第36話 赤イ悪魔
夜の繁華街。
酒と煙の臭いが入り混じる通りの中で、男が一人、派手に吹き飛ばされた。
だが――誰も止めようとはしない。
騒ぎを横目に見ながら、人々は視線だけを逸らして通り過ぎていく。
まるで、『関わった時点で終わり』だと知っているかのように。
その騒ぎの中心にいたのは、一人の赤髪の少女だった。
男たちに囲まれているというのに、怯えはない。
むしろ逆だ。
少女の瞳は、今にも爆発しそうなほど殺気立っていた。
怒り。
苛立ち。
そして、どこか壊れかけた危うさ。
その異様な空気を感じ取ったルティーナたちは、思わず足を止める。
(まずくないか? あの子……)
サーミャが眉をひそめる。
「ここは、あたいが――」
そう言って前へ出ようとした瞬間だった。
「って待てぇぇぇぇぇいっ!!」
ルティーナが慌ててサーミャの杖を押さえ込んだ。
「なんで街中で『エクソシズム・ケーン』構えてるのよっ!?」
「絶対もっと面倒になるでしょっ!」
「えぇ~? でもよぉ――」
「ダメったらダメっ!」
即答だった。
ルティーナは一度深呼吸すると、何事もないような顔で騒ぎの輪へ歩いていく。
その足取りは妙に軽い。
まるで夜道を散歩でもしているようだった。
「ダメじゃな~い? おじさん達ぃ?」
「寄ってたかって、女の子にイケナイことしちゃ~」
「(あの子……私たちと同じくらいかしら)」
(でも、赤髪ってかなり目立つな……)
ルティーナが観察している間にも、男たちは下卑た笑みを浮かべる。
「あぁん? なんだぁ、このガキ」
「正義の味方ごっこでちゅかぁ?」
「その甲冑、ハリボテじゃねぇだろうなぁ?」
「てめぇは人形遊びでもしてりゃいいんだよ!」
一人の男が、からかうようにルティーナの額へ手を伸ばした。
その瞬間。
「(マコト)」
(はいはい。鉄槌の時間ですね、お嬢様)
ルティーナは、男の手をかわし、脇腹を軽く叩く。
――本当に、それだけだった。
「ふ~ん? じゃぁ、お人形遊びでもしよっかなぁ~」
【痺】
直後。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
男が絶叫した。
「こ、腰がぁぁぁっ!?」
「じ、痺れ……ぐぅぅぅぅっ!?」
男は白目を剥き、その場へ崩れ落ちる。
「なっ……!?」
一瞬で周囲の空気が変わった。
さっきまで余裕を浮かべていた男たちが、一斉に距離を取る。
対してルティーナは、にこにこと笑っていた。
――その笑顔が逆に怖い。
「なによぉ~?」
「お人形遊びしてろって言ったくせにぃ?」
(ルナ……それって、ただの危ない人だよ……)
その様子を見ていたサーミャは、若干引いていた。
「て、テメェ……『毒針』でも使いやがったのか!?」
「離れろっ! このガキやべぇぞ!」
その反応を見たルティーナは、楽しそうに目を細める。
「は~い、次は…どのお兄さんが遊んでくれるのかなぁ?」
懐から手裏剣を取り出す。
そこに描かれていた漢字は――【油】。
手裏剣が男たちの中央へ飛び込んだ瞬間。
――ブシャーッ!!
「うわぁぁぁぁっ!?」
大量の油が噴出し、彼らの頭上に雨のように降り注ぐ。
足を滑らせる者。
顔面から転ぶ者。
油が目に入り悲鳴を上げる者。
一瞬で現場は混乱に包まれる。
追い打ちをかけるように、ルティーナは地面に手をつく。
【熱】
巨大な文字が石畳へ浮かび上がる。
ボワァァァァァッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
「熱ぃぃぃぃぃっ!!」
油まみれの男たちは悲鳴を上げながら逃げ惑った。
辺りは阿鼻叫喚。
だが当の本人は、満足げに振り返った。
「あなた、怪我はない?」
しかし――。
ルティーナの期待していた流れにはならない。
「な、な、な……なんてことすんのよっ!?」
「……え?」
赤髪の少女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
赤い髪。
赤い服。
怒りで染まった頬。
まるで、歩く火種だった。
「誰が。助けてなんて言ったのよっ!」
「逃げられちゃったじゃない!」
「……は?」
「余計なことしないでよっ!」
それだけ言い残し、少女はそそくさと去っていく。
――沈黙。
数秒後。
ルティーナが、ようやく現実を理解した。
身体をそり、空に向かって叫ぶ――。
「なっ……なによそれぇぇぇぇぇぇっ!?」
ルティーナの怒号が路地裏へ響き渡った。
「私、なんでキレられてるのよぉぉぉぉっ!?」
「ルナ……まぁ落ち着けって」
慌ててサーミャたちが駆け寄る。
「これが、落ち着けるかぁぁぁ~っ!!」
善意で助けた。
なのに怒鳴られた。
理不尽極まりない。
ルティーナは本気で怒っていた。
そんな彼女を見て、サーミャが慌てて話題を変える。
「そ、そうだルナ! あそこに美味そうな肉屋あるぜ!」
「……肉?」
「すっげぇいい匂いするし!」
「ルナぁ~お肉ですよぉ~」
ぴくり。
ルティーナの耳が反応した。
「……行く! やけ食いよっ」
「(よし釣れた!)」
こうして三人は、さっきの出来事を忘れるかのように、肉の香りへ引き寄せられていく。
そして行列。
前方の客の会話が耳に入る。
「おぉ聞いたか? 最近この街にいるって噂の『赤い悪魔』」
「荒くれ者に絡んでは、全員ぶちのめすって……」
「でもよぉ……赤い髪の可愛い子って聞いたぜ?」
「男相手に、素手で半殺しにするとか……」
「それのどこが可愛いんだよ」
「女は怖ぇな、ははは――」
三人は顔を見合わせた。
「……赤髪? 可愛い子?」
「――さっきの奴じゃね?」
ルティーナは不満げに頬を膨らませた。
「(思い出したら、腹が立ってきたわ)」
(しかし、あの細腕であの破壊力……一体)
その後、三人はやけ食いに徹した。
高級肉料理を大量注文し。
食べて。
食べて。
さらに食べた。
その結果。
「……動けない」
「食い過ぎだろ……」
「お腹ぁ~苦しいですぅ~」
買い物どころではなくなり、その日はそのまま宿でだらけることになった。
――全部あの赤髪女のせい。
ルティーナは本気でそう思っていた。
翌日。
昼近くまで眠ってしまった三人は、軽く食事を済ませた後、街で情報収集を始める。
目的は二つ。
・父親の暗殺に関わった組織。
・ドグルスの腹部に刻まれていた謎の入れ墨。
「(でもマコト、『入れ墨』なんてよく気付いたわね?)」
(あぁ、ドグルスを拘束するのに、お前ら必死だっただろ?)
(俺は一応、奴の動きに注意してたからな)
(あの時、ちらっと見えた『痣』が妙だったんだよ)
「(手がかりに繋がればいいけど――)」
「どうしたルナ?」
「アホ面して?」
「(げっ、またマコトとの会話に集中しちゃった)」
「あ、アホ面ってなによ!」
「別に……あの女のことなんか考えてないわよ?」
「いや、聞いてねぇし」
「まだ、怒ってたんだな」
「怒ってないしっ!」
完全に怒っていた。
そんなやり取りをしていた時だった。
シャルレシカが不意に足を止め、申し訳なさそうに口をひらく。
「あのぉ……ルナぁ……」
「ん?」
「裏路地にぃ……悪意がいっぱいですぅ……」
「……まさか」
三人は嫌な予感を覚えながら裏路地を覗く。
そして。
「やっぱり、やらかしてる」
そこにいたのは、昨日の赤髪少女だった。
しかも今度は、自分から男たちへ喧嘩を売っている様子だった。
「勝手にやらしときましょ」
「私にあんだけ啖呵切ったんだから、さぞ『お強い』んでしょ」
「えぇぇぇ?」
「やっぱ、怒ってんじゃん」




