第156話 移魂攻防 ~前編~
ルティーナは、ノキア王を救うため朝時が存在する水晶を体の中から取り出した。
救出を優先していた馬琴は、水晶に触れた人間へ憑依するという重要な事実を失念していた。
自らが水晶からルティーナへ乗り移ったという事実を――。
「(え、私の中にタイヘイが入って来るの?)」
しかし、水晶の中で朝時は相変わらず騒ぎ続けていた。
『出せよっこらっ!』
『(くそっ、やはり抜き出されるとこうなのか……しかし、水晶が刺さっていない里見は、なぜあの娘に?)』
馬琴は胸を撫で下ろした。
(それはなさそうだ――)
「(良かったぁ……マコトだけでうんざりよ)」
(……ひ、酷い)
馬琴はルティーナに変化がないことに三つの仮説を立てた。
一つ、水晶に戻ると、二度と外へ出られなくなる。
「(それだったら、もう解決じゃない?)」
(――だが、それならルナから俺を水晶ん使って抜き出そうとした意味が通らない)
二つ、一度乗り移ると同じ人間にしか戻れなくなる。
「(じゃぁ、ノキア王に触れさせなければ解決なの?)」
(それは断定できない)
最後の一つ、誰かが既に入っている人間には乗り移れない。
「(つまり、私の中にマコトが居るから?)」
(それでも最悪だ、ルナとエル以外が触れたら乗り移られてしまう)
(いずれにせよ、水晶から再び出られる可能性はある……とにかく触れさせないに越したことはないか――)
しかし朝時も馬琴と同じように、ルティーナに乗り移れなかった仮説を立てていたのだ。
『(ドグルスが調べた情報通りなら……水晶に触れた人間に乗り移れるはず)』
『(――だがルナリカには乗り移れなかった……何故だ)』
ルティーナと馬琴の意識が水晶の謎に集中している間に――。
エリアルが耳を水晶に近づけていた。
「さっきまで騒いでたのに、急に何も言わなくなりましたね?」
『(そ、そうだっ! とにかく触れろっ!)』
『(戦力的には、こいつよりサーミャの方が……いや、まずは触れさせることが先だ)』
ルティーナは、大慌てでエリアルに水晶を触らせないように指示を出した。
「エルっ、触っちゃだめ――」
しかし、時すでに遅く――エリアルは水晶に触れていた。
「ルナ、どうしたんだい? 急に大声あげて!」
エリアルは何もなかったかのように騒ぐルティーナを見つめる。
馬琴は、エリアルにも誉美が存在している。
だからこそ、何も起こらなかったのだとひとまず安堵した。
逆に朝時は、他の人間が触れて何も起こらない事に絶望を覚え始めた。
ルティーナは朝時に悟られないように、エリアルに小声でつぶやく。
「エル……後で話すから」
「?」
そこへハーレイも興味津々、近づいて来る。
「どうしたんだい? ルナリカちゃんっ」
「その水晶に入っているのは人間なのかい? もっと近くでよく見せてくれないか?」
「あ~っ! さわっちゃ駄目ですっ!」
「そもそも、目、まだ見えてないんでしょ?」
ルティーナは触らせまいと水晶を持ったまま距離をとる。
(とにかくエルも無事でよかった)
「(そうね、マコトと会話に夢中になりすぎてうっかりしてたわ)」
しかし、エリアルもルティーナと同じ境遇であるため、朝時が憑依できない理由はますます迷宮入りする。
だが、朝時だけは違った。
『(おかしい……そうなると、ノキア王にしか俺は戻れないということか)』
彼は、エリアルの中に誉美が居ることを知らない為、結論がそこに行くしかなかった。
『(だが、あのルナリカ……いや里見の慌てっぷりに違和感が……)』
馬琴はルティーナに、布か何か包む物を用意させるように指示する。
それを聞いたハーレイは自分のマントを差し出し、それで朝時の入っている水晶の破片をぐるぐる巻きにするのであった。
「これで良しっ」
「皆、一つだけいい?」
ルティーナは、この水晶には直接触れないように注意喚起した。
――だが、その行為は朝時が一度は否定した仮説へ、再び辿り着かせてしまう。
『(……ノキア王以外でも憑依できるということか?)』
『(何故そうなる? エリアルの中に誰かいないとそんな発想には――!)』
そんな中、ダブリスがルティーナに声をかける。
「ルナリカ、貴方には大変申し訳なく思う。だが、ノキアを助けてくれてありがとう」
「私達は、それなりの処分は受けるつも――」
ルティーナは複雑な心境になりながら、ダブリスの話を止める。
自分の父親を暗殺しようとした仲間なのだから言いたいことは山ほどあった。
「そうね、あなた達を許すつもりはないわ……」
「王直属の暗殺部隊って王の命令は絶対よね――?」
ダブリスはルティーナの真剣なまなざしから目を逸らさない。
「だけど、王様は別人だったんだもんね……それぐらいわかってる」
サーミャは何が言いたいのかは察していた。
「ルナ……お前」
「私もはっきりしておきたいの……」
「ねぇダブリス、暗殺部隊の事を全て話してくれる?」
ダブリスは素直に答えることにした。
「ご配慮に感謝する」
「暗殺部隊は俺とそこにいるフェンガと他に――」
「あと、最低三人はいるというか……いたわよね?」
「! そうか、そこまで知っているのか」
ダブリスは、横たわるノキア王を見つめながら語り始めた。
「暗殺部隊が作られたのは八十年前だ」
「近衛師団や魔導師団では対応できない、表に出せない任務を行うためにな」
「他国への潜入、情報収集……そして必要なら暗殺も任務だった」
(八十年前……俺達より前に勇者召喚した時じゃないか?)
「どうして、そんな組織が結成されたの?」
「すまない、俺がこの部隊の隊長になったのは十数年前なんだ」
「結成した理由は伝えられていない」
ルティーナはもう一つ気になっていたことがあった。
「ねぇダブリス、なぜ、あなたは王の事を呼び捨てにするの? それも暗殺部隊のルールなの?」
ダブリスは首を振りながら、自分の出生を語り始めた。
「……俺がその部隊に入ったのは、三十年ほど前だ」
「五歳の時、両親を失った」
「引き取り手もなく、孤児院で暮らしていた」
ルティーナは黙って耳を傾ける。
「数年後、俺に闇魔法が現れた」
「そのせいで周囲から恐れられ、忌み子と呼ばれていたんだ」
ハーレイはその言葉に頷く。
「闇魔法が使えるとそんなもんだよな……俺もそうだった」
「……そんな俺を拾ってくれたのが、当時の暗殺部隊隊長だった」
「裏から手を回し、孤児院からこの城の地下施設へ連れて行かれ育てられたんだ」
――ダブリスが暗殺部隊として力をつけ始めたある日の事。
城の頂にある展望室から転落する少年を、隠密で訓練していた最中に助けた。
「俺が助けた相手は……当時、王子だったノキアなのさ」
「悪ふざけをして、誤って転落したらしい……」
それが二人の出会いだった。
同い年であった王子と、その日から二人は秘密で交流するほどの親友になった。
それから数年。
ダブリスは暗殺部隊で経験を積み、やがて隊長を任されるようになった。
一方、ノキアも王として国を背負う立場となる。
二人なら、この国をもっと良くできる。
あの頃の俺は、そう信じていた。
「だが、あの事件の日からノキアは変わってしまった……」
「王都爆破事件ね」
「あぁ、俺はあの日は別任務で不在だった」
「ノキアが大怪我を負ったと聞き、気が気でならなかったが、翌日、無事と聞かされ安堵したんだ」
「だが――」
「その怪我はこの水晶だったってわけか!」
「あの時から、ノキアと関係が親友から支配下に変わってしまった」
「だが理由はわからなかった。事故のせいで性格が変わってしまったのかとも思った」
ノキア王から下された指令――。
水晶の破片について知る人間、関わる人間を違和感なくかつ事故、事件のようにし一度にではなく数年に一人ないし二人の単位で抹殺する事。
そして、水晶の破片を集める事であった。
「――!」
ルティーナはその一言に絶句する。
事件の日に『水晶が空に舞う光景』を目撃したバルストが、暗殺対象になったことを理解したのだ。




