第37話 絡ム因縁
男たちに喧嘩をふっかけた少女。
取り囲まれながらも、ルティーナたちがこちらを見ていることには気付いていた。
そして、気まずそうに視線を逸らす。
「(うわぁぁぁ……昨日のこと絶対怒ってるよね……)」
「(なんで、あんなこと言っちゃたんだろう)」
内心では盛大に頭を抱えていた。
しかし男たちは、そんな空気など気にしない。
「へぇ? お兄さん達と遊びたいのか?」
「おい待て、この女……噂の『赤い悪魔』じゃねぇか?」
(誰よ、そのダサい二つ名つけたの……)
少女は眉をひそめながら、一枚の紙を取り出した。
そこには奇妙な模様が描かれている。
「ねぇあんた達、この見た事ない?」
「はぁん? 知らねぇなぁ」
男たちの視線は紙など見ていなかった。
最初から最後まで――少女の身体しか見ていない。
舐め回すような視線。
下卑た笑み。
「そんなことどうでもいいんだよ……」
「お前、結構いい身体してんよなぁ?」
その瞬間。
空気が変わった。
少女の表情から、一切の感情が抜け落ちた。
「……そう」
低い声だった。
先ほどまでの苛立ちとは違う。
もっと冷たい――『殺意』に近い何かだった。
「やっぱり男って……最低」
次の瞬間。
――プツン。
少女の声色が、低く沈んだ。
「私を――これ以上怒らせんじゃねぇよっ」
ゾワッ――。
彼女の周りの空気が震えた。
まるで獣が牙を剥いた瞬間のような、肌を刺す殺気。
立ち去ろうとしていたその時。
突然、シャルレシカが青ざめて振り返った。
「ルナぁっ! 魔力がぁ急にぃっ!」
「「はぁ?」」
そして――。
路地裏は、一瞬で修羅場になった。
だが、赤髪の少女は武器を持っていなかった。
素手。
たったそれだけ。
だが、その拳は異常だった。
大男を殴れば、身体ごと数メートル吹き飛ぶ。
叩きつけられた壁は、粉を撒き散らして崩れた。
――まるで、人型の魔物だった。
「な、なんだこいつっ!?」
「あ、悪魔だぁぁっ!」
拳が唸るたびに悲鳴が上がる。
次々と路地裏へ男たちの身体が転がり気絶する。
だが――。
最後の一人になったと思い、追い詰めたその瞬間。
背後に潜んでいた男が、少女を羽交い締めにする。
「しまっ――!」
「へへへ……今度はこっちの番だぜぇ」
下卑た笑みを浮かべながら、男の手が少女の胸元へ伸びる。
その瞬間。
ザクッ――!
「ぐげっ!?」
男の肩へ、一本のクナイが深々と突き刺さった。
「え?」
男が怯んだ隙に、少女は肘打ちと蹴りで二人を払いのける。
「……助かったっ!」
少女が振り返る。
そこには、ルティーナが立っていた。
「なによ、今日は素直じゃない?」
「なんだよルナ、結局助けてんじゃねぇか」
「うるさいっ!」
「照れてる照れてる」
「照れてないっ!」
サーミャがニヤニヤからかう中、ルティーナはビシッと赤髪少女を指差した。
「さぁ怪力女っ! とっとと、やっちまいなさぃっ!」
「うるさいわねぇ! わかってるわっ!」
ロザリナの両拳が振り抜かれる。
「それに私は、怪力女じゃないっ!」
二人の男の顔面へ、容赦なく叩き込まれた。
「ぶべっ!?」
「がはっ――!」
男たちは白目を剥き、その場へ崩れ落ちる。
そして少女は、拳を構えたまま叫んだ。
「私の名前は――ロザリナ=ノザラよっ!」
「覚えときなさいっ!」
その名乗りが響いた時には、男はすでに白目を剥いて地面へ沈んでいた。
男たちを叩きのめしたロザリナ。
息を切らしながらルティーナたちの前へ駆け寄る。
そして――深々と頭を下げた。
「昨日も今日も……助けてくれて、本当にありがとうございました」
その表情には、先ほどまでの怒気は残っていない。
「言い訳になるかもしれませんけど……」
「あいつらから話を聞き出せなかったのが悔しくて、つい……」
(そうか、ルナが乱入して逃げられてしまったこと、怒ってたのか)
馬琴は内心で納得する。
「いいわよ、無事だったんだから」
ルティーナは笑って肩をすくめた。
「こっちこそ、『怪力女』なんて言っちゃってごめんね」
「私ルナリカ=リターナ。ルナって呼んでよ」
そう言って隣を指差す。
「この金髪美女が、通称『ミヤ』ことサーミャ=キャステル」
「おうっ!」
さらに、シャルレシカへ視線を向ける。
「そして、この豊満娘が通称『シャル』、シャルレシカ=ブルムダールよ」
「なんでぇ~私だけぇ、そこ強調するんですかぁ~っ!?」
「ぷっ……」
ロザリナは思わず吹き出した。
「あなたたち、面白いですね」
「自己紹介で笑ったの、初めてかも」
だが次の瞬間、彼女の表情が真剣なものへ変わる。
「ルナちゃんって、まだ十二、三くらいだよね?」
「なのに、なんか妙に大人っぽいし……」
「「あっ」」
互いに年齢を説明し合う。
そして――。
ルティーナが自分より一つ年下だと知った瞬間、ロザリナは本気で固まった。
「うそ……年下?」
「それより……昨日のアレ、魔法なの?」
「ありゃ、魔法じゃねぇよ」
サーミャがニヤリと笑う。
「ルナは『無敵の無職』の冒険者」
「ちなみに魔法使いは、あたいだ」
「無職なのに無敵って……何よ、それ?」
ロザリナは困惑した顔を浮かべる。
「職業が無いわけないでしょ?」
「あんな力があるのに……」
「それがルナの『力』なのよ」
「該当する職業が存在しないだけ」
そう言いながら、ルティーナは視線を細めた。
「ところでロザリナ」
「街で噂になってる件……聞いてもいい?」
ロザリナは少しだけ黙り込み――やがて、小さく頷いた。
「……あなたたちなら、話してもいいかもね」
そして彼女は、自身の過去を語り始めた。
ロザリナの父は、領主エレヴァルクに仕える使用人だった。
一か月前。
隣国ワクガン王国への輸送任務の護衛として同行した際、山賊の襲撃を受けた。
幸い、襲撃自体は撃退できた。
だが翌日――。
父は『山賊と内通していた疑い』を掛けられ、警備隊へ連行された。
そして数日後。
牢の中で、自殺した。
「……死に目にも、会わせてもらえませんでした」
ロザリナは拳を握り締める。
「でも私は信じられなかった」
「お父さんが、山賊なんかと繋がってるわけないって」
泣きながら、家の遺品を整理していた時だった。
そこで偶然、見つけたのは――父の日記。
「そこに、絵が書いてあったんです」
――逃げた山賊の一人に、『奇妙な痣』があった――
「私は、その男を探しています」
ロザリナが紙を見せた瞬間。
ルティーナたちの空気が変わった。
「……ロザリナ。その模様……って」
「え?」
ロザリナが警戒するように身構える。
「あなたたち……知ってるの?」
「まさか、あなたたちが――」
「違う違うっ!」
ルティーナは慌てて両手を振った。
「私たちも、それを追ってるのよ!」
彼女は、自分たちが冒険者パーティ『零の運命』を組み、父を狙った組織を追っていることを説明した。
話を聞いたロザリナは、再び頭を下げた。
(……絶対、殴りかかる気だったろ)
馬琴は内心で苦笑する。
「……目的は、同じなんですね」
ロザリナは静かに言った。
「サーミャさん」
「もし今、任務を受けていないなら……私の依頼を受けてもらえませんか?」
「あははっ、勘違いしてるな」
サーミャは親指でルティーナを指した。
「うちの頭はルナだよ」
「えっ?」
「こいつ、見た目はチビだけど、とんでもなく頭が回るんだ」
「ちょっと、最初の一言いらないでしょっ!」
その場に、小さな笑いが広がった。
だがロザリナは真剣な顔のまま、再び頭を下げた。
「何度も、すみません……」
「謝りすぎ……啖呵切ってるあなたの方が好きよ」
ルティーナは笑う。
「依頼とかじゃなくて、『協力』でどう?」
「私たち、この街には詳しくないし」
そして――ロザリナを真っ直ぐ見つめる。
「何より、あなた……強いもの」




