第217話 紅ノ焦熱
長明は、エリアルを羽交い締めにしたまま、不気味な笑みを浮かべていた。
その視線の先には、攻撃をためらうルティーナの姿。
――そして長明は、ある挑発に出る。
「ルナリカ! エリアルを助けてほしくば――今すぐ洞窟の三人をここに呼び出せ!」
「!」
ルティーナは目を細めながら馬琴の指示を待つ。
(これは……罠だ)
ルティーナは長明の指示には従わない態度をとる。
しかし、長明はそれを気にする様子もない。
「従いたくないならそれまで……」
「あと十分待つ! 二分経つ度にエリアルの四肢を一つずつ蟹爪で切り落とす!」
――ルティーナの顔色が変わる。
「(そ、そんな!)」
「最後は、こいつの首だ!」
「急いだほうがいいぞぉ~さすがに首が飛んだら、さすがのロザリナでも治せないだろうなぁ」
長明は嫌らしい目つきでルティーナの顔をのぞき込む。
そして容赦なく、時間を数え始める。
「……一……二……三……」
「二分なんかで戻ってこれるわけがないじゃないっ! ふざけないで!」
「俺はかまわんぞ、早くしろ」
「十……十一……」
「僕にかまうな! この好機を逃しちゃいけない!」
エリアルも額から汗を垂らしながらも、ルティーナに無視するように伝える。
「(ど、どうしたらいいの? マコト……わ、私のせいでエルが)」
(ルナっ、弱気になるなっ!)
その瞬間、長明は薄ら笑いを浮かべる。
ルティーナは最悪にも長明に弱みを見せてしまった。
それが、人を洗脳する条件を満たしてしまったのだ。
「『フィルス・ダーク・マニピュレート――強制洗脳――』ぉ」
長明はドス黒い声色で魔法をルティーナに放つ。
「しま――」
するとルティーナは突然、脱力したように瞳孔がひらききったまま呆然としてしまう。
「ルナっ!!」
長明はエリアルをルティーナの前に突き飛ばし、すぐさま地面に潜り身を隠す。
エリアルは呆然とするルティーナの元へ走る。
「大丈夫かルナっ! なにをされ――!」
「る、ルナ……?」
ルティーナはエリアルが近寄ってきた瞬間、短剣でエリアルに襲い掛かってくる。
「な、何をするんだっ! まさか――」
ルティーナの攻撃をかわすエリアルに対して、地中からあざわらうような声がこだまする。
「そうだよエリアル、こいつは俺が洗脳して直接操っているのさ」
「ルナリカの手で全員皆殺しにしてやる」
「くっ! これでは、手出しができない!」
「全員を自分の手で殺してしまったと最大の屈辱を味わいながら、最後は俺に爆散させられるのさ」
「――どこまでもクズなんだっ」
ルティーナは短剣を振り回しエリアルに襲い掛かるが、エリアルは手が出せずに防戦一方となる。
しびれを切らした長明は、ルティーナの短剣を自らの首元へ突き立てさせる。
「な、何を!」
それを見たエリアルは、あわててルティーナに駆け寄り短剣をもつ腕をつかむ。
「ルナっ! しっかりしてくれ!」
エリアルは必死に『ルナ』を連呼し、呼び覚まそうとする。
「(ふふふ、仲間を殺せないのは不憫よの)」
「(まずは、エリアルに消え――)」
その時、突然、長明を通じたルティーナの動きが止まる。
(よぉナガアキさんよ、こんな感じなんだな)
(ドス黒いっつうか……これが洗脳されてるって状態なのかい?)
ルティーナの意識の中に馬琴の意識が乱入する。
(さすがに魔法を食らった瞬間、一時的に俺の意識が飛んじまったよ)
(エルの叫びで俺が目を覚ましちまった)
「(! お前は誰だ! ルナリカの意識ではない……だと)」
(残念だったなナガアキ! 俺は里見 馬琴……)
(あんたが八年前に妨害した勇者召喚の儀で、導かれた男さ!)
「(そんな馬鹿なっ! それでは、このガキの能力は春斗の子孫ではなく貴様の力――)」
操られているルティーナの頭の中で、長明は馬琴の存在に初めて気づき、エリアルも同様に勇者の意識が存在していることを悟った。
(ルナもこのままじゃ、可哀想だ……)
(悪いが、あんたには出て行ってもらうよ!)
「(!)」
馬琴は対長明戦において、勇者の闇魔法を警戒していたのだ。
出港する前に、二センチほどの『マジックシール・ストーン』の欠片をモルデリド王に準備してもらい、【微】を二重に描き込む。
そうすることで百分の一の大きさになり、魔法遮断の効果もほとんど及ばない状態にしていた。
「(ま、まさか、貴様も持ち歩いていたのか! しかも、そんな方法で……解呪するとわぁぁ~っ!)」
漢字を解除することで、『マジックシール・ストーン』は元の大きさに戻り、ルティーナの全身に魔法を無力化する効果がおよぶ。
ルティーナの洗脳は一時的に解放され、エリアルへの攻撃をやめ放心状態になっていた。
「ルナ! ルナ! 正気に戻ったんだね! よかった!」
「え、わ、私……そっか、マコトの機転で――」
ルティーナは両手で頬を叩き、正気を取り戻そうとする。
「痛~たたた! 私はもう大丈夫!」
「エル、ごめんね……襲っちゃって」
「気にしなくていいよ」
「今は、地中に逃げたナガアキの対処を……」
ルティーナは早速地面に手をつき、広範囲で【硬】を描き広げ、地面を硬化させる。
「地面にヒビが入る場所を見逃さないで! そこを攻撃よ!」
そしてルティーナとエリアルは背中を合わせ地面を注視する。
その頃、長明は地中を移動しながら焦りを隠せずにいた。
彼の切り札――残り一本の魔物化の注射器を握りしめながら。
「ルナ、もう二分経つけど……動きが無いね?」
(まさか、すでにこの場から逃げたのか?)
「(じゃぁどこへ?)」
「ルナーッ!」
長明の次の動きを警戒する中、洞窟で分断されていたサーミャ達が駆けつける。
サーミャは、ロザリナに『ダーク・コンバート――魔法譲渡――』を使い、魔力の半分を受け渡すことにした。
すると、ロザリナは魔力が回復し、自動治癒が再開する。
「ごめんね、動けるようになるまで時間かかっちゃった」
ロザリナは前回は採血されすぎ全く動けなかったが、今回は違った。
二日の間、食事を与えられず拘束されていただけで済んだため、徐々に動けるようになっていた。
「ルナ、あいつは! あの野郎はどこだ!」
「シャルの索敵が使えたら……」
「!」
馬琴は、長明が洗脳魔法を使ってきたことで、今は『マジックシール・ストーン』を所持していないことを説明する。
「そうか、それならお礼が出来るってことだな! あんにゃろっ!」
「それじゃぁ、悪意を探してみますぅ」
「シャルっ、こいつを使えっ!」
シャルレシカは『エクソシズム・ケーン』を使い、十キロの広範囲索敵を行う。
「…………うーん」
「どう? 今度は見つかるはずよ?」
しかし、広範囲に広げても長明らしき気配は見つからなかった。
左側の二キロ辺りに、デフルウ――狼の魔物――やデーアベ――熊の魔物――がうろついているぐらいだと言う。
「右側の一キロから向こうは、まったく索敵ができないですぅ……」
シャルレシカは右側に見える火山の方向を見つめる。
(――そうか、もともと設置している『マジックシール・ストーン』の領域まで、地中を潜って逃げきったのか!)
「(でも、そこって)」
(あぁ、魔物が大量に潜んでいる可能性がある……それに日も昇っちゃってるし、デグルーイ――鷹の魔物――がいるとやっかいよね?)
「(これじゃ、ジリ貧だ――)」
そんな中、突然、地面が大きく揺れ、火山が噴火する。
――ドゴゴゴゴーンっ
「今度は、なによっ!」
「見ろ、あの山だ――!」
(まさか、あいつ……火山に……)
火山の頂上からは大量のマグマが噴き出し、溶岩が辺りに降りそそぎ、ルティーナ達を襲い始める。




