第115話 「アンナ」ノ記憶 ~前編~
ルティーナたちは、ついにアジャンレ村へと辿り着いた。
だが、一番喜んでいたのはシャルレシカだった。
懐かしい森の匂い。
幼い頃から見慣れた景色。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あぁ~これですよぉこれぇ」
シャルレシカが浮かれている、その一方でルティーナの口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……」
「どうしたんですかぁ~?」
隣を歩くシャルレシカが不思議そうに首を傾げる。
「いやね、お父さんとお母さんを驚かせようと思ってさ」
半年ぶりの再会だ。
突然目の前に現れたら、きっと驚くだろう。
そんな光景を想像しただけで、思わず頬が緩んでしまう。
だが――。
シャルレシカはなぜか苦笑していた。
「何よ、シャル?」
「あぁ、それは無理だと思いますぅ――」
ルティーナの野望は、虚しくもシャルレシカの自動索敵により打ち砕かれる。
「る、ルティーナじゃないかっ!」
「――っ!?」
聞き慣れた声が夜の森に響いた。
ルティーナが勢いよく振り向く。
そこに立っていたのは――。
「お、お父さん!?」
バルストだった。
「シャルっ! 知ってたのね!」
「さすがにぃ……気配はわかりますからぁ~」
「ごめんなさいぃ」
してやられた。
せっかく考えていたサプライズは、開始数秒で失敗である。
ルティーナが頬を膨らませた、その直後だった。
「ルティーナぁぁぁぁっ!」
「うわっ!?」
バルストが泣きながら飛びついてきた。
勢いのまま抱き締められる。
いつもの溺愛のシーンが再現される。
「半年も連絡がないから心配したんだぞぉぉぉ!」
(げっ、始まった……)
ルティーナは顔を引きつらせた。
一方。
その様子を見ていたサーミャは完全に固まっていた。
「(え、えぇ~)」
「(近衛師団長とも肩をならべたっていう……剣豪バルストなんだよな……この人?)」
サーミャは口があいたまま閉まらない。
「(ここまで親バカなのかよ……)」
「(――あいつとは大違いだな)」
すると――。
バシンッ!
乾いた音が響く。
「痛たっ!」
「あなたっ!」
アンナが容赦なくバルストの頭を引っ叩いていた。
「シャルちゃんと、そこのお嬢さんがドン引きしてるじゃないの!」
「ううっ……だってぇ」
「だってもクソもありませんっ!」
「半年ぶりだからって情けない姿を、子供に見せないでください」
しゅんと肩を落とすバルスト。
その姿にルティーナは思わず吹き出しそうになる。
相変わらずだ。
本当に何も変わっていない。
そのやり取りが妙に嬉しかった。
「ごめんなさいねぇ」
アンナはサーミャへ向かって頭を下げた。
「主人が騒がしくて」
「あ、いえいえ……」
サーミャも慌てて手を振る。
「大丈夫ですよ」
アンナは優しく微笑んでいた。
「あ、お母さん」
ルティーナがサーミャの事を紹介する。
「この美人さんは、サーミャ=キャスティル。通称ミヤ」
「私の仲間の冒険者、大魔法使いよ!」
「よ、よろしくお願いします」
美人と紹介されてしまった以上、珍しくサーミャが猫を被っていた。
「(あはは……いつもの仕返しよ)」
(完全に別人だね)
馬琴も苦笑する。
だがその時。
バルストの表情がわずかに変わった。
「魔法使い? キャスティル?」
しかしサーミャはそっと口元に指を当てる。
それだけでバルストは察した。
「……あ」
「こんな所でもなんだ、孤児院に行くぞ」
「あれから、だいぶ作り直しちまったけどな」
バルストは、それ以上は何も聞こうとしなかった。
サーミャはわずかに表情を緩め頭を下げた。
そして、一行は孤児院の客間へ案内された。
久しぶりの再会を祝うように夕食を食べることにした。
「ねぇねぇ聞いて、お父さん、お母さん」
ルティーナはこの半年の出来事を語った。
冒険者になったこと。
仲間と出会ったこと。
『零の運命』を結成したこと。
そして――。
武闘会で優勝したこと。
「ゆ、優勝だって……」
バルストは何度も頷いた後に慌てふためいた。
「まさか半年でそんな事になっていたなんてな」
ルティーナは話を聞いてくれることより、会話ができることが何より嬉しかった。
「……驚いた?」
「驚くどころじゃないわよ」
アンナも苦笑する。
「他にも凄い人仲間がいるのよ」
ルティーナは嬉しそうに頷いた。
「エリアルはお父さんと同じ剣士で」
「ロザリナはお母さんと同じ回復師なんだよ」
二人はパーティーとして必要な人材が全て揃っていることに唖然とする。
「それだけじゃないわ! 私はまだ『銀』だけど、他の四人は金級冒険者なんだから」
「ルティーナが銀でもたいしたものだが」
「皆、金だと!?」
バルストの目が輝く。
「エリアルか、ぜひ会ってみたいな」
「憧れてるって言ってたから、きっと喜ぶと思うよ」
しばらく談笑した後。
ルティーナは本題を切り出すことにした。
「実はね、お母さんにお願いがあるの」
「お願い?」
「うん」
ルティーナは真剣な表情になる。
「八年前の私の事故のこと」
「シャルに記憶を見せてほしいの」
空気が静かになった。
アンナは、娘がわざわざここへ訪ねてきた理由をあえて聞かなかった。
「わかったわ」
シャルレシカが水晶を取り出す。
ゆっくりと記憶を辿り始めた。
しばらくすると、水晶の中に映像が浮かび上がる。
森。
崖。
そして――。
血まみれの少女。
「……っ」
ルティーナは息を呑んだ。
全身を赤く染めた少女。
それが自分だと理解した瞬間、胸の奥が重くなった。
「(あれ……私なの)」
(よく生きてたな)
馬琴も言葉を失う。
アンナが慌てて駆け寄る姿。
治療を施す姿。
力不足に絶望する姿。
次々と映し出されていく。
そして――。
「待った!」
突然サーミャが声を上げた。
「今、何か光らなかったか?」
「え?」
「もう一回見せてくれ!」
映像を何度も確認する。
すると――。
崖の上。
木々の隙間。
そこに確かに小さな光が見えた。
「……あれが水晶?」
ルティーナが呟く。
「やっぱり」
「お花畑の近くね」
アンナも頷いた。
「あの日、あなたを探して崖の方へ行ったの」
「靴だけ落ちていたから慌てて下を覗いたら……」
「血だらけのあなたが倒れていたの」
その先は言葉にならなかった。
ルティーナも理解している。
おそらく間違いない。
自分は水晶の破片に触れて転落した。
そして――。
馬琴はその時から……。
そこでバルストがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、お前が大怪我をした前日……王都で大事件があったんだ」
「王都?」
ルティーナが首を傾げる。
「もしかして、王城爆発事件?」
ヘギンズから聞いた八年前の事件の話がよみがえる。
部屋の空気が変わった。
バルストは記憶を辿るように続ける。
「よく知ってたな」
「その時、王様が大怪我を負ったらしい」
そこまではヘギンズから聞いていた通りの話。
だが――。
「その時、夜空にたくさんの光が、城から飛んで行ったのを見たんだよ」
「光?」
「あぁ」
「もともと大きな流れ星が夜空を飛んる不気味な日だったんだがな……」
その言葉に馬琴の意識が強く反応した。
(飛び散る光……?)
(まさか――)
脳裏に浮かぶのは水晶の破片。
世界中へ散った可能性。
「気付いた奴は少ないんじゃないかな?」
「あの時、城内は大混乱だったし」
そして何気なく続けた。
「そういや、その時一緒に警護していたベルハットの奴も――」
「二年後に故郷へ帰ったらしいんだが」
「それ以来、音沙汰がなくなっちまったな」
マコトの胸に強い違和感が走る。
点だった情報が。
少しずつ線になり始めていた。
(王様が大怪我……?)
(そして水晶の破片……)
(どういうことだ――)
静かに、しかし確実に。
新たな謎が輪郭を現し始めていた。




