第119話 「タリス」ノ案件
ルティーナ達はロザリナとエリアルが襲われた時の情報を整理する。
「魔物……」
ロザリナは嫌な思い出に顔を歪めながら語る。
「うん……お父さんがデーアベにされた時と同じだわ」
エリアルも続く。
「それに、イスガで見た魔物化した人間と同じでした」
ルティーナは難しい顔をする。
「まさか、ゲレンガが研究していた……」
「魔物化の薬……」
サーミャは目を見開く。
「そんなもんバラまかれたら……」
「放置できる段階じゃねぇぞ」
「しかし何者なんですかねぇ」
シャルレシカも首を傾げた。
「誰だろうと関係ねぇよ」
サーミャが吐き捨てる。
「リーナもあたいも、あの組織の被害者だ」
「次は絶対に潰す」
短い言葉だったが、その声には怒りが滲んでいた。
ルティーナは腕を組みながら目を細める。
「まさか分断で行動してたことが仇になるなんてね……」
「五人で行動しているように見たかったんですが……無理がありました」
「そうね……今度はみんな一緒の方がいいかもね」
そんな空気の中。
エリアルが静かに口を開く。
「ルナ」
「ん?」
「バルストさんの件なんだけど……」
部屋の空気が少し変わった。
「うん、ついてきて」
ルティーナは、外で薪割りをしているバルストの元へエリアルを連れて行く。
豪雨。
魔剣との相性。
判断の遅れ。
そしてガイゼルの瀕死。
全てが脳裏に焼き付いて離れない。
「このままじゃ……皆の足を引っ張るかもしれない」
ルティーナが思わず吹き出した。
「なーんだ」
「私と同じじゃない」
「え?」
エリアルはルティーナを見つめる。
万能な文字の力を使い、いろいろな魔物や事件を解決してきた。
「ルナと?」
「うん、私だってデルグーイ相手だとまともに戦えないもの」
エリアルは驚いた。
ルティーナが苦戦する姿など想像できなかったからだ。
漢字能力は万能ではない。
描く。
写す。
投げる。
その工程が必要になる。
「マコトが今、対空戦の方法を考えてくれてるんだけどね」
――自分だけが壁にぶつかっているわけではない。
そう思えることで、エリアルは少しだけ肩の力が抜けた。
「おーい! ルティーナぁ、こっちだぁ」
バルストが手を振る。
「……なるほどな」
「状況に合わせた闘い方か」
エリアルは深く頭を下げる。
「お願いします」
事情を聴いたバルストはエリアルをしばらく見つめ――。
やがて笑った。
「面白い」
「なら徹底的に鍛えてやる」
「まずは、おまえさんがどれぐらいの力量があるか計らせてもらうぞ」
「お父さん、しばらくエルのことよろしくね」
「えっ? ルティーナ……また、どっかいっちゃうの?」
「色々あるのよ」
エリアルは表情が一瞬なさけなくなったバルストの姿に頭を傾げる。
「(お父さん、威厳、威厳)」
「例の大剣を回収しに行くんだから、しばらくお願いね」
「う、うむ……き、気を付けてな」
そうしてエリアルはアジャンレ村に残り、ルティーナ達はカルラの宿で待つロザリナの元へ転移していった。
カルラの宿で一泊した翌朝――。
合流した四人は、早速ギルドへ足を運ぶ。
「フォレスト高原付近の依頼ね……そんな都合よくあるのか?」
サーミャが掲示板を見ながら呟く。
本来の目的は実家の調査。
だが露骨な移動は避けたい。
組織に勘付かれる可能性があるからだ。
ルティーナはシャルレシカに小声で指示を出す。
「(シャル……私達を見張る悪意があったら教えてね)」
警戒は怠らない。
「案件がぁ見つからないならぁ……」
「レミーナさんがぁ、あの部屋に居ますよぉ」
ルティーナはシャルレシカを制止する。
「駄目よ、自分達が偶然、依頼を見つけないと不自然だから」
「それにレミーナさんも巻き込むわけには……」
――その頃。
少し離れた裏路地。
スレイナはルティーナ達がギルドに入って行く姿を監視していた。
「……今度はエリアル以外全員居る?」
「どうなってる?」
「あの時と同じように、わたしをハメる罠を張っているのか……」
スレイナは眉をひそめる。
用心深い彼女には理解できなかった。
まるで。
こちらが監視していることを前提に動いているように見える。
「まさか、シャルレシカが……わたしらの存在を把握してやがるのか」
結論はそこへ辿り着く。
「やはり厄介ね」
結果的に馬琴の警戒策が、スレイナを必要以上に慎重にさせていた。
ギルドで案件を探す四人。
その時――。
シャルレシカの足が止まる。
「どうかした? シャル」
「一瞬だけぇ……悪意がぁ」
馬琴が反応する。
(シャルが反応した?)
通常索敵ではない。
半径二十メートルの自動索敵に、自分達に向いた悪意を察知したのだ。
だからこそ気になった。
(近く潜んでいるのか?)
そしてシャルレシカはギルドの中で、二キロの広域索敵を行う。
――だが広域索敵に反応はなかった。
「勘違いかもしれませんねぇ」
シャルレシカは頭を傾げる。
「やめてっよシャル、構えちゃったじゃない」
ルティーナは笑い流す。
だが、馬琴は胸騒ぎを覚えながらも、案件探しへ意識を戻した。
しばらく任務の内容を見つめていると――。
「ルナ、ありましたよ!」
掲示板を探していたロザリナが声を上げる。
「これなんかどう?」
依頼主――タリス。
内容――トレンシリア王国のイルフェ鉱山でのオブシディアン・ストーン採掘。
報酬――金貨一人につき二十枚
「報酬……護衛より高くねぇか?」
サーミャが頭を掻く。
だが――。
馬琴は違う条件に目を向けた。
希望――男性の銅の冒険者以上
としか書かれていない。
銅の冒険者なら喉から手を出したくなる高額案件。
それにもかかわらず、放置されていた。
「報酬が高いのに誰も受けてないの?」
(ルナ、直接タリスさんに確認しよう)
そこでルティーナ達はギルドを出て、直接、鍛冶屋のタリスの店に向かうことにした。
「おう、ルナリカじゃねぇか?」
ルティーナを見た瞬間、タリスは笑顔になる。
だが、依頼の件の話になると表情が変わった。
「この案件、取り下げようかと思ってたんだ」
ルティーナは目が細くなる。
「どういう意味ですか?」
タリスは真剣な顔で答える。
「この一か月、どいつもこいつも、ことごとく失敗してるんだ」
「採掘だよな? やっぱ力仕事で根を上げるほどの事か?」
「なさけねぇな」
サーミャが言う。
「まさか、やりたいってか?」
しかしタリスは首を振った。
「お前らには……違う意味で酷な案件だぞ」
(おいルナ……)
(なんか嫌な予感しかしねぇぞ)
馬琴の呟きに、ルティーナも小さく頷いた。
「何を懸念しているんですか?」
タリスが苦笑する。
「詳細ぐらい教えてやるよ」
タリスから依頼内容の説明を聞いているうちに……サーミャの表情がみるみる曇っていく。
「お、おい……ちょっと待ってくれ、タリスさん」
「……やっぱりその反応になるよな」
タリスは苦笑した。
「だから男の冒険者しか受けたがらねぇんだよ」
「ミヤ? どうしたの?」
ルティーナは首を傾げる。
説明の途中で出てきた魔物の名前に聞き覚えがなかった。
「その……『デリエジ』って何?」
すると――。
サーミャが嫌そうな顔をしながら説明する。
「くらげの魔物だ」
「くらげ?」
「そう、くらげだ」
だが、その口調は妙に重い。
「すぐ、飛び掛かってくる」
「へぇ」
「ベトベトしてる」
「ひぃぃー」
「毒を持ってる」
「うえ」
「電撃も使う」
「あー」
「分裂もしやがる」
「げっ」
「しかも張り付いたら中々取れねぇ」
「何よ、その嫌すぎる詰め合わせみたいな魔物は」
「とにかく最低最悪なんだって!」
声を荒げるサーミャ。
三人は察した。
これは実体験だと――。
かなり酷い目に遭ったことがあるのだろう。
「相当なトラウマなんですね……」
サーミャは即答した。
「お前らも一回やられてみればわかる」
「「「……」」」
その真剣さに誰も笑っている状況ではなかった。




