかな……」
(あの力、まだ分からないことだらけだ)
(でも――使い方次第で、何かできるはずだ)
ルティーナに少しだけ笑顔が戻った。
「手伝ってくれるの?」
(当たり前だろ)
「……ありがと」
(とりあえず、お前のお目付け役だからな)
くすりと二人は笑いあう。
そして――扉を開けた。
「ごめんね~、遅くなっちゃった!」
何も聞いていなかったかのように、明るく振る舞う。
いつも通りに。
だが――
その胸の奥には。
確かな決意が芽生えていた。




