第26話 水牢裂ク
ルティーナは、押し寄せる魔物の群れを見据え、即座に天井へ手を伸ばした。
『崩』
ゴゴゴゴゴッ!!
岩盤が砕け落ち、通路を完全に塞ぐ。
だが――。
『フレイム・ボム――爆炎――』
直後。
ドォォォォンッ!!
轟音と共に、瓦礫が吹き飛んだ。
「逃がさないわ」
揺らめく炎の向こう。
ヘレンが、感情の薄い瞳でこちらを見据えていた。
(この子……火魔法も使えるのか!)
『崩』
通路を塞ぐ。
だが数秒後には、また爆炎。
その繰り返しだった。
「ねぇ、透明になっちゃえばいいんじゃない?」
ルティーナが閃いたように言う。
しかし。
(却下だ)
馬琴が即座に否定した。
(洞窟の中じゃ逃げ場がない。透明化しても、通路ごと火炎で焼かれたら終わりだ)
「うっ……」
(今の『後退しながら崩す』のが、一番安全だ)
だが。
それでも状況は悪い。
じりじりと追い詰められている。
その時だった。
不意に――爆炎が止んだ。
「……え?」
ルティーナの肩から、僅かに力が抜ける。
直後。
「ねぇルナリカ~ぁ」
洞窟の奥から、ヘレンの間延びした声が響いた。
「私ぃ、追いかけっこ飽きちゃたわ」
――ぞわり。
嫌な寒気。
ルティーナが、次の崩落のため、天井へ触れた瞬間だった。
カサッ――。
「っ!?」
岩の亀裂から、何かが蠢く。
「ルナ! 手を放せっ!!」
「え?」
ヘレンの怪しい声が響く。
その直後――。
ルティーナが触れていた天井のヒビから、不気味な音が漏れた。
「ルナ! 手を放せっ!」
その隙間から、毒蛇が飛び出した。
「(え?)」
次の瞬間。
シュバァッ!!
毒蛇が飛び出した。
「きゃっ――!?」
(両手を開け!! 目を閉じろっ!!)
反射的に従う。
瞬間。
ルティーナの両手へ、馬琴が文字を描いた。
【輝】
閃光。
洞窟が真っ白に染まった。
シャーーーーッ!?
魔物達が悲鳴を上げ、壁や地面へ激突していく。
「な、何……!?」
(小通路だ! 壁の中に、小型魔物用の抜け道がある!)
よく見ると、岩壁の隙間には、小動物が通れる程度の穴が無数に空いていた。
ヘレンはそこを利用し、先回りさせていたのだ。
「……!」
だが。
ヘレンは不意打ちが失敗したと悟るや否や、再び詠唱へ移る。
『フレイム・ボム――』
再び瓦礫が吹き飛ぶ。
その様子を見ながら、馬琴が小さく呟いた。
(……妙だな)
「何が?」
(ヘレンの火力がさっきより弱い?)
「え?」
(本気なら、この通路ごと吹き飛ばせるはずだ)
だが実際は違う。
吹き飛ばしているのは、自分が通れる最低限の瓦礫だけ。
(つまり、洞窟崩落を警戒してるんだ)
「威力を上げれば……自分も生き埋めになるってことね」
その瞬間。
馬琴が叫んだ。
(ルナ、粉だ!!)
「粉?」
(いいから早くっ!!)
ルティーナは即座に天井へ触れる。
【粉】
パラパラと白い粉塵が舞い始めた。
さらに。
『崩』!!
轟音と共に、通路を完全封鎖。
「ごほっごほっ、目くらましのつもり?」
向こう側から、ヘレンの嘲笑が聞こえる。
『フレイム・ボム』
直後。
――轟爆。
ドォォォォォンッ!!
衝撃波。
洞窟全体が揺れた。
「きゃあああぁぁっ!?」
ヘレンの悲鳴。
ギャギャッ!!
キィィィッ!!
統率を失った魔物達が、恐慌状態で逃げ散っていく。
やがて。
静寂だけが残った。
「……なに、今の」
(粉塵爆発だ)
「ふんじん?」
(細かい粉が空気中に舞うと、火が一気に燃え広がる)
「あなたの世界、怖すぎない!?」
ルティーナは瓦礫を溶かし、奥へ進む。
その先で。
ヘレンが血まみれで倒れていた。
だが。
「……生きてる」
(火力を抑えてたのが、逆に幸いしたな)
服の裂け目から、背中が見えた。
そこには。
無数の傷痕。
鞭で裂かれたような痕。
焼け焦げた痕。
古い裂傷。
(……なんだ、これ)
こんな傷。
普通の冒険者につくものではない。
ルティーナは、ヘレンへそっと母の首飾りを握らせ、詠唱した。
『キュア・ヒール』
優しい光が、ヘレンの傷を包み込んだ。
【眠】
【硬】
安全のため拘束する。
「この子……本当に裏切ってたのかな」
(……事情がありそうだな)
その時だった。
ピチャ……。
「……え?」
洞窟の壁際から、水が流れ出していた。
しかも少量ではない。
勢いよく噴き出している。
「爆発で地下水脈が壊れたの?」
(違う)
馬琴が険しい声を出す。
(これは『水路』だ)
「水路?」
(この洞窟、何かの施設だったのか?)
嫌な予感。
ルティーナは唇を噛む。
(先を急ごう……!)
ルティーナは、ヘレンをそのまま残し、再び洞窟最深部へ飛翔する。
一方その頃。
落とし穴へ転落したサーミャとシャルレシカは、かすり傷程度で済んでいた。
『ストーム・サイクロン』
落下寸前、サーミャが風で衝撃を殺したのだ。
「ルナがヘレンと戦っています」
「くそっ、あたいが罠を踏んじまったせいで……」
「すまん」
「ルナなら大丈夫ですよぉ」
「この先に大きな悪意の気配がありますぅ」
そして二人は、一本道を進む。
行き止まり――。
二人の前には大きな扉が立ちはだかる。
シャルレシカが索敵する。
「この中にはぁ、敵いませぇん」
「なら進むしかないか……」
二人は扉を開く。
直後。
ゴゴゴゴゴ……!!
轟音と共に、背後の扉が閉まる。
慌てる二人をよそに、天井四隅から、大量の水が噴き出す。
「なっ――!?」
「きゃぁぁぁっ!?」
一瞬で床が水浸しになる。
さらに。
「『ロック・バ――』……っ!?」
サーミャの顔色が変わった。
魔法が発動しない。
――いや、魔法式そのものが、強制的に霧散させられていく。
「魔法封印……!?」
水位は、みるみる膝まで到達する。
普通なら、噴出口を壊せばいい。
だが、天井までは届かない……武器もない。
――魔法すら使えない。
その状況が。
サーミャの脳裏へ、『あの日』を呼び起こしてしまう。
ヴァイスの最期。
(また……)
呼吸が乱れる。
(また助けられない……?)
体が震える。
力が入らない。
視界が滲む。
怖い。
怖い。
怖い。
「ミヤ……?」
シャルレシカが振り返る。
サーミャは虚ろな瞳のまま、水に飲み込まれている。
――五分後。
水位は、すでに胸元を越えていた。
さらに十分後。
首元。
天井まで残り僅か。
「しっかりしてぇ……くださぁい……っ」
シャルレシカが必死に支える。
だが限界だった。
水流が強い。
息が苦しい。
体が重い。
「ミヤぁ……お願いぃ……」
涙混じりの声。
しかし。
サーミャの意識は深い闇に沈んでいた。
何もできないまま時間だけが、無常に過ぎていく――。




