第139話 追跡調査
エリアルが戦闘に入る中、反対側の洞窟――。
土砂崩れによって塞がれた通路の中でサーミャは膝をつくこともなく、ただ黙々と地面を睨み続けていた。
魔法は使えない。
ブライアンは血を流したまま意識を失っている。
それでも焦りに飲まれなかったのは、ただ一つ――『すぐそばにある歪み』という確信だけだった。
「(ルティーナの予想が正しいなら……この辺りになるんだが)」
サーミャは剣先で地面を突き続ける。
その時だった――。
微細な違和感。
地面に剣が刺さらない。
「……っ、今のは……何かに当たった?」
サーミャの目が鋭く細まる。
「ここか……っ!」
次の瞬間、迷いはなかった。
剣を深く突き刺し、土を抉り返す。
「み、見つけたぞ……くそがっ!」
地中から現れたのは、小さな『マジックシール・ストーン』。
――それを剣で粉々にした瞬間、空気が変わった。
圧迫していた重さが消える。
魔力が、戻る。
「……よし!」
サーミャは即座に振り返った。
「グルバス! どけろ! もう十分だっ!」
「はぁ!? おい、え――」
言い終わる前に、サーミャは魔力を叩き込む。
次の瞬間。
――ドゴォンッ!!
爆ぜるような轟音とともに、岩壁が内側から吹き飛んだ。
吹き飛ばされたグルバスが転がる。
「――っっっ!? 殺す気かぁぁぁ!!」
だがサーミャは一切見ていなかった。
「シェシカっ来てくれ! ブライアンを頼むっ!」
「わ、わかったわ……!」
シェシカはすぐに駆け寄り、治癒魔法を発動した。
――だが顔色が曇る。
「もう傷の再生はできないけど、出来る限りやるわ」
それでも彼女は諦めなかった。
最大級の『キュア・ヒール』を叩き込む。
傷は塞がったが、失われた血は戻らない。
ブライアンは一命はとりとめたものの、かすかに呼吸をしているだけだった。
「骨折もしてる……命は助かったけど……」
「……そうか」
サーミャの声は低い。
だが怒りは消えていない。
ただ、形を変えただけだった。
「サーミャ」
シェシカが静かに言う。
「さっき連絡があったわ! 向こう側が本命みたい」
「でも……」
サーミャは首を傾げる。
「……どうかしたのか?」
「今、ヘレンと連絡が途絶えてるの」
「……くそっ!」
サーミャは短く息を吐いた。
そして視線を上げる。
「グルバス、ブライアン連れて馬車に戻ってくれ」
「わかった……これから救援に転移するのか?」
「ルナなら任せられる」
「逃げた奴だけはあたいが仕留める」
「――やられっぱなしは性にあわねぇ」
迷いはない。
シェシカも続く。
「なら私も行くわ」
「ダメだ」
即答だった。
「ブライアンが急変したらどうすんだよ」
「……っ」
シェシカは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに頷く。
「わかったわ」
「頼む」
短いやり取りのあと、サーミャとシャルレシカは先に進む。
「シャル、行くぞっ」
「はいですぅ」
「もう追跡はばっちりですぅ」
その声に迷いはなかった。
洞窟の奥。
逃げる男の気配は、まだ消えていない。
「逃がすかよ……」
サーミャは地面を蹴った。
――そして数分後。
視界の先に、男の背中が見えた。
「てめぇ……逃げ場はねぇぞ」
「ひっ……!」
男は振り返る。
だがその目は、すでに混乱していた。
「ま……待ってくれ!」
「ここはどこなんだ……?」
サーミャの怒りは沸点を超える。
「ぶ、ふざけんなっ!」
サーミャの手が男の襟を掴む。
「とぼけてんじゃねぇ!」
するとサーミャは男の首元の異変に気付く。
「て、てめぇ痣……やっぱり! ノキア王か? 勇者か? どっちの回しもんだ!」
男はサーミャの言っていることがわからず、ひたすら怯える。
「ひぃ~っ……」
しかし、シャルレシカがサーミャを静止した。
「ミヤぁ~、この男から悪意を感じませんよぉ」
「な、なわけあるかよっ! 例の痣があんだぞっ! 痣が!」
サーミャはシャルレシカを振り切り男に掴みかかる。
「シャルは騙せても、あたいは騙されねぇっ!」
「なんでリー、いや、ロザリナを誘拐したぁっ!」
男の動きが止まる。
「ろ……ロザリナ?」
「しらばっくれてんじゃねぇっ!」
男は混乱したまま叫ぶ。
「俺はただ酒を飲んで……宿で……それで……」
「……っ」
その言葉に、サーミャの動きが一瞬止まる。
だがすぐに首を振った。
「そんな話、信じるかよ」
しかし――。
男の表情が歪む。
「……なんだ、この記憶は……?」
「ぐわ――――――っ?」
急に苦しみ悶えながら地面に倒れる。
「俺が……エレンを……誘拐するなんて――」
「エレン?」
「(……誰だ?)」
サーミャは眉をひそめた。
「動くな」
サーミャはシャルレシカに過去視させることにした。
男に触れた瞬間、その動揺の意味を悟る。
水晶に映る――記憶断片。
カルラの宿。
他の二人の男達との楽しそうな宴会。
交わす酒。
――そして、記憶を追おうとした、その瞬間――黒い影。
その途端、男達の顔が急にねじ曲がる。
「様子がおかしいぞ?」
三人は示し合わせたかのように一斉にロザリナの眠る部屋へ襲撃を始めたのだ。
突然の襲撃にロザリナは抵抗するが拘束され注射を打たれる。
抵抗する間もなく、意識を失った。
サーミャは水晶を見ながら唇を噛む。
「リーナ……」
そして、彼らは部屋の荷物とロザリナを担ぎ出し、日が昇る前に宿を後にしていく。
サーミャは息を吐く。
「まさか……洗脳魔法かよ」
「じゃあ、こいつは……被害者なのか?」
――記憶はどんどん遡っていく。
襲撃前の記憶。
そこには自分達を遠くから尾行していた。
だがロザリナの事だけは、まるで親が見守るかのような目で見つめていた。
「やっぱり、ロザリナを最初っから誘拐するつもりだった……」
「でもぉ、なんで優しい目なんでしょう?」
そして水晶の光が静かに消える。
「……」
サーミャは消化しきれない顔をしながら男に自白をさせる。
「俺の名前はガベルだ……」
「エレンは……俺が捨てた娘なんだ……」
サーミャの眉がぴくりと動く。
「……何だと?」
「ずっと……いつも遠くから見守ってた」
「仲間と思われる冒険者達とカルラの宿に泊まっていることも知っていた」
そんなある日、スレイナという女に声をかけられた。
「その時から数日間の記憶がないんだ……」
一週間前。
――ルティーナ達がタリスの店で新兵器『デストラクション・シューター』の完成に沸いている日。
「気が付くと、スレイナと一緒に居たんだ……」
『あぁ、今までどおり、あの女を見守ってやればいいさ』
『あと、二人ぐらい仲間を付けてやる』
と言われ、隣の部屋を確保した。
「隣の部屋に娘が居る……そう思うだけでうれしかった」
サーミャは顔をしかめる。
「さっきから娘だのエレンだの――どう話を聞いたって! リーナの事じゃねぇか!」
「どういうことだ! 確かに、あいつは捨て子だった……」
サーミャはガベルに殴りかかった。
「ふ、ふざけんなよ!」
「てめぇが捨てた娘を見守ってた? 馬鹿も休み休み言いやがれっ!」
サーミャの怒りは収まらない。
「俺は、なんで誘拐したんだ!?」
「わからない……わからない――」
ガベルは頭を抱え泣き叫ぶ。
殴られた衝撃で、微かに記憶がよみがえる。
彼らが宿を出た後、しばらく夜明けの街道を馬車で走る中、頭らしい男と遭遇する。
「その男は二人とロザリナを連れ去ったんだ」
「そういうことか……」
「そして、おまえはこの洞窟に潜んでたってことか!」
「俺は何かに操られるように、この洞窟の裏側から入ったんだ」
「それから……気付くと一人だった」
「スレイナのやろう……用意周到だなっ」
「……この人、悪意じゃないですぅ」
「だからって、終わりじゃねぇ!」
「まだ、お前には聞くことがあんだよっ!」
サーミャの拳は震える。




