第27話 水蛇奔《はし》ル
天井まで水が満ちるまで、残り十五分ほど。
必死に、サーミャをかばうシャルレシカも、ついに尽きた。
「も、もうぉ……無……」
二人の身体が、ゆっくり沈み始める。
その刹那。
サーミャは、暗い意識の底で自問自答を繰り返していた。
怖い。
魔法が使えない。
また失う。
また守れない。
「……ごめんな、シャル……」
一度は諦めかけた。
だが――。
(駄目だ……!)
沈みかけた意識を、無理やり引き戻す。
(せめて……シャルだけは助けねぇと……!)
シャルは、『ミヤ』という新しい名前をくれた。
死んだように生きていた自分へ、『居場所』を思い出させてくれた。
ルナは、自分の『力』の弱点すら隠さず教えてくれた。
こんなに荒れていた自分でも、信じてくれた。
あいつらは――。
自分を救ってくれた恩人――。
(このまま失う……?)
嫌だ。
……嫌だ。
……死んでも――御免だ!
その時だった。
脳裏に、ルティーナとの会話が蘇る。
『――効果は円を描くように広がるから、角には届かないんだよね――』
――!
サーミャの瞳に、再び輝きが戻る。
水中。
シャルレシカを抱き寄せ、一気に浮上する。
「ぷはっ……!」
「み、ミヤぁ……!」
シャルレシカが涙目で抱きついてくる。
だがサーミャの目には、もう迷いは無かった。
(落下地点から、この部屋まで……およそ二十メートル)
必死に頭を回す。
(ここへ入る前までは、普通に魔法が使えた)
つまり、封印の中心は、この部屋内部。
おそらく床下。
そしてルティーナの話通りなら、効果範囲は球状――。
「中心から離れた『角』なら、効果は届かない……」
サーミャは天井四隅を見る。
水の噴出口。
あそこは範囲外かもしれない。
もちろん、効果範囲が柱状でなければ――だが。
「シャル……あたいに賭けてくれ」
「はぁ~い……!」
そこに迷いはなかった。
こんな状況でも、自分を信じてくれている。
その事実が、サーミャに勇気を与える。
残り三分。
サーミャは壁際へ張り付き、震える手で詠唱を始めた。
『ロック・バスター――岩砕螺旋撃――』
石と土が手に集まり始める。
魔法は発動した。
次の瞬間。
ドォォォォンッ!!
螺旋状の岩弾が、水路の一角を砕き散らした。
「しゃぁぁぁぁっ!!」
サーミャが雄たけびを上げる。
予想通り。
天井四隅だけは、魔法封印の外側だった。
「どんどん、行くぜぇ!!」
連続詠唱。
何度も。
何度も。
一点へ、必死に撃ち込み続ける。
(頼むっ……!)
(水路の先が袋小路じゃありませんようにっ!)
穴は少しずつ広がっていく。
そして。
残り一分。
「シャルっ!!」
「はいですぅ!!」
二人は、砕けた水路へ飛び込んだ。
狭い。
暗い。
二人は濁流に押し流されながら、必死に這い進む。
全身ずぶ濡れ。
体が冷え、呼吸も荒くなる。
「シャル、この先は!?」
「……外につながってますぅ」
「たぶん湖ですぅ~」
「湖?」
サーミャは眉をひそめた。
「この水、そこから引いてんのか? とにかく進もう」
シャルレシカを先頭で進ませる。
万が一にも、置き去りにならないようにするため。
しばらく、二人は水路を突き進む。
「そういえば、ルナの方はどうなった?」
「ヘレンの反応が弱くなってますぅ」
「一人で最深部へ進んでいますねぇ」
「マジかよ……」
サーミャが笑う。
「やっぱ強ぇな!
「敵陣有利の魔法使いを突破したのかよ!」
負けていられない。
自然と、そんな気持ちが湧いていた。
だが。
前を進むシャルレシカの動きが、妙に遅い。
「……シャル?」
「うぅ~……」
「どうした?」
「む、胸がぁ……引っかかってぇ……」
「…………」
狭すぎる通路。
そして、豊満すぎる胸。
見事に引っかかっていた。
「……お前、一人で戦闘不能になるなよ!」
「む、無理ですぅ~!」
(……もいでやりたい)
サーミャは呆れながらも、小さく笑った。
張り詰めていた心が、少しだけ軽くなる。
その後。
二人は何とか地上へ脱出することに成功した。
「……ここ、洞窟入口じゃねぇな」
出てきた場所は、山の裏側。
木々に巧妙に隠された、小さな岩穴だった。
「盗賊共の緊急脱出口ってところか」
その時。
「ミヤぁ~」
シャルレシカが、崖下を指差した。
「あそこにぃ、入り口ありますぅ~」
「……!」
木々の隙間。
崖下に、不自然な裂け目が見える。
しかも。
「この先ぃ……すごく大きな悪意がありますぅ」
サーミャの目が細くなる。
「……ドグルスか」
さらに。
ここで、ある可能性へ辿り着く。
敵は『魔法封印』の罠を使う。
そして。
シャルの索敵では、『敵の数が増減していた』という発言は――。
魔法が使えない。
なら、索敵だって乱される。
「あの時と同じように、無策で飛び込むのは馬鹿だな……」
サーミャは静かに呟いた。
「シャル、お前はここで待ってな」
「えぇ~?」
「偵察だけだ」
単独で裏口へ侵入する。
慎重に。
数歩歩く度に
『ライトニング・ニードル』
雷の針を飛ばす。
だが――。
ある地点で、雷が、突然『消えた』。
「あの先か……」
魔法封印領域。
「シャルの言う通りなら、歩数から逆算して、百メートルほど」
「ドグルスの位置が確認できるということは……」
「その間に、何かあるってことか」
サーミャは一度外へ戻り、シャルレシカと合流する。
「シャル、中の動きは?」
「変化はないですぅ」
それを聞き。
サーミャの口元が、にぃっと吊り上がった。
「なるほどな……」
「ふぇ?」
「知ってるか? 魔法そのものは消されても――」
サーミャは、湖へ向き直る。
「『実物』は消せねぇってことさ」
そして。
長い詠唱を始めた。
湖面が波を打つ。
次第に、水そのものが意思を持ったように蠢き始めた。
ゴボゴボゴボッ――!!
突如。
巨大な水柱が湖面から噴き上がる。
十メートル級の水柱。
まるで、巨大な蛇だった。
「度肝抜かせてやるぜぇぇぇっ!!」
サーミャが両手を振り降ろす。
『スプラッシュ・バイパー――水蛇奔流――ッ!!』
バシャァァァァァッ!!
巨大な水蛇が、咆哮するように――。
洞窟へ突き刺さるように突撃した。
ズガァァァァァッ!!
激流が岩肌を削りながら、一直線に奥へ呑み込んでいく。
「あたい達が味わった分……倍にして返してやるぉぉぉっ!!」
洞窟内部。
魔法封印領域へ突入した瞬間、水蛇そのものの魔力は消滅した。
だが。
連れ込まれた大量の水の勢いは止まらない。
濁流となって、盗賊達の待機場所へ雪崩れ込んだ。
「ぶはぁっ!?」
「な、何だぁぁっ!?」
「水がっ!? うわぁぁぁっ!!」
盗賊達が悲鳴を上げる。
だが。
その中で一人だけ、冷静な男がいた。
大柄な体格。
禿げ上がった頭。
左頬を走る古傷。
盗賊達を支配する男――ドグルス。
「チッ……魔女め」
ドグルスは舌打ちする。
「この程度で、うろたえてんじゃねぇっ!!」
怒号が飛ぶ。
「死にたくなかったら、命令通り動けぇ!!」
「逆らったら奴から殺すぞっ!!」
盗賊達の顔色が変わる。
彼らが本当に恐れているのは、濁流ではない。
――ドグルス本人だった。




