第39話 銀ノ見習
まだ朝靄の残る早朝。
四人は、街外れにある共同墓地へ向かっていた。
湿った土の匂い。
白く霞む空気。
静まり返った墓地は、どこか現実感が薄い。
そんな中、ロザリナだけが淡々と口を開いた。
「母は……私が四歳の時に病気で亡くなったの」
その声音は静かだった。
静かすぎるほどに。
「正直、顔もほとんど覚えてないわ」
無理に平静を装っているのが、逆に痛々しい。
ルティーナは何も言わず、ただ隣を歩いた。
やがてロザリナは、一つの墓の前で立ち止まる。
「あっ……ここです」
そう言って視線を落とした瞬間だった。
「……え?」
ロザリナの顔色が変わる。
「どうしたの?」
「お墓が……開けられてる」
確かに、土の色が違っていた。
最近掘り返されたばかりだと、一目で分かる。
空気が張り詰める。
「リーナのお父さんが」
ルティーナの呟きに、ロザリナが息を呑んだ。
慎重に墓石を動かす。
すると中には、骨壺と――古い封筒と本みたいなものが入っていた。
ロザリナの指先が小さく震える。
まずは封筒を開き、中の手紙へ目を通した。
そして。
真実を知る。
「……っ」
彼女の瞳が、大きく揺れる。
それは――母、アーシャが父、ジェレイド宛てに残した手紙。
流産。
ジェレイドが、長期不在の間の出来事。
そして。
家の前へ捨てられていた、一人の赤子。
アーシャは、その赤子を『自分の娘』と偽り、育てる決断をした。
――それが、ロザリナだった。
「そんな……」
掠れた声が漏れる。
「私……捨て子だったの……?」
「私は『要らない子』だったの――」
世界が崩れるような声音だった。
だが。
「違うよ」
ルティーナは、すぐに首を横へ振った。
「あなたはきっと『選ばれた子』よ」
「え……?」
ロザリナが涙に濡れた目を向ける。
「アーシャさんは、ロザリナって素敵な名前を付けて、見捨てなかった」
「ジェレイドさんだって、真実を知った上で、その後の十五年間も……」
「――っ」
ぽろり、と涙が零れ落ちた。
「本当に要らない存在なら、ここまで育てたりしないわ」
その言葉は、真っ直ぐだった。
慰めではない。
ルティーナ自身が、本気でそう思っているからこその声だった。
すると。
「リーナぁ、私もぉ捨て子なんですよぉ~」
ふわりと、シャルレシカが笑う。
「シャルもなの?」
「……でもなんで笑っていられるの?」
「私もぉ、ここまで育ててもらいましたぁ」
「『育ててくれた人』の愛は本物ですぅ~私にはわかりますぅ」
その言葉に。
ロザリナの笑顔が戻る。
「……そうだね」
「ありがとうね……シャル」
張り詰めていた感情が、少しだけほどけていく。
そしてもう一つ。
本だと思っていた物は良く見ると、何かの『帳簿』だった。
しかも、
そこに記されていた名前を見て、ルティーナたちの表情が変わる。
「……エレヴァルク」
ロザリナの父が仕えていた領主の名だった。
「これ……不正の証拠かもしれない」
帳簿を理解できないが、直近の支出内容が記されていた。
途中のページに、短い手紙が挟まれていた。
――そこには。
『この帳簿は、エレヴァルクの不正のすべてだ』
『わかる人間が見ればすぐにわかるだろう』
『もし頼れる者がいれば無念を晴らしてほしい』
『無理なら、おまえの手で処分してくれ』
『最後に何もしてやれなくて、すまない』
『最愛の娘 ロザリナ』
『これからも健やかでやさしい女性になってほしい』
ロザリナの心は再び、悲しみに満ちる。
「……お父さぁん……!」
ロザリナは堪えきれず、その場へ崩れ落ちる。
三人は、しばらくロザリナを見守ることにした。
必ず陰謀を暴くと誓い。
その日の深夜。
四人は、やっとの思いでノスガルドへ帰還していた。
無理くり馬車を乗り継ぎ続けたせいで、全員が疲労困憊だった。
「夜分遅くにすみませ~ん……」
カルラの宿の扉を叩く。
すると、眠そうな顔で店主が現れた。
「誰だこんな時間に――って、ルナリカちゃん達か!」
「えへへ……四人泊まれます?」
「もちろんだとも! 二部屋に別れちまうけどな」
店主は即答した。
これで、ひとまず宿は確保した。
――翌朝。
ルティーナとシャルレシカは昼から、アバダルト商会へ行くため休んでいた。
一方、サーミャはロザリナを連れ、冒険者登録するためにギルドを訪れていた。
サーミャはロザリナを置いてレミーナを探しに居なくなる。
そこへ居合わせたのは――。
「なんだぁ? 見ねぇ顔だなぁ……」
ブロンダルだった。
その相変わらずの――態度。
ロザリナの眉がぴくりと動く。
(……なんかムカつく……この『肉団子』)
途端に、身体の奥が熱を帯びた。
次の瞬間。
ドゴォッ!!
「ぶべはっ!?」
ブロンダルの巨体が、扉まで吹き飛び転がる。
その光景にギルド内が静まり返る。
そして――。
「「「「ぶはははははっ!!」」」」
静寂を吹き飛ばす、爆笑が巻き起こる。
「また女にぶっ飛ばされてるぞ」
「あいつも、学習しねぇな」
ロザリナ本人だけが、呆然としていた。
「えっ……またって何よ?」
その後、レミーナに鑑定室にへ案内される。
ロザリナが水晶へ手を置いた瞬間――。
右側の水晶が、神々しい金色に輝き始める。
「おおおおっ!?」
オリハーデが勢いよく立ち上がった。
「こ、これは凄い……!」
「これほどの光属性適性、儂も初めて見るぞい!」
「(しかし、自分で制御できんとはもったいないのぉ……)」
そして、告げられる。
――銀級・回復師見習い。
「……え?」
ロザリナは、呆然としていた。
ずっと『化け物』って言われていた力。
怒りに任せて暴れるだけの異常な力。
それが――。
『誰かを救うための力』だったのだから。
ロザリナは、『銀の回復師見習い』として正式に鑑定書を発行された。
しかも。
『見習い』でありながら、いきなりの『銀』。
通常では考えられない破格の待遇だった。
「いきなり銀なんだねぇ……」
「ほんと、あんた達って逸材ばっか揃うわよねぇ」
「それにしても、ぶっ、またブロンダルをシバくなんて……」
レミーナは呆れたように肩をすくめながらも、どこか楽しそうに笑う。
「(それより馬鹿兄貴……遅いわね)」
そんなことを考えつつ、彼女は書類をまとめた。
その後。
サーミャとロザリナは応接室へ案内され、『碧き閃光』の帰還を待つことになる。
テーブルには茶菓子まで並べられていた。
「で、レミーナ」
「お前、受付してなくていいのか?」
「ん?」
何食わぬ顔で、お菓子をつまみながら答える。
「サーミャが『腹減ったから、何か買ってこい』って言ったんでしょうが」
「これ、私のおごりなんだからいいじゃん」
「はいはい」
呆れるサーミャ。
「だけどさ、私、結構あんた達に興味あるのよ」
「短期間で騒動ばっか起こしてるくせに、実績が異常なんだもの」
「問題児みたいに言うなっての」
「自覚あるんじゃない」
そんな軽口を聞きながら。
ロザリナは、小さく笑っていた。
つい数日前まで、一人だった。
父を失い。
街では厄介者扱いされ。
誰も信用できなかった。
なのに今は――。
(なんだろう……)
胸の奥が、少しだけ温かい。
(……居心地、いいな)
そう思ってしまう自分がいた。
だが。
その穏やかな空気は、突然破られる。
バンッ!!
荒々しく扉を叩く音が響いた。
その瞬間。
応接室にいた全員の視線が、一斉に入口へ向く。
「れ――レミーナっ!!」
飛び込んできた男を見た瞬間――。
サーミャの顔から笑みが消えた。
「……アンハルト?」




