第114話 「シャルレシカ」ノ故郷
ルティーナは両親に逢える嬉しさはあった。
しかし、組織に動向を悟られるわけにはいかなかった。
「じゃあ、ミヤとシャルは姿を消すわよ」
ルティーナは表向き単独行動――。
サーミャとシャルレシカを【透】の文字で包み、途中まで向かう馬車へ密かに乗り込ませる。
そうしてアジャンレ村への移動を開始した。
一方その頃――。
ロザリナとエリアルは、普段通りを装うため昼前に冒険者ギルドへ足を運んでいた。
「おぉ、ロザリナとエリアルじゃないか」
声を掛けてきたのはグルバスだった。
「今日はサーミャたちは一緒じゃないのか?」
「さ、三人とも疲れが溜まっているみたいで……」
「私たちだけで依頼を探してくるよう頼まれたんです」
「そうかそうか」
グルバスは納得したように頷く。
「まあ、お前たちなら今や引く手あまただからな。いい依頼を選べよ」
「ありがとうございます」
そう言って別れていく。
しかし実際は依頼探しに苦戦していた。
レミーナは休み。
普段は彼女に任せきりだったため、二人だけで依頼を選ぶ機会は少ない。
「グルバスさんに相談すればよかったね」
さらに問題は期間だった。
二日前後の依頼では、何度もギルドへ顔を出すことになり不自然になる。
最低でも、一発で一週間前後の案件が欲しい。
「リーナ、期間的にこれがよさそうですね」
エリアルが依頼の貼り紙を指さす。
「……五人必要か」
「実際は二人だから……受注は難しそうね」
ロザリナが苦笑しながら諦めムードだった。
――その時だった。
「おっ、ロザリナじゃねぇか」
二人は同時に振り返る。
「「!」」
そこにはアバダルト商会のガイゼルが立っていた。
「それは丁度いいな」
事情を聞いたガイゼルは腕を組んだ。
「だったら、お前らに指名依頼してやるよ」
「え?」
「商会の護衛を頼みたい」
思いもよらない提案だった。
「詳細を話すから……そうだ、うちにこい」
そう判断したガイゼルは二人をアバダルト商会へ連れていく。
しかし――。
二人は気付かなかった。
少し離れた場所から、自分たちを見つめる視線に。
建物の陰から静かに二人の男。
シャルレシカが居ない状況では悪意に気付く術はなかった。
「へぇ……直受けか……さすが『零の運命』ってとこか」
薄く笑う。
その目には、冒険者を見るものとは思えない冷たい色が宿っていた。
「ルナリカは朝、どっか出かけて行ったが……」
男は小さく呟く。
「とりあえず、スレイナ様に報告だ」
そう言って踵を返した。
――アバダルト商会。
ロザリナは事情を伏せながら、現在三人が同行できないことを説明していた。
【依頼内容】
アバダルト商会の商品をワギン王国支店まで輸送。
往復四日。
荷降ろし一日。
合計五日。
【報酬】
一人金貨十二枚。
指名の依頼の場合、報酬は二割増しになる。
「都合は良さそうですね」
ロザリナは内心安堵した。
ちょうど六日後にルティーナ達と合流する予定だった。
「だがよ――」
ガイゼルが頭を掻く。
「シャルレシカの索敵がないのは不安だな」
「……」
ガイゼルはため息を吐いた。
「お前らには世話になってるからな」
「ルナリカが何をやってるなんて、野暮な詮索はしねぇよ」
その言葉にロザリナは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
「しつこく聞いたら、ルナリカがまた店を壊すとか言い出しそうだからな」
「「あはは……」」
二人は乾いた笑いを浮かべる。
否定できなかった。
「ただし条件がある……」
ガイゼルは真剣な眼差しを向ける。
「条件ですか?」
二人は息をのむ。
「帳簿上は五人雇ったことにしなきゃなんねぇ」
ガイゼルは商人らしい顔になる。
「だから、指名依頼の手当は無しだ! ここは譲れねぇ」
ロザリナは渋い顔になる。
「……足元を見ますね」
指名依頼なら一人十五枚。
だが今回は依頼通りの十二枚ということなのだろう。
「一応、商売人だからな」
ガイゼルは悪びれず笑った。
だがロザリナも不満はない。
ブクレインの件では世話になった。
この程度なら十分すぎる条件だった。
「それでも武闘会準優勝者が二人ってのは、贅沢な護衛だな」
エリアルが苦笑する。
「(ねぇリーナ。この人、本当に大丈夫なの?)」
「(少し口は悪いですけど、とても頼りになる人ですよ)」
「聞こえてるぞ――おまえら」
「「……」」
ロザリナが笑う。
するとガイゼルは机の引き出しから金貨袋を取り出した。
「ほらよ」
「え?」
「前払いだ」
袋の中には金貨六十枚。
「え、それじゃ計算が……」
エリアルは戸惑う。
「あん? 帳簿上は五人雇ってるっつたろ?」
ガイゼルは照れ臭そうに視線を逸らした。
「(本当にいい人ですね)」
エリアルが小さく微笑む。
ロザリナも同意だった。
不器用だが、人情に厚い。
それがガイゼルという男だった。
しばらくして、そのまま荷積みの作業が終わったと連絡が入る。
早速、二人は商会の馬車へ乗り込み目的地のワギン王国への旅路へと出発した。
「(ルナ……)」
ロザリナは馬車の窓から外を眺めた。
「(こちらは何とかなりそうです)」
「(だから無事に帰ってきてくださいね)」
一方その頃。
ルティーナたちは昼は馬車を利用し、夜は二人を小さくし懐にいれたまま飛翔する。
飛翔はシャルレシカの索敵を頼りに人気のない場所を選び、体力が尽きるまで飛び続けた。
それを何度も繰り返す。
シャルレシカはその度に故郷までの距離を数えていた。
「あと五つ森を越えればですぅ」
「あと四つですぅ」
そして四日目――。
ルティーナは馬車の中で完全に眠り込んでいた。
「よく寝てるな」
サーミャが覗き込む。
「ほんと子供みてぇな顔だ」
ほっぺをつつく。
――反応はない。
「おいシャル。見てみろ」
「むにゅ?」
「全然起きねぇ」
「本当ですねぇ~」
二人はしばらく暇潰しのように眺めていた。
「でもぉ、もうすぐですよぉ」
シャルレシカが窓の外を見る。
「あと森を三つ越えればアジャンレ村ですぅ」
サーミャが感心する。
「空飛ぶだけでここまで違うのか」
「ルナの飛翔のおかげでぇ、ほとんど一直線ですからねぇ~」
「早くぅ、ミヤの転移魔法が使えるといいですねぇ」
「ん? 楽しそうじゃねぇか?」
サーミャは苦笑した。
「だってぇ、私の故郷ですよぉ」
「早く、皆に会いたいなぁ~」
シャルレシカもルティーナと同じ気持ちだった。
その後、最後の宿場町で休息を取る。
翌朝ルティーナは、森の中を一気に飛翔で駆け抜ける。
「さすがに、私たちを追う奴はいなさそうね」
「そうですねぇ~こまめにミヤの杖で索敵してますがぁ、同じ人間の気配は全くしません」
――そして夕暮れ。
シャルレシカが指差した。
「見えましたぁ」
あの森の向こう。
懐かしい景色が広がっていた。
「久しぶりですぅ~」
嬉しそうな声が漏れる。
「そうなんだ、これがアジャンレ村――シャルの故郷か」
サーミャは静かに呟く。
森に守られた小さな村。
知らなければ辿り着けない隠れ里だった。
「とても、良いところですよぉ」
「そうか……楽しみだな」
サーミャは少しだけ悲しそうな顔を浮かべる。
家族。
帰る場所。
それを持つ者たちが少し羨ましかった。
「どうしたの? ミヤ」
言葉につまるサーミャを気にするルティーナ。
「あ、いや、なんでもねぇ」
サーミャは笑い飛ばす。
「ついにルナの両親にご対面だな」
三人は近くに降り立ち、普段の姿に戻る。
「帰ってきましたぁ……」
シャルレシカは懐かしそうに村を見つめる。
ルティーナよりも一番望んでいたのは彼女かもしれない。
その瞳は、今にも泣き出しそうなほど輝いていた。
「シャル、泣いてんの?」
「泣いてませんっ」
シャルレシカは胸を高鳴らせる。
そして三人は夕暮れの光に照らされながら、ゆっくりとアジャンレ村へ歩き出した。




