第140話 故事来歴《こじらいれき》
サーミャは腕を組んだまま、ガベルを睨みつけていた。
ロザリナ誘拐までの経緯は理解した。
だが――どうしても腑に落ちない一点がある。
「なぁ」
サーミャの低い声が洞窟内に響く。
「お前が言ってた『エレン』ってのは……『ロザリナ』のことだよな?」
ガベルはゆっくりと目を閉じた。
その言葉に、サーミャの眉が吊り上がる。
「捨てた? 見守ってた? それで誘拐かよ!」
「……話が繋がんねぇぞっ」
シャルレシカが一歩前に出る。
「過去を見ますぅ」
ガベルは小さく頷いた。
水晶が淡く光り、空間が揺らぐ。
映し出されたのは、二十年前の山小屋だった。
そこには若き日のガベルと、病に伏せる女性がいた。
そして――生まれたばかりの赤子。
その子の瞳は、左右で色の違うオッドアイだった。
「この女性が、リーナの本当の母親か?」
サーミャが呟く。
ガベルは静かに答えた。
「チズル……勇者の娘だ」
その言葉に、空気が張り詰める。
「勇者の……娘だと? ――リーナが?」
チズルは一年ほど前、山中で倒れていたところをガベルに救われた。
それ以来、身を隠すようにして暮らしていた。
だが――すでに彼女は限界だった。
そして子を産み、残した。
『この子を、一生守ってください』
それが彼女の最期の言葉だった。
ガベルはその赤子を寝かしつけ、チズルの墓を作るため小屋を去る。
その背後――。
そこへ身重な女性が、その様子を遠くから見つめていた。
「……あれは誰だ?」
サーミャが問う。
ガベルは目を伏せる。
「俺の妻……カレンだ」
「は――――?」
サーミャの声が跳ねる。
「じゃあチズルさんは、なんなんだよっ!」
その瞬間、場の空気が凍る。
――そのまま水晶の画像は無常な光景を映し出す。
カレンは衝動のままガベルが離れた隙に、小屋へと踏み込んだ。
そして、赤子を抱き上げたまま、山道を駆け崖へ向かう。
「そんな……まさか……」
サーミャが息を呑む。
次の瞬間。
カレンは赤子を投げ捨てようとしていた。
だが、足を滑らしてしまう。
――落下。
どれほど時間が経ったのか分からない。
カレンは岩場で目を覚ました。
全身が砕けるように痛い。
そして腹の中では、もう一つの命が限界を迎えていた。
「……くそっ……」
その傍らには――連れ去った赤子がいた。
泣き声だけが響く。
――そのときだった。
赤子が、光を放った。
神々しいほどの光が周囲を包む。
痛みが消える。
恐怖が薄れる。
死の気配すら遠ざかる。
それはまるで『救い』のようだった。
「(まさか、リーナが魔力をうまく制御できないのは……あの事件がきっかけだったのか?)」
サーミャが呟く。
ガベルは頷く。
「あの後、俺が駆けつけカレンと赤子を助けた……」
その瞬間、カレンの中で怒りは静かに消えていた。
残ったのは罪悪感だけだった。
そしてその子は『エレン』と名付けられ、我が子として育てられることになる。
数週間後。
カレンは無事にもう一人の子を出産し、『ヘレン』と名付けた。
その名前を聞いた瞬間、サーミャとシャルレシカの眼が合う。
「ヘレンてぇ、生き別れてた姉を探しているってぇ言ってましたよねぇ?」
「そういや、ヘレン=レルナードだよな」
「……お前! もしかして――」
ガベルの表情が凍りついた。
「何故、知っている! まさかヘレンの事を知っているのか?」
そしてサーミャからヘレンの話を聞かされ、ガベルは何も言い返せなかった。
シャルレシカは悩む。
「つまりぃ、リーナとヘレンは異母姉妹じゃないですかぁ?」
「はぁ!?」
サーミャの声が跳ねる。
ガベルは震える拳を握りしめた。
「俺のくだらない判断が、二人の運命を変えたのか……」
その後、ガベルは許してくれたとはいえ、カレンとの生活は耐えられなくなった。
そして家族から離れ、チズルとの約束は守ろうと誓いエレンを連れて逃げた。
だが育て方も分からず――酒に溺れた。
そしてある日。
ブクレインの街。
流産し絶望する女性を見た。
「俺は――」
気づけば、赤子をその家の前に置いていた。
その女性は赤子を受け入れた。
そして『自分の娘』として、ロザリナと名付け育てた。
「それがリーナのお母さん」
サーミャの目が細くなる。
「てめぇ、最低だな」
ガベルは否定しなかった。
「俺は……守れなかった」
「だから……せめて見守るくらいしか……」
――その言葉の直後。
ガベルの首の痣が光り始める。
頭の中に声が割り込む。
『お前は喋りすぎた』
「な、俺の頭の中に声が――!」
空気が張り詰める。
「「――!」」
『役目は終わりだ』
次の瞬間、ガベルの体が膨張する。
「ぐぁぁぁぁっ!」
「シャル! こいつなにかやべぇ!」
「離れろっ!」
サーミャが叫ぶ。
だが遅い。
爆ぜた。
残ったのは、肉片すらない空白。
「くそっ……!」
サーミャは歯を食いしばる。
「自爆? いや、そんなはずは――」
「ルナから聞いた、スレイナと同じ処分じゃねぇか……!」
シャルレシカが呟く。
「過去視はぁ、これでは無理ですぅ……」
そして、その記録はそこで途切れた。
不自然なほど綺麗に。
サーミャはやるせなさを飲み込むように息を吐いた。
「仕方ねぇ……」
サーミャは小さく舌打ちした。
「一度引くぞ! シャル」
シャルレシカは小さくうなづき、サーミャに抱き着く。
「ギンさんのとこに飛ぶぞ」
サーミャとシャルレシカは転移魔法でその場を離れた。
その時――
静かにガベルの崩れた痣は、微かに脈打ち、そして静かに消えた。
『許してくれ……娘達……幸せになってくれ』
その声だけが、誰にも届かぬまま洞窟に溶けた。
その頃、ロザリナを連れ去る男達を追う、ルティーナとアンハルトは洞窟を抜け外に出ていた。
「川?」
ルティーナは目を見開く。
「あぁ、この川の先は大海へとつながっているんだ」
「ねぇ、アンハルトさん……あの船!」
ルティーナは少し離れたところに停泊している船の存在に気付く。
――すると、その船から一人の男が不敵な笑みを浮かべながら降りてくる。
「まさか、こんなに早く追いつかれるとはな……」
「あなた! リーナを海に連れ出そうっていうの!?」
その男は早足になり、ルティーナ達に近づきながら注射を首元へ打つ。
「……はは……気持ちいいぞ……」
男の身体は見る見るうちに甲羅に覆われ始め、足は六本になる。
そして両手はハサミのように変化した。
「……またあの薬か!」
「あれは、デブラク――蟹の魔物――だ!」
六本の脚で地を蹴り、一気に距離を縮める。
それを見たルティーナは『デストラクション・シューター』を構え、攻撃態勢に入る。
「アンハルトさん、こいつは私が――」
しかしアンハルトはルティーナの腕に手を添え、押さえつける。
「いや、こいつは俺がやる!」
「サシなら俺の独壇場だ」
デブラクになった男はすぐそこにまで近づいていた。
アンハルトは視線を外さぬまま叫ぶ。
「お前なら、あいつを飛び越えてあの船まですぐに行ける!」
「ロザリナはまかせたぞ」
「はい」
そしてルティーナは背中から翼を生やし、デブラクを飛び越え停泊している船へと向かう。
「ちっ! 逃がすかよ――」
そこへ、アンハルトがデブラクの背中へ剣を突き立てる。
「貴様の相手は俺だ!」
しかしデブラクは余裕だった。
「そんな剣で、俺の甲羅は刻めないぜ」
「!」
アンハルトは勢いよく剣を突き刺そうとするが、全く刺さる気配はなかった。
デブラクの甲羅の硬度は魔物の中では最強と言われているが、剣で切り刻めないわけではない。
「(刺さらない……だと?)」
アンハルトが態勢を立て直すより早く、デブラクはハサミで反撃にでる。
咄嗟に盾で防ごうとするが、あっさりとハサミで切り裂かれてしまう。
「! そんな馬鹿なっ!」
デブラクから笑みがこぼれる。
「残念だったなぁ、ただのデブラクと同じだと思ってんじゃねぇぞ!」
「弱点は強化されてんだよぉ」




