第135話 陰謀詭計《いんぼうきけい》
ここはノモナーガ王国、ノキア王室――。
ノキア王と暗殺部隊の長――ダブリスが密談していた。
「……どういうことだ」
「ヘルアドの妹は始末したはずではなかったのか」
玉座の前に跪くダブリスは、重々しく頭を垂れた。
「申し訳ございません……」
数日前、テレイザが入手した情報を元に、もう一人の部下とジェイスト村へ向かって以来、一切連絡が取れない。
「情報の出どころはテレイザか……ならば、初めから仕組まれていた可能性もある」
「……あの組織の情報を信用しすぎたのかもしれません」
彼らは、ノキア王の先々代の時代より秘密裏に組織された王宮直轄の極秘部隊。
――暗殺部隊において捕縛されれば情報漏洩の危険があるため、掟として自決する決まりとなっている。
「ここ数か月で暗殺部隊のうち、三人も失うとは……失望だな」
ノキア王の声音が低く沈む。
「たかが老女一匹を始末するために二人も送り込み、失敗するなど理解できぬっ!」
「残るは、お前とフェンガだけではないか」
「弁解はあるか?」
怒気を孕んだ視線がダブリスを射抜いた。
「弁解の余地もございません」
ダブリスは額を床へ擦りつけるように頭を下げる。
「あの者は『至高の占い師』ヘルアドの妹です」
「万が一を考え、二人を向かわせましたが……完全に見誤りました」
悔しさを押し殺しながら続ける。
「我らの中で最も隠密に長けた、フェンガであれば――」
「馬鹿者っ!」
ノキア王は一蹴した。
「もうよい」
苛立ちを隠そうともせず、玉座の肘掛けを強く叩く。
「どうせ放っておいても寿命が尽きる相手だ」
「失敗した理由も分からぬまま、また戦力を失うなど愚の骨頂よ」
「……はっ」
短く返事をしながらも、ダブリスは歯を食いしばり、一瞬――言葉を飲み込んだ。
「(ノキア……昔のお前なら、こんな判断はしない)」
ノキア王の胸中にあるのは怒りだけではない。
ノキア王は苛立たしげに指を机へと叩きつけ、短く息を吐いた。
「……すこし、方針を変えようではないか」
「!?」
ダブリスが顔を上げる。
「あのギルドの冒険者――ルナリカ=リターナを、証拠を一切残さぬよう自然に行方不明へ見せかけろ!」
「?」
「そして、城の地下へ監禁しろ!」
「手段は問わぬ」
「――ただし傷はつけるな」
一拍置き、念を押すように続けた。
「……それと、あやつの手のひらには決して触れるな!」
「ましてや、触れられることも許さん!」
「か、かしこまりました」
ダブリスは深く一礼する。
「それと、拉致についてですが……」
「ちょうどドグルスが潜入していた組織に関して、テレイザが興味深い情報を掴んでおりました」
「ほう?」
「その組織では、ロザリナの誘拐計画が進行しており──」
ダブリスは、計画の一端を語った。
「ふん……光魔法の使い手がどうとか、ドグルスが言っておったな」
組織全体が少女の行方を追い混乱している今なら、その隙を突いて目的を果たすことは難しくない――。
そう説明すると、ノキア王は静かに頷いた。
「また、ガセでなければよいがな……」
「真偽など、どうでもよい……利用できるなら、それでいい」
「はっ!」
命令を受けたダブリスは一礼すると、静かに王の間を後にした。
気配が消える。
「――行ったか」
誰もいなくなった玉座の間で、ノキア王はゆっくりと立ち上がる。
『王都爆破事件』の真実を知る者。
そして『星降り』によって『水晶の破片』へ辿り着く可能性を持つ者。
その大半は、すでに自らの手で排除した。
さらに厄介だった暗殺部隊も、気づけば三人が勝手に消えた。
残るはダブリスとフェンガのみ。
(用がなくなれば、ダブリスは……フェンガに始末させればいい)
(洗脳魔法を既に仕込んであるフェンガなら、証拠も残るまい)
(そして、最後はフェンガにも自害させれば、秘密を知るのは俺だけ――)
誰にも知られず、誰にも疑われず。
――邪魔者は消える。
そうすれば――。
(これで誉美を、誰にも邪魔されることなく俺のものにできる)
口元がゆっくりと吊り上がる。
「くっ……くくっ……」
笑いだけが残り、やがて玉座の間は静寂に沈んだ。
――その頃。
ルティーナ達はカルアの宿に戻り、ロザリナが誘拐された現場の調査を行っていた。
「シャル? なんでもいいから、ここにいた連中の痕跡を追えない?」
「うーん……残留魔力が見つかりませぇん」
さすがのシャルレシカでも、魔力のない者の気配は追えない。
「畜生っ! 一体、誰が!」
サーミャは机を殴りつけ怒りをあらわにする。
「それじゃ、シャルにどんな奴が襲撃したかだけでも――」
馬琴は、サーミャの意見に懸念を浮かべる。
(いや、それは時間の無駄だ)
仮に犯人の顔がわかったとしても、追うことはできない。
シャルレシカがいくら魔力制御が向上したといえ、無駄に使わせたくなかった。
「ミヤ、今はリーナの居場所を探すのが優先よ」
「だけどよぉ、洞窟にらしいとこにつかまっている事しか情報がないんだぜ」
すると、アンハルトが何かをひらめく。
「洞窟と言ったよな?」
「ロザリナはそこにいる可能性が高い、ということだな?」
グルバスは少し考え込むように目を細める。
「この辺なら、半日で行ける洞窟がある峠が二つ……」
「そうか、朝早く移動したとしても、遠くには行けないですね」
ルティーナは思わず拳を握り締める。
「何も手掛かりがない状態から、ここまで分かっただけでも十分よ」
しかし、峠は二か所――。
「急がないと危険ね」
サーミャが真剣な表情で口を開く。
「また、夜になったら移動されちまうかもよ」
その一言で、その場の空気が一気に張り詰めた。
――時間との勝負だった。
「なら、二手に分かれよう」
アンハルトが全員を見渡す。
「それぞれ別の峠を調べれば、時間を半分に短縮できる」
誰も異論はなかった。
だが、一つだけ問題が残る。
「索敵はどうする? シャルレシカ一人じゃ――」
その時だった。
「私に任せてください」
ヘレンが一歩前へ出る。
「闇魔法でネズミさんを操れば、洞窟の中を調べられます」
その提案に、アンハルトが大きく頷いた。
「それなら問題ない」
こうして二つの班が編成された。
ルティーナ隊はヘレン、アンハルト、エリアル。
サーミャ隊はシャルレシカ、シェシカ、ブライアン、グルバス。
それぞれ馬車で移動することとなる。
「こっちは俺が操車できるが、ルナリカはどうするんだ?」
「僕は馬なら乗れるけど……馬車は扱った事が――」
「大丈夫、ギンさんに頼んでみるわ」
班分けが決まると、ルティーナはシェシカに『ヒーリング・ストーン』の魔力補充を頼んだ。
「私達は先に、ギンさんの所によってから現場に向かうから!」
解散際にヘレンが、一羽の鳥をシェシカへ差し出す。
「あと、この鳥をシェシカさんに預けておきます」
シェシカは闇魔法で操られている鳥を両手で受け取り、小さく頷いた。
「そうね。この子がいれば、連絡ができるわね」
そんな中、ヘレンは拳を強く握り締めていた。
「(リーナさんには……今まで何度助けられたことか)」
だからこそ、今度は自分が助ける番だった。
ヘレンの意志を感じ取り、サーミャは『エクソシズム・ケーン』をヘレンに差し出した。
魔力消費を考えれば、シャルレシカに使わせるよりも効率がいい。
それに――この覚悟なら、任せてもいい。
「これ、貸してやるよ」
「えっ……い、いいんですか? これはサーミャさんの大切な杖じゃ……」
ヘレンは思わず目を見開く。
「(この杖があれば、私の使えない『水』『雷』『風』魔法が扱える)」
「もしリーナを見つけたら――その時は頼むぜ。状況次第じゃ、ヘレンが一番確実だ」
「はい!」
瞳には迷いなど一切ない。
「ありがとうございます!」
「闇魔法が五倍の威力になれば、ネズミさんをもっとたくさん動員できます!」
その頼もしい返事に、ルティーナは自然と笑みを浮かべた。
誰一人として諦めていない。
誰もがロザリナを助けることしか考えていない。
その想いが、胸の奥を熱くする。
全員が互いに視線を交わし、小さく頷く。
「「「「「「「「「作戦開始っ!」」」」」」」」」
九人の声が重なった瞬間、空気が震えた。




