第34話 疑ウ商人
四人は、アバダルト商会の門前へと到着した。
巨大な石造りの門。
荷馬車が絶え間なく出入りし、屈強な護衛達が周囲を警戒している。
――さすが、ノスガルド最大規模の商会。
ルティーナが感心している横で。
「たのもぉぉぉぉっ!!」
グルバスが腹の底から叫んだ。
(道場破りかな?)
思わず、そんな感想が漏れる。
直後――。
「うるせぇなぁ! このふざけた掛け声は……」
門の奥から、一人の男が姿を現した。
年は三十代半ばほど。
上質な服を着崩し、どこか小洒落た雰囲気を漂わせている。
だが、その目付きは商人特有の鋭さを宿していた。
男はグルバスを見るなり、露骨に顔をしかめる。
「やっぱ、グルバスじゃねぇか」
「けっ、相変わらず愛想悪ぃな」
(え、普通に知り合いなんだ)
(粗相って、どこまで許されるんだろ……)
ルティーナは少し不安になった。
男――ガイゼルは、ため息を吐きながら腕を組む。
「まさか今回の護衛って……有名パーティー様も、とうとう金欠か?」
「違げぇよ!」
グルバスは即座に否定し、親指で後ろを指した。
「今回の護衛は、こいつらだ」
「……は?」
ガイゼルの視線は、グルバスに隠れていた三人へ向く。
そして――沈黙。
「……おいグルバス。何の冗談だ?」
「冗談じゃねぇよ」
「いやいやいや!」
ガイゼルは頭を抱えた。
「誰が俺を守るんだ!?」
「子供と、とろそうな小娘と、色っぽい姉ちゃんだけじゃねぇか!」
(あ、言っちゃった)
サーミャが苦笑する。
「まぁまぁ聞けって、おっさん」
「うるせぇっ!」
――口喧嘩が始まる。
サーミャは、ため息をつきながら口を開く。
「あたいはサーミャ=キャステル。銀の魔法使い」
続けて、シャルレシカを指差した。
「そこの豊満な娘が、シャルレシカ=ブルムダール。銀の占い師」
「私ぃ、豊満って言わないでくださいぃ~」
「だって分かりやすいだろ?」
「そういう問題じゃないですぅ~」
そして最後に。
サーミャはニヤリと笑った。
「で――この幼女こそが、うちらの頭」
「ルナリカ=リターナ。白の無職様だ」
「人の紹介で幼女って言うなぁっ!!」
ルティーナが即座にツッコむ。
だが。
「……は?」
ガイゼルは、完全に呆れていた。
「『銀』が二人、そのうち一人は……占い師」
「最後は『白』? しかも無職だぁ?」
心底信じられない、という顔。
「さすがに、こんな奴らに――」
すると。
「おっさんさぁ」
グルバスが笑った。
「あんた、商品以外を見る目ねぇのかよ」
「あぁん!? もう一回言ってみろ!」
「先日な。こいつらだけで盗賊団五十人近くを壊滅させたんだよ」
(――盛らないで、グルバスさん)
「……は?」
「正直、俺一人でも勝てるか怪しいぜ?」
「んな馬鹿な――」
ガイゼルが鼻で笑いかけた、その時だった。
「ちょうどいいな」
サーミャが空を見上げる。
一羽の鷹が、空を旋回していた。
サーミャは無造作に片手を向ける。
「――『ライトニング・アロー』」
詠唱は、ない。
次の瞬間。
紫電が空を裂いた。
バチィッ!!
鷹が感電し、そのまま墜落する。
「……は?」
ガイゼルが固まった。
「い、今の……無詠唱って奴か?」
「そーそー」
「あたい、五属性の攻撃魔法なら全部使えるし」
「全部!?」
ガイゼルの声が裏返る。
さらに。
「店内ぃ、二十三人ですねぇ~」
ぼんやりと、シャルレシカが呟いた。
「二階に七人~。裏庭に三人~。地下に二人ですぅ~」
「なっ!?」
「広域索敵魔法ですぅ」
ガイゼルの顔色が変わる。
「……なんだよ、こいつら」
「だろ?」
サーミャが得意げに笑った。
だが。
ガイゼルの視線はルティーナへ向いていた。
「わかったぞ!」
ビシッと指を突き付ける。
「さっき『頭』って言ってたな!?」
「つまり、お前は頭脳担当ってだけだろ!」
「……」
ぴくり。
ルティーナの額に青筋が浮かんだ。
(あ~ぁ、怒らせちゃった)
「(マコト、手伝って)」
(はいはい、お嬢様)
ルティーナの口元は笑っていた。
だが、目は笑っていない。
「ガイゼルさん」
「ん?」
「そこの大木、壊してもいいですか?」
「……は?」
庭の中央。
巨大な古木が立っていた。
「別に構わねぇが……」
「ありがとうございます」
ルティーナはクナイを一本取り出した。
そして。
刃に、漢字を刻む。
【爆】
クナイを投擲。
それは、綺麗に大木へ突き刺さった。
――だが、何も起こらない。
「……?」
ガイゼルが失笑しかけた、その瞬間。
(起動)
轟音。
――ドゴォォォォォンッ!!
大木が、爆散した。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!?」
木片が雨のように降り注ぐ。
ガイゼルは完全に硬直していた。
「ほ、本当に無職なのか……?」
「はい。頭脳派の無職ですけど何か?」
ルティーナは、ふんっと鼻を鳴らす。
「これで、役立たずじゃないって分かりました?」
「す、すまない!!」
ガイゼルは勢いよく頭を下げた。
「ぜひお願いしたい!」
「っはっはっは!」
グルバスが豪快に笑う。
「最初からそう言えばいいんだよ」
こうして。
『零ノ運命』の初依頼が、正式に決定したのだった。
その日のうちに、一行は出発した。
アバダルト商会の大型馬車が、ゆっくりとノスガルドの街を離れていく。
ルティーナは、ふと後ろを振り返った。
見慣れた街並み。
賑やかな人々。
石畳の道。
だが。
胸の奥は、不思議と高鳴っていた。
今度は違う。
ただの通過点じゃない。
――これは、旅だ。
「ルナ?」
「……ううん」
ルティーナは笑った。
「行こうか。『零ノ運命』の初仕事!」
「おぉーっ!」
「がんばりますぅ~!」
馬車は進む。
未知の世界へ向かって。
数時間後。
ノモナーガ王国を抜け、隣国のアウリッヒ王国も無事に通過した。
そして、ブクレイン公国の国境近くまで来ていた。
そこは、魔物結界の加護が途切れる分岐点だった。
「二キロ先にぃ、魔物が十体ぐらいいますぅ~」
シャルレシカが、ぽやぽやした口調で告げた。
「……は?」
ガイゼルが固まる。
「二キロ先って分かるのか!?」
「凄ぇだろ?」
サーミャが笑う。
結果、一行は最短ルートを避け、大回りの安全ルートへ変更した。
そのおかげか。
夕暮れまで、一度も戦闘は起こらなかった。
「魔物に遭遇しなかったの、初めてかもしれねぇ……」
ガイゼルが感動したように呟く。
順調に進んでいた任務。
この護衛依頼の裏に、
大きな悪意が潜んでいることを――。
この時の彼女達は、まだ知らなかった。




