第24話 雷霧荒ル
男達は、薄気味悪い笑みを浮かべながら、静かに廊下を歩いていた。
目指す先は――ルティーナ達の部屋。
ギシ……ギシ……。
古びた床板が軋む。
だが、それを気にする者はいない。
なぜなら――。
すでに、宿の夕食には睡眠薬が混ぜ込まれている。
宿の従業員も。
他の宿泊客も。
全員、夢の中だ。
だから、この襲撃は簡単なはずだった。
「ガキは怪力らしいが、寝てりゃ関係ねぇ」
「首輪付きの魔法使いも、寝てりゃ雑魚だろ?」
「くくく……占い師の女、いい身体してるらしいぜ」
「「「へへへっ」」」
下卑た笑い。
男の一人が、ゆっくりと扉へ手をかける。
――その瞬間だった。
『ストーム・サイクロン――旋風――』
ゴォォォォッ!!
「ぎゃあああっ!?」
突風が炸裂した。
扉ごと吹き飛ばされ、男が廊下を転がる。
「なっ!?」
「起きてるだと!?」
爆風の中心。
そこに立っていたのは――。
ぼさぼさの髪をかき上げながら、不機嫌そうに睨みつけるサーミャだった。
「はぁ……」
額に青筋が浮かぶ。
「腹減ってる時に来るんじゃねぇよ」
低い声。
だが、明確な殺気が宿っていた。
「に、逃げろっ!!」
二人は仲間を見捨て、一目散に逃げ出そうとする。
しかし。
「遅いわよ」
ルティーナが視線を落とす。
床には、すでに――漢字が描かれていた。
【粘】
べちゃり。
「なっ!? 足が!?」
「う、動けねぇっ!?」
床が粘液のように変質し、盗賊達の足を飲み込む。
まるで巨大な沼だ。
「……便利すぎんだろ、それ」
サーミャが感心したように呟く。
「でしょ?」
ルティーナは、にやりと笑った。
そして。
ゆっくりと男達へ歩み寄る。
「さて――」
笑顔。
そこにあるのは、相反する恐怖。
「「夜這いする悪い子には、お仕置きが必要よね?」」
男達の顔が、一気に青ざめた。
小一時間後。
三人組は縄で簀巻きにされ、床へ転がされていた。
ルティーナは男達を見下ろしながら腕を組む。
「食いしん坊のシャルが『夕食は食べちゃダメ』って言うから、怪しいとは思ってたのよね」
「まさか、突然起きて『悪意』が近づいてくるって……」
「突然、起きる上がるんだもんな」
サーミャが肩をすくめる。
一方。
シャルレシカは、眠そうにふらふらしていた。
「……お腹ぁ、ぺこぺこで眠れません~」
「いやいや、あんた滅茶苦茶、熟睡してたよね?」
サーミャは呆れたように突っ込む。
だが次の瞬間。
彼女の表情が変わった。
鋭い視線が、盗賊達へ向く。
「……で?」
床へ転がる男達を見下ろす。
「誰の命令だ?」
その一言だけで。
盗賊達の顔から血の気が引いた。
夜明け前。
ルティーナとサーミャは、盗賊団のアジトへ向かっていた。
空がわずかに白み始めている。
何も知らない、盗賊達は呑気に笑っていた。
「おい、まだ戻ってねぇぞ?」
「……お楽しみの最中だったりしてなぁ」
「くくっ、羨ましいぜ――」
その瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!!
洞窟入口が、爆炎と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
盗賊達の顔色が変わる。
爆煙の向こう。
そこから現れたのは――。
とても機嫌の悪い、二つの影。
「「眠いっ!!」」
盗賊達が固まる。
「腹減ってんのよ!!」
「だから――」
ルティーナが、にっこり笑った。
「八つ当たりさせてもらうわね?」
サーミャの指先に、紫電が奔る。
ルティーナは、手裏剣を構える。
「いける?」
「当然」
――次の瞬間。
二人は同時に飛び出す。
【霧】
シュンッ!!
投げ放たれた手裏剣から、濃霧が一気に広がる。
盗賊達の視界が奪われる。
「なっ!? 前が見えねぇ!」
「どこだ!?」
間髪なく――。
『ライトニング・スプレッド――拡散雷撃――』
バチバチバチィィィッ!!
雷撃が霧全体へ拡散した。
「「「「ぎゃああああっ!?」」」」
霧の中で、盗賊達が次々と感電して倒れていく。
「し、痺れるっ!?」
「ぎゃああああっ!」
盗賊達が次々と倒れていく。
裏口へ逃げようとした盗賊へ、非情な手裏剣が舞う。
【爆】
ドォォォォンッ!!
爆炎が、逃走経路ごと吹き飛ばした。
「な、なんなんだこいつら!?」
「化け物かよっ!?」
「失礼ね」
ルティーナは笑う。
「天使に決まってるじゃないの」
数分後。
立っている盗賊は、一人も居なかった。
その後。
拘束された盗賊達へ、ルティーナが漢字を描き込んでいく。
【睡】
【軽】
【微】
すると。
盗賊達の身体が、みるみる小さく変化していった。
「……いや、反則だろそれ」
「便利でしょ?」
袋詰めにされた盗賊達を見て。
サーミャは久しぶりに、大きく笑った。
数時間後。
盗賊入りの袋を担ぎながら、二人は宿へ急ぐ。
サーミャはふと疑問に想う。
「なぁ、相手を小さくできるなら、普通に最強じゃねぇか?」
「うーん……そう思うんだけどねぇ」
ルティーナは苦笑する。
「そう見えるんだけどねぇ」
歩きながら、手のひらへ漢字を浮かべる。
【軽】
「私の力って、『触れなきゃ』発動できないのよ」
「威力を重視すると時間かかるし」
「だから、先に武器に転写して投げるとかで、応用してんのよ」
「……!」
「しかも、一文字ずつ描かなきゃダメだし」
サーミャは目を細めた。
無茶苦茶な能力。
そう思っていた。
だが実際は違う。
描き。
近づき。
触れ。
発動する。
つまり。
連続攻撃が苦手な超近接型。
「だから、防御役とか時間稼ぎ役がいないと、多人数戦は厳しいんだよね」
「なるほどな……」
「逆にサーミャみたいに、遠距離からドカーン! ってできる方が羨ましいわ」
「つかルナ……」
サーミャが怪訝そうに見る。
「そんな秘密、ペラペラ喋っていいのか?」
「あたいが敵に、なっても知んねぇぞ」
だが。
ルティーナは、あっさり笑った。
「共闘するなら知らないと困るでしょ?」
「私の力」
「……」
サーミャは少しだけ目を丸くした。
――信頼されている。
その感覚が、妙にくすぐったい。
「……変なやつ」
「よく言われる」
二人は笑い合う。
つい数日前まで、死んだような顔をしていたサーミャ。
その横顔へ、ようやく『人間らしい温度』が戻り始めていた。
宿へ戻ると、シャルレシカが満面の笑みで出迎えてきた。
「おかえりなさぁ~い♪」
「……お前、めちゃくちゃスッキリした顔してんな」
「いっぱい寝ましたぁ~♪」
サーミャは呆れたように肩を落とす。
ルティーナは苦笑した。
(まぁ、叩き起こすより自然に起きた方が能力が安定するって話だったしな……)
「シャル、早速だけど情報取りたいんだけど」
「はいですぅ~」
……その時。
ルティーナの視線が止まった。
「ってシャル」
「朝ご飯食べてたでしょ?」
シャルレシカの口元には、ご飯粒が残っていた。
「えへへ」
「まぁいいわ、その分、働いてもらいますからねっと」
ルティーナは袋から、盗賊を一人取り出す。
【眠】以外を解除。
元の姿に戻し、縄でぐるぐる巻きにする。
「んじゃ、起こすね」
(停止)
盗賊が目を覚ました。
「なっ!? ここどこだ!?」
身体は動かない。
その前には。
ニコニコ笑う、三人娘。
「…………」
盗賊の顔は青ざめた。
――自分達は、ヤバい奴らを怒らせた。
その事実を、ようやく理解したのだった。




