第138話 生贄儀式
サーミャ達が罠にはまったという知らせを受けても、ルティーナ達は念のため探索を続けていた。
そして数分後――。
「ルナリカ!」
ヘレンの声が跳ねた。
一気に空気が変わる。
「ロザリナよ! 居たわ!」
「それと、そこに男が三人!」
「三人……?」
(誘拐犯は三人のはずだ……)
(仲間と合流したのか?)
「それと……ロザリナの腕に管みたいなものが刺さってる?」
「血が抜かれているように見えるわ」
「管?」
違和感が一段深くなる。
「もう少し近づいてみるね」
ヘレンは一匹のネズミをロザリナに近づけた。
だが次の瞬間、ヘレンの声が途切れた。
「っ……!」
「ヘレン!?」
「ロザリナに接触した瞬間に……ネズミとの繋がりが切れた!」
再接続を試みる声が震える。
沈黙を破ったのは馬琴だった。
(……これ、たぶん最悪のパターンだな)
推論は短い。
(ロザリナが『マジックシール・ストーン』を持たされている)
「(だから身体強化が使えず、鎖も破壊できないのね)」
状況の線が一気につながる。
「つまり、ミヤ達の方が囮ね」
ルティーナが呟く。
推理はすでに一つに収束していた。
「誘拐は最初から分断前提」
「万が一ばれてもいいように、あえて近くの洞窟を潜伏場所に選んだのよ!」
ルティーナは静かに息を吐く。
「こっちが本命よ」
その一言で全員の表情が変わった。
そして、ルティーナは即断した。
「ヘレン、ミヤ達が脱出出来たら合流指示を出してくれる?」
ヘレンが頷く。
その直後、ネズミが戻ってきた。
ネズミ達は道を示すように、一つの方向へ集まり始めた。
「この子たちが、最短ルートを教えてくれるわ」
「罠の心配は?」
「問題ないわ」
ヘレンは小さく笑った。
「全部潰してあるわよ」
「……は?」
ルティーナの目が一瞬だけ細くなる。
「ネズミちゃん達、有能ですもの」
「あはは……頼もしすぎるわね」
乾いた笑いが漏れた。
だがその奥で、緊張だけは一切ほどけていなかった。
四人は互いに頷き合う。
「ギンさん、留守番をお願いね」
「しばらくしたらミヤが転移魔法でここに来るわ、何が起きても慌てないでね?」
「て、転移魔法? 慌てないでって何だよ?」
「また、秘密ネタか? お前らなぁ……次から次に」
呆れるヘギンズを残し、四人は洞窟に突入する。
洞窟を進む中、アンハルトが声を落とす。
「ルナリカ。少し相談がある」
二人は自然と戦闘時の布陣について話し始めた。
「相手は最低三人……この戦力なら、先頭はエリアルがいい」
「今の二刀流の戦闘適性が高い」
「じゃあ、アンハルトさんは?」
「俺は最後尾だ」
「俺の闘い方は、そもそも連携戦には向いてないんだ」
迷いのない言い切りだった。
(……個の強さで成り立つタイプか)
ルティーナは納得と警戒を同時に飲み込む。
アンハルトは続ける。
「もし『マジックシール・ストーン』があるなら、ヘレンとエリアルは即撤退だ」
「そうですね。状況次第で判断しましょ」
その瞬間、馬琴の中で別の違和感が浮かぶ。
(エル……そうだ。魔法剣士ってことになってるんだった)
エリアルの正体まで知られれば、敵に余計な情報を与える。
「(ところでエル)」
「(どうしたんだい?)」
「(魔法剣でないことは言わないで)」
「(大丈夫だよ、トモミさんの件は秘密だからね)」
エリアルも小さく頷き、その場はルティーナに任せることにした。
一方、ルティーナ達が洞窟へ踏み込む、その少し前――。
ロザリナは、薄暗い空間に繋がれたまま、呼吸だけで意識を繋いでいた。
「(さっきの男は一体……私が孫?)」
「(捨て子だった理由は何か理由が……)」
一時間ごとに抜かれる血は、致死量に届かない絶妙な量。
その代わりに回復薬を流し込まれ、かろうじて生かされている。
「(あれから何時間経ったのかしら?)」
──生かすための拷問。
首元には小さな『マジックシール・ストーン』の首飾り。
鎖は重く、指に力を込めても軋むだけだった。
そして監視する二人の男達が話し込む。
「なぁ……効率、悪すぎねぇか?」
一人の男が舌打ちする。
「二リットル集めるのに、こんな手間かけてよぉ」
「仕方ねぇだろ。一度に抜いたらしんじまうんだから」
もう一人が吐き捨てる。
「あの方は何を考えてるんだろうな? 生き血でないと駄目って」
「いっそ殺しちまえば早ぇのによ」
「ダメだ」
「『生きたまま』って連れてこいって命令だぞ」
「それに抜いた血は三日寝かせなきゃならねぇ」
空気が一瞬だけ重くなる。
「(私の血液で、何をする気なの?)」
ロザリナが監禁されている場所にもう一人の男が駆け込んでくる。
「おい、無駄話してる場合じゃねぇ!」
「もう……来やがったか」
男たちは一斉に動いた。
「罠は仕込んである」
「そう簡単には来れやしねぇ」
「だが長居はできねぇ。予定変更だ」
ロザリナを鎖でつないだまま、男二人は持ち上げる。
鎖の音が乾いた洞窟に響く。
「移動するぞ! 外の川辺に止めている船まで運ぶぞ」
「採血は?」
「あとでいい。船の上だ」
「は? 船酔いで吐かれたらどうすんだよ」
「その時はその時だ」
ロザリナは視界が揺れる中で運ばれていく。
一方その頃――ロザリナが別の場所へ運び出されようとしているとは知らず、ルティーナ達は順調に奥へ進んでいた。
「罠がないだけで、ここまで楽とはね」
ルティーナの声に、空気が少し緩む。
(ルナは、たいてい罠にかかってるからな)
「(言わないで……)」
「闇魔法使いか……調査や通信もできるなんて便利よね」
ルティーナはアンハルトを見つめる。
「これ以上、俺のとこから引き抜くなよ」
「しませんってば」
軽口が交わされる中、ヘレンが前に出る。
「この先、埋まっています。土魔法ですね」
「なら──壊す」
エリアルが一歩出る。
大剣が低く鳴った。
「『ソード・オブ・スラッシュ』」
(【斬】)
一閃。
壁が『切れる』というより『消えた』。
向こう側の空間が露出する。
そこにいた男が凍りつく。
「えっ──もう来たのかよ!」
「貴様っ! ロザリナはどこだ!」
「さぁな……! (なんで、俺が時間稼ぎ役なんだよ)」
男は動揺しながらも、首元に注射器を指す。
「っ……!」
薬が流し込まれた音。
男の口角が吊り上がった。
「……はは……気持ちいいなぁ……」
皮膚の下で『何か』が動く。
背中が膨れ、骨が軋む。
ヘレンが息を呑む。
「……変質してる」
(また、デルグーイ……か?)
さらに異形の気配。
背中から腕が四本生え、体中が体毛で覆われていく。
アンハルトが顔をしかめる。
「まさか、巨大なデダイパス――蜘蛛の魔物――か」
そして、エリアルは即座に構える。
「ここは僕がやります!」
「うん! 任せるわ」
「(ここなら、『マジックシール・ストーン』の影響がなさそうだから、気にせず思う存分戦えるわ)」
ルティーナ達が動こうとした、その瞬間──
「きゃーーっ!」
「ヘレンっ!」
デダイパスは糸を伸ばし、ヘレンの脚の自由を奪い手繰り寄せる。
「っ……! アンハルトさんっ」
「戻るな!」
「エリアルとヘレンを信じろ。俺達は先へ行くぞ!」
ルティーナは一瞬止まり、そして歯を噛む。
「……はい」
空間が一気に閉じる。
デダイパスは糸を天井へと張り巡らし異様な光景に変わっていく。
そして捕まったヘレンは吊り上げられてしまい『エクソシズム・ケーン』を落としてしまう。
「(……まずいな)」
エリアルは踏み込まない。
――いや『踏み込めない』。
糸が『間合い』そのものを支配している。
「このくらいの糸なら斬れる……しかし、ヘレンが」
「くくくっ、さぁ……一方的な制圧を始めようか?」




