第22話 疑問揺レ
サーミャとの間に、『呪いの首輪』という共通点ができた。
だからこそ――。
ルティーナ達は、彼女と共に行動することを決めたのである。
その後。
三人はモルディナ王国の街へ移動し、小さな宿を取った。
軋む床。
煤けた天井。
だが暖炉の火は優しく。
冷え切っていた心を、少しずつ溶かしていくようだった。
ようやく、一息つける。
そんな空気の中――。
ルティーナは、静かに口を開いた。
「……実はね」
「ん?」
サーミャが首を傾げる。
ルティーナは少しだけ困ったように笑った。
「私、本当――『ルティーナ=リバイバ』っていうの」
「…………は?」
「事情があって、今は偽名を使ってるの」
そして。
少しだけ視線を逸らしながら、付け加える。
「私、十九歳だからね」
「…………」
サーミャが固まった。
「じゅ、十九ぅっ!?」
椅子をガタンと鳴らして立ち上がる。
「いやいやいや! どう見ても十歳そこらだろ!?」
「みんな、そう言うのよぉぉぉぉ!!」
ルティーナも机をばんばん叩いて抗議した。
その必死な様子に、サーミャはとうとう吹き出す。
「ぷっ……ははっ」
気づけば、肩が震えていた。
笑う。
本当に、久しぶりに――。
忘れていたこの感覚。
二年間。
逃げ続け、怯え続け、復讐だけを支えに生きてきた。
そんな彼女が、今だけは――。
年相応の少女みたいに笑っていた。
すると。
そんな空気へ溶け込むように、ぽやぽやした声が割り込んでくる。
「ミヤさんってぇ~呼んでもいいですかぁ?」
「み……ミヤ?」
「はいですぅ~」
シャルレシカは、にへらっと笑った。
「サーミャさんだから『ミヤ』ですぅ~」
「ぷっ、なんだそりゃ」
呆れながらも、サーミャは少しだけ口元を緩める。
嫌ではなかった。
むしろ――。
「まぁ、新しい人生についた名前か……悪くねぇな」
そう呟きながら、長く伸びた髪に触れた。
二年間。
隠れるためだけに伸ばした髪。
自分らしさなんて、とっくに捨てたと思っていた。
「気分変えるなら、切っちまうかな……」
ぽつりと漏らした、その時。
「もったいないですぅ~」
シャルレシカは、にこにこしながら言った。
「すっごく綺麗な金髪ですよぉ~」
「……っ」
サーミャは目を丸くする。
綺麗。
そんな風に言われたのは、いつ以来だっただろう。
少しだけ照れ臭そうに笑う。
そこにはもう――。
絶望だけに沈んだ顔はなかった。
翌朝。
ルティーナは、二人を宿へ残し、一人ノスガルドへ向かうことにした。
目的は二つ。
アンハルト達への報告。
そして、『呪いの首輪』について調べるためだ。
一方。
宿へ残されたシャルレシカには、ある役目を任されていた。
サーミャの監視。
そして――盗賊団の調査である。
「ふっふっふぅ~♪」
妙に機嫌の良いシャルレシカ。
「ミヤぁ~、こっちも始めましょうかぁ~」
「いや、昼前までずっと寝てた奴が何言ってんだよ」
「必要な準備ですぅ~」
「絶対、ただ寝てただろ……」
サーミャは呆れ顔だった。
だがシャルレシカは全く気にしない。
机へ水晶を置き、その隣をぽんぽん叩く。
「はいぃ~、座ってくださいぃ~」
「な……何すんだ?」
「盗賊の情報集めですぅ~」
シャルレシカはサーミャの両手を取り、そっと水晶へ重ねた。
「できるだけぇ、思い出してくださいねぇ~」
その瞬間。
ふわふわしていた空気が、すっと消える。
「…………」
水晶を見つめる瞳から感情が抜け落ちる。
サーミャが思わずたじろいだ。
「お、おい……?」
そして始まる。
容赦ない質問攻めが。
頭領の声の高さはぁ?
使ってた武器はぁ?
アジトの匂いはぁ?
近くに水音はぁ?
ご飯は何を食べてましたぁ?
……
「うわっ、細けぇな!?」
「んっ……ご飯?」
だが。
シャルレシカは真剣だった。
断片的な記憶を繋ぎ合わせ、現在地を導いているのだ。
その姿は、もはや占い師というより尋問官だった。
一方その頃――。
ルティーナは、その日の夕方にはノスガルドへ到着していた。
そのまま冒険者ギルドへ駆け込む。
「レミーナさん!」
受付のレミーナが驚いた顔を向ける。
「どうしたの、こんな時間に」
「進展がありました」
その一言で。
レミーナの表情が一変した。
すぐにアンハルトと鑑定室に集まる。
ルティーナは、早速、布包みを机へ置く。
中から現れたのは――。
呪いの首輪。
「あっ……!」
アンハルトが息を呑んだ。
「その宝石……間違いない」
「サーミャが付けていた首輪だ……!」
顔が青ざめる。
「なんで、これを君が……まさか、サーミャは」
「いえ、これを発見しただけです」
「アンハルトさんが言ってたものに似ていたので……」
その時、オリハーデが腰を上げた。
「もしかして、ルナリカや? これを鑑定しろと?」
「ワシを頼ってくれるとは嬉しいのぉ」
上機嫌で首輪を手に取る。
その姿にレミーナが、小さく笑う。
「この人ね、ルナリカちゃんが帰った後――」
「こりゃっ、レミーナぁ!!」
「『孫ができたみたいじゃ』って、ずっと嬉しそうだったんだよ?」
オリハーデが真っ赤になる。
その話に、ルティーナは思わず笑ってしまった。
だが――。
鑑定が始まった瞬間。
空気は一変する。
「……これは」
オリハーデの表情が険しくなった。
「『カース・ストーン』じゃないか!」
全員の表情が固まる。
「条件付き呪術を発動させる特殊魔石じゃ」
重い沈黙。
『どうしたら』
『どうなるか』
――そんな条件を付与できる石。
「つまり……」
アンハルトが顔を歪めた。
「しかも厄介なのは――」
オリハーデは宝石を指差す。
「この石が接触した物体へ、強制的に呪いを固定する点じゃ」
「固定……?」
「普通なら外れん」
「切断も困難じゃろうな」
ルティーナは黙って聞いていた。
(……なるほど)
だが、馬琴は別の部分へ注目していた。
(『誰が』って条件がない……)
なら。
ヴァイスの首輪の条件の仮説――。
『〇分経過すれば爆発する』
少しずつ。
点と点が繋がり始めていた。
「とにかく!」
オリハーデが声を上げる。
「これは危険すぎる! 即座に封印庫へ保管じゃ!」
「お願いします」
ルティーナは深々と頭を下げた。
「本当に凄いですね――オリハーデおじいちゃん」
「ふぉっふぉっふぉっ!」
「(攻略完了ね)」
(何のゲームだよ!)
話し合いを終え、ルティーナが部屋を出ようとした時だった。
扉の外に、ヘレンが立っていた。
「あ、アンハルトさん」
「『暁の疾風』のブレジットさんが、明日の討伐について――」
「そうだった、すぐ行く!」
アンハルトは慌ただしく去っていく。
レミーナも封印庫の手続きへ向かった。
その場に残されたのは――。
ルティーナとヘレンだけだった。
ヘレンは、どこか複雑そうな顔をしていた。
馬琴は、初対面の時の違和感を思い出していた。
視線。
間。
言葉選び。
何かを隠しているような――そんな感覚に苛まれていた。




