第12話 逃避
夜の森に、焚き火の灯が揺れていた。
シャルレシカがルティーナの接近を察知し、準備させていたのだ。
「ルナ~っ! ここよぉ!」
その微かな光を目印に――ルティーナは静かに降り立つ。
真っ先に駆け寄ってきたのはアンナだった。
勢いのまま抱きしめられる。
「無事で……よかった……」
「……うん、心配させてごめんね」
その声は、わずかに震えていた。
やがて――場の空気が変わる。
ただならぬ気配。
ルティーナは一度だけ目を閉じ――戻ってきた理由を語り始める。
バリア・ストーンの破壊。
怪しい男たちの存在。
そして――バルスト暗殺計画。
それらの出来事を話し終えた瞬間。
場は、完全な静寂に包まれた。
「……つまり」
ドリネが、低く呟く。
「最初から……バルストさんは狙われていた、と」
「……はい」
重い現実。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
その沈黙を破ったのは――馬琴。
(ルナ……作戦を伝えるんだ)
ルティーナは小さく頷き、顔を上げる。
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません」
「でも……お願いがあります」
真っ直ぐな視線。
「ドリネさんとミリアさんは、このまま街へ戻ってください」
「え……?」
「そして――」
一拍、置いて。
「私たちは、デフルウの大群に襲われて死亡したと、ギルドに伝えてください」
「バルスト一家が、二人を逃がして力尽きた……と」
偽装。
その一言に、全員が息を呑む。
「なっ……それは……!」
当然の反応だった。
だが、ルティーナは揺るがない。
「このまま戻れば、また狙われます」
「次は……確実に」
空気が重く沈む。
「……すべてを断ち切る、ということか」
バルストが静かに言った。
「……うん」
「確かに……理にかなっている」
ドリネがゆっくり頷く。
「それしか……ないのね」
ミリアも、小さく息を吐いた。
アンナは俯いたまま、バルストに抱き寄せられる。
その手は、震えていた。
「ルティーナ……お前、変わったな」
バルストが呟く。
大切な娘が、親離れしてしまったかのような寂しそうな顔を浮かべながら――。
「もう守られる側ではない……ってことか」
ルティーナは、わずかに笑う。
「大丈夫、私はお父さんの娘だよ」
バルストは涙をこらえる。
「その前に、話しておかないといけないことがあったわね」
その言葉に、全員が顔を上げた。
ルティーナは、自身の『力』の事を説明する。
魔法ではない、不可思議な現象。
デフルウの殲滅。
空を飛ぶ力。
馬琴の存在には触れない。
あくまで『自然に目覚めた力』として説明する。
――七年間の深い眠り。その夢の中で見続けた『力』の片鱗だと。
そして――思いを具現化できるようになった。
誰もが、言葉を失っていた。
バルスト達は最初は理解できなかったが、一つの記憶を例にだす。
「私が目覚めた時、部屋が水だらけになったこと覚えてる?」
「あれは天井から雨漏りが――! あれは、あなただったの?」
「うん。実は『水』が飲みたいって思ってたんだ……それが、きっかけなの」
医者にも諦められていた娘が、目覚めたことが『奇跡』。
奇跡の『力』が、ルティーナを守ってくれてる。
そう理解するしかなかった。
「時間がないから……始めるね」
ルティーナは動き出す。
迷いはない。
まず、みんなの装備や衣類を外させる。
衣服を裂き、そして地面に散らす。
次に――バルストの剣と防具。
それぞれに漢字を描きこむ。
【爆】
――起動。
ドゴォォンッ!!
ドゴォォンッ!!
ドゴォォンッ!!
轟音とともに、粉々に砕け散った。
さらに――数枚の板を取り出し、すべてに同じ漢字を描く。
【血】
適当な方向へ投げる。
起動。
ブシャァッ!!
赤い液体が飛び散る。
地面に。
布に。
破片に。
――惨劇が演出される。
最後に――地面へ手をつく。
【埋】
【平】
デフルウの死骸をつつみこむように広範囲に展開。
死骸の大半を埋めつつも、数体だけを残す。
「……これでいいかな」
その構図は完璧だった。
「すごいのね、その『力』って……」
ミリアが苦笑する。
「それにしても、手際が良すぎて……」
空気が、わずかに緩む。
だが――時間はない。
「ミリア、急ぐぞ!」
ドリネが馬を荷台と切り離しながら言う。
「馬は使わせてもらうが良いかな? すぐにギルドへ戻って報告をする」
「お願いします」
ルティーナは深く頭を下げた。
そして、別れ。
「……また、会えるわよね?」
ミリアの声は、かすれていた。
ルティーナは強く頷く。
「うん。絶対に」
「約束よ、ルナちゃん」
その言葉を残し――
二人は夜の闇へ消えていった。
残された四人。
「……さて」
バルストが口を開く。
「これからどうする?」
その問いに答えたのは――シャルレシカだった。
「行く場所ぉ……ないんですよねぇ?」
場違いなほど柔らかい声。
だが、本質を突いていた。
「だったらぁ――アジャンレ村、どうですかぁ?」
「……アジャンレ?」
「はいぃ~。事情のある人が集まる村ですぅ」
「干渉しない。でも、助け合う……そんな場所ですぅ」
少し寂しそうに。
「私はぁ、そこの孤児院で育ったのですぅ」
「今、人手が足りなくてぇ……どうですか?」
静かな提案。
「……今の我々には、都合が良すぎるな」
「ここにいるより、安全なのは間違いない」
バルストが呟く。
「……行こうよ」
ルティーナは即答した。
選択肢は――他にない。
バルストも頷く。
こうして――
一行は動き出した。
夜の森を、逃げるように。
だが確かに――前へ。
(……ちょっと待て)
マコトが呟く。
(距離……考えてるか?)
「(……あ)」
ルティーナの顔が固まる。
「シャル……村から十日かかったとか言ってなかったっけ?」
「えっとぉ~」
指を折る。
「山越えに二日ぁ~、そのあと徒歩で二日ぁ~」
「それからぁ~馬車で三日ぐらいですぅ~」
「……」
沈黙。
(……がんばれ)
「(……うん)」
こうして――ルティーナたちの逃亡生活が始まった。
やがてそれが、大きな運命へと繋がっていくことを――
知らぬまま。
――序章「覚醒」編 完――




