第38話 父ノ日記
ロザリナから依頼を持ちかけられたルティーナたち。
だが彼女たちは、それをそのまま受けるのではなく――逆に『協力関係』を提案した。
理由は単純だった。
ロザリナは、自分たちより遥かに真相へ近い場所にいた。
だからこそ、放ってはおけなかった。
「私が……強い?」
ロザリナがきょとんと目を瞬かせる。
「うん」
ルティーナは素直に頷いた。
「あなた、格闘家なんだよね?」
「私たち、そういう前衛タイプがいないの」
「だから、すごく助かるなぁって」
だが、ロザリナは小さく首を横に振る。
「違いますよ」
「……ただ、殴り合いの方が得意なだけです」
「いやいや、それだけで大男を吹っ飛ばせねぇだろ……」
サーミャが呆れたようにツッコむ。
「う~ん……怒った時だけ、急に身体が熱くなるんです」
「力が湧いてくるって感じっていうか」
「……なるほどね」
ルティーナが目を細めた、その時だった。
「そうそう、喧嘩の最中はリーナの魔力が凄まじく上がってましたぁ~」
「……え?」
ロザリナが目を瞬かせる。
「リーナ? 私の事?」
「あぁ~、シャルのあだ名病だから気にすんな」
サーミャが笑いながら肩をすくめた。
「嫌だったら、全力で否定しないと、ずーっと言われるぜ?」
ロザリナは恥ずかしそうに。
「ううん、嫌じゃないよ。なんか嬉しい」
「……このオッドアイのせいで、友達なんていなかったから……あだ名なんて言われたことないし」
サーミャが話を戻す。
「じゃぁ決まりだ」
「ところでリーナってさ……光魔法使いの素質があるんじゃないか?」
「はぁ!?」
ロザリナが素っ頓狂な声を上げる。
「わ、私、生まれて一度も魔法なんて使ったことありませんよ!?」
「いや、無意識なんだと思うぜ」
サーミャは腕を組む。
「光魔法には『身体強化』や『自己治癒』を扱えるやつがいるらしい」
「あんな喧嘩してて、怪我ひとつ無いのが、その証拠さ」
ロザリナは、自分の拳を見つめる。
あれだけ暴れたのに――傷ひとつ無い。
「……そういえば」
彼女の脳裏に、ある日の記憶が蘇る。
父の死を知らされた日。
怒りで頭が真っ白になった瞬間――気付けば、自宅の壁を殴り壊していた。
本来なら拳は血だらけになっていたはずなのに。
傷は、ひとつも残っていなかった。
「つまり――」
ルティーナが整理するように言う。
「リーナは、怒りで興奮状態になると、無意識に光魔法を発動してるのね」
男たちを吹き飛ばす腕力。
獣みたいな瞬発力。
常識外れの耐久力。
そして――怪我をしても勝手に治る身体。
ロザリナは呆然としていた。
だが同時に、今までの異常な力にも説明がつく。
「(あれは……魔法だったの?)」
背筋にぞわりとした感覚が走る。
「多分な」
サーミャは軽く肩をすくめた。
「かなり厄介……いや、すげぇ能力だと思うぜ?」
「わ、私が……そんな……」
ロザリナは戸惑いを隠せなかった。
そんな彼女に、ルティーナが優しく声をかける。
「……ねぇリーナ」
「さっき依頼を受けてほしいって言ったけど」
「本当は限界だったんじゃない?」
「――っ」
図星だった。
ロザリナは視線を落とし、ぽつりと呟く。
「……半月よ」
「お父さんが死んでから……何も掴めてない」
「この街で『模様』について聞き回ってたんだろ?」
「なら、もう相手も警戒してるかもな」
サーミャの言葉に、重苦しい空気が流れる。
そんな中。
ぽんっ、と手を叩いたのはシャルレシカだった。
「ならぁ協力関係でなくぅ、いっそリーナもぉ『零の運命』になっちゃえばいいですよぉ」
「……でも私、誰かと一緒に行動なんて」
ロザリナは不安そうに視線を揺らす。
「リーナは、あたいたちに頼るだけで終わる気なのか?」
言葉がでないロザリナ。
「うんっ、それいいわね!」
ルティーナは乗ってくる。
「リーナは魔法のことを知らなすぎる」
「冒険者になっちゃえば、光魔法の修行もできるし、私達との活動で情報も集めやすくなる」
「わ、私が冒険者ですか?」
「お父さんの疑いを晴らすまでの間だけ! ねっねっ」
「一緒に行動しましょ?」
「……いいんですか?」
「決まりだな!」
サーミャが笑いながら立ち上がる。
「なら、一度、ノスガルドに戻ろうぜ!」
「光魔法ならシェシカに教わればいい」
(なぁルナ、ひとつだけ確認しておきたいことがあるんだ)
突然、馬琴の声が頭に響く。
(ロザリナの父親の日記だ)
(例の痣の事以外に、まだ何か隠してる可能性がありそうで……)
その言葉を聞いたルティーナは、皆を一度、制止する。
「待ってミヤ」
「ノスガルドに戻るのは明日にしましょ」
「え?」
「リーナ、今晩、あなたの家に泊めてもらえる?」
「「「?」」」
ロザリナは目を丸くした。
「別にかまいませんけど……」
結局、四人はロザリナの家へ向かうことになった。
食後――。
ルティーナは、ロザリナの父の日記を見せてほしいと頼んだ。
しかしロザリナは、あまり乗り気ではない。
「読んでも、たぶん私が話した以上のことは書いてないと思うけど……」
「ふっふっふ~」
「なるほどぉ~そういうことですかぁ、私の出番ですねぇ~」
シャルレシカの胸が揺れる。
「シャルはね、持ち物から『思念』を読み取れるのよ」
「えっ、そんなこと出来るの!?」
シャルレシカは日記と水晶に両手を添えると、ゆっくりと瞳を閉じた。
いつものようにふわふわした空気が消えていく。
それに合わせるように、室内の空気まで静まり返っていく。
「えっ……別人みたい……」
「これからがシャルの本領発揮よ」
「こういう占いをさせると、大抵寝落ちしちゃうけどね」
「……何なのそれ」
ロザリナが圧倒されている間にも、シャルレシカは深く集中していく。
やがて。
ぽつり、と呟いた。
「……左腕ですぅ」
「え?」
「リーナのお父さんはぁ、左腕に入れ墨のある男を見てぇ……それを描き残したみたいですぅ」
「そんなこと、日記には……」
「あとぉ……部屋を覗いてぇ、困った顔をしてる景色が見えましたぁ」
サーミャが眉をひそめる。
「何かを見ちまった……って感じか?」
「かもしれませんねぇ~」
さらにシャルレシカは、小さく微笑んだ。
「それとぉ……リーナのお父さん、とっても暖かかったですぅ」
「リーナのことを、本当に大好きだったんですねぇ」
「――っ」
ロザリナの瞳が揺れる。
(お父さん……)
「それ以上はぁ……むにゃぁ……」
限界だった。
シャルレシカはその場で意識を失い、サーミャに抱えられて寝床へ運ばれていった。
その後。
三人は改めて日記を読み返していた。
馬琴は、一文一句見逃さぬようルティーナに確認させる。
そして――。
ある文章で、彼は反応した。
――もし私の身に何かあったら、この日記を読んでくれるだろうか。
――その時は、ロザリナに妻の墓を見てほしい。
「これ?」
「お母さんのお墓の管理を頼んでるだけじゃ……」
(違う)
「ち、違うと思うわ」
ルティーナが即答する。
(これは『遺言』……)
(何かの『隠し場所』を伝えようとしているのかも)
(この日記が、他の誰かの目に入ってもリーナみたいに誤解するように書いてる……)
「(そっか!)」
「え……? ルナ、何かひっかかるの?」
「秘密を知って……自分も消されるって悟ったのよ」
「だから、墓に何かを残しているかも」
ロザリナは息を呑んだ。
「お母さんのお墓なら……裏山の共同墓地にあるわ」
「決まりね」
「明日の朝、一番で向かうわよ」
そして、その夜。
それぞれ不安と期待を胸に眠りにつくのだった。




