第129話 「エリアル」ト師匠《バルスト》
スレイナは、立ちはだかった剣士がバルストだと知ると、獲物を見つけたように目を細めた。
「お前ほどの男がこの村で生きていたとはな……」
「くくく、私の手下にしてやるよ」
「それに、ノキアにもいい土産話になる」
「手下――いや待て!」
バルストが驚いたのはそこではない。
「ノキア? ノキア王が、俺を暗殺しようとしたのか!」
スレイナは口元を手で隠し、可憐な少女のように微笑む。
「つい嬉しさで要らぬ事を……」
スレイナは二体のデーアベをバルストへ差し向け、残り三体を連れ孤児院へと足を向けた。
「くそ! 待て!」
「デーアベ共、わかってんだろ? そいつは『殺すなよ』」
「「ぐおぉぉおーっ」」
「(この魔物、意思を持っているのか!)」
「行かせるか――!」
そこへデーアベが立ちふさがり、足を止められる。
一方、食事をしている子供達の一部が異変に気づき始める。
「ねぇセフル? アンナおばさん……様子おかしくなかった?」
「そうね……外もなんか騒がしいしね」
「――俺、外見てくるよ!」
すると一人の男の子が興味本位で外へ飛び出す。
「こらっ! フラザン! 外に出ちゃダメってアンナおばさんが!」
「だいじょーぶだって。セフルって大げさなんだよ」
制止を振り切り、フラザンは外へ飛び出す。
その瞬間――。
彼の目の前に広がったのは、地獄だった。
村人の躯を踏みつけるスレイナと三匹のデーアベの姿だった。
フラザンの体は一瞬で固まる。
そして――。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
孤児院に居た子供達はその悲鳴に萎縮する。
その叫びは、遠くで戦うバルストの耳にも届いた。
「あの馬鹿野郎! なんで外に出てくるんだっ!」
「(エリアル頼むっ!)」
フラザンは腰が抜けて、その場で動けなくなる。
スレイナがゆっくりと顔を近づける。
「おやぁ? どうしたんだい?」
その声は場の雰囲気に合わない甘い声だった。
「そうだ、坊や? シャルレシカって女知ってるかい?」
今までスレイナが尋問していたのは大人ばかりだった。
彼らは村のルール『他人の事に干渉しない』を守っていた。
しかし、子供は違う。
――恐怖に勝てる術はない。
「シャ、シャル……おね」
そして、スレイナの手がフラザンへと伸びる。
――その瞬間。
風が裂けた。
一閃。
スレイナの背後を風の刃が切り裂いた。
「間に合った!」
エリアルがそこに立っていた。
「え、エリアルお姉ちゃんっ!」
スレイナは一歩身を引き距離を取り直す。
エリアルはすぐにフラザンを呼び寄せる。
「大丈夫? 走れる?」
「うんっ!」
スレイナの視線が鋭くなる。
「……今度はあんたかい!」
「シャルレシカの未来視か? あの忌々しい一族めっ」
「(この私が……また読み違えただと……)」
「(あの一族? シャルとなんの関係が)」
「この村は僕が守る! 第二の故郷だからな!」
エリアルは剣を構えたまま、冷たく告げる。
「覚悟しろっ!」
「(師匠は前線か……こっちは任せてください!)」
エリアルは師匠を案じながらも剣を振るい、今まで苦戦していたデーアベを軽々と斬り伏せていく。
スレイナの表情がわずかに歪む。
「(……なんで、どいつもこいつも『いるはずがない場所』にいる)」
「(ロザリナは宿に居るのは報告があった……なのにどうやって)」
計算高いスレイナの考えが崩れる……。
気づけば、最後の一匹が崩れ落ちた。
「次は、君の番だ!」
エリアルが剣を突き出す。
追い込まれたはずのスレイナ。
だが――。
「……そうかい」
一方――バルストは。
苦戦しながらも、
軽量化された大剣のおかげで以前よりは遥かに楽に捌き、デーアベを撃退した。
「よし! これでエリアルに剣を――」
その時だった。
バルストの視線がわずかに揺れた。
村人の遺体の中から、微かな反応。
(……誰か生き残っておるのか?)
気にしている間に、騒ぎを聞きつけた村の男達が斧や鎌をもって駆けてくる。
「お前たち、来るなっ!」
「どうしたんだい、バルストさ――」
だが、その言葉は途中で途切れた。
遺体の一体が動きだしたのだ。
「ぎゃあ! あんた、ノイゼさんなのかい?」
どう見ても頭が半分以上崩壊している人間……。
立ち上がるなり奇声を上げた。
一瞬で空気が凍る。
「なんだ……これはっ……!」
「死体が生き返ったのか!」
バルスト達の方から聞こえてくる騒ぎに、スレイナは気付き静かに笑う。
「(『狂暴化』の薬……やっと効果が出てきたようだね――まだ調整が必要か)」
そして――倒れていた躯が、一体、また一体と起き上がり始めた。
その光景に動揺する村人達。
「バルストさん! これは一体!?」
「くそ、何が起こっている!」
「お前ら! 早く逃げろっ!」
「「「「わーーーーっ」」」」
村人達は武器を投げ捨て、一目散に逃げ出した。
その背を、死体たちが追う――。
「(死体だろうが……部位を損傷していても動けるのさ……悪魔になってな)」
「貴様っ! 何者だ!」
「ふん、そういえば自己紹介してなかったねぇ」
エリアルの前に立ち、冷たく告げる。
「私の名前はスレイナ」
「あんた達の存在がじゃまでね……始末させてもらうよ」
その言葉に逆上したエリアル。
「なら、あなたを捕まえて、シャルに全部吐いてもらうよ!」
スレイナは不敵な笑みを浮かべながら闇魔法を使い、森の生き物を集める。
その魔法に、エリアルは覚えがあった。
あれはヘレンさんが試合で見せた魔法――。
明らかに目の色がおかしい小動物の群れ。
一斉に、防具を付けていないほぼ下着姿のエリアルに襲い掛かる。
「あはは、なんでそんな恰好してんだお前」
「馬鹿なのか?」
「くそっ」
エリアルは風の剣を振るい払いのけるも、数に圧倒されてしまう。
「『ソード・オブ・ボルケーノ』」
(【炎】)
たまらず自分の周囲の地面を剣でえぐり、炎の中で身を守ることにした。
小動物たちは炎を囲んだまま動かなくなり、状況は膠着する。
スレイナは孤児院を見つめる。
「あそこだねぇ……」
「さっきのガキどもがいるのは」
「貴様っ!」
「あんたは動けないまま、そこで焚火でもしてな」
スレイナはエリアルを横目に、懐から薬を取り出し――それを、自らに打ち込んだ。
それはゲレンガの開発していた『魔物化』の薬の完成版。
まるで理性の境界を踏み潰すかのように、その肉体を異形へと作り替えていく。
「なぁエリアル、お前らがどんな策で私をハメるつもりか知らないが……」
「ハメるだと? 何を言っているんだ?」
そもそもスレイナはシャルレシカの索敵による対策で、罠を張られていると思いこんでいた。
「お前がそんな恰好で出てきたのは……」
「そうか、私を油断させられると思ったのかい?」
「!?」
「(さっきから、こいつ何を言ってるんだ?)」
その内に、体中に羽毛が生え、皮膚を突き破るように全身へ広がり、指先は獣のそれのように鋭く伸びる。
さらに口元は歪み、獲物を裂くための嘴へと変質していく。
エリアルがその変化を凝視する前で、背中から巨大な翼が裂けるように生え出る。
次の瞬間、スレイナは空へと跳ね上がった。
まるで重力から解き放たれたかのように。
「ふはははっ……なんだこりゃあ……っ」
デグルーイとなったスレイナは自分の両手を見下ろし、そして空中で笑った。
「気持ちいいじゃねぇか……! こりゃあ雑魚にはもったいねぇ薬だ」
「どうせ、あの孤児院にルナリカとサーミャが潜んでるんだろ?」
「もう油断はしない……全員まとめて始末だ!」
その声は、もはや人のものではなかった。
その時、エリアルは気づく。
「そうか……魔物化……お前だったのか!」
「ガイゼルさんの馬車を襲撃した犯人は!」
しかし、エリアルはどこか笑っていた。
「はぁ? 何を笑ってやがる?」
「お前、気でもふれたか?」
「いいや、やっと自分のトラウマが乗り越えられる気がしてね」
「ははっ!」
「そこから抜け出してから言えよ」
「(くっ、もう一つ剣があれば……)」




