第111話 「ルティーナ」ト馬琴《まこと》
ルティーナは崖から転落した後の話をする。
重体で7年間昏睡状態だったこと。
そして――。
その間、自分の中にもう一人の意識が存在していたことを。
馬琴。
そして『漢字』を具現化する不思議な力も、本来は彼の能力であることを。
ロザリナは頬に指をさす。
「そういえば、イスガから脱出する時に、『マコト』って叫んだわよね?」
「うん……頭の中で喧嘩しちゃってたんだ」
「ミヤはすでに脱出してるって言うんだもん――そんなことはしないって」
サーミャは少し照れ笑いをする。
「(ルナ、お前……ありがとな)」
そして、これまで数々の困難を乗り越えてこられたのも、彼の知識や助言があったからこそだということを説明した。
話し終えた部屋には、再び静寂が落ちる。
誰も口を開かない。
ルティーナは膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
「みんなに隠していたことは……これで全部だよ」
俯いたまま続ける。
「今までの私の無双も……」
「ほとんどマコトのおかげなの」
胸が苦しい。
言葉にするほど、自分はどれだけ空っぽだったのか。
仲間達が見ていたのは、本当の自分ではなかったのではないか。
――そんな不安が胸を締め付けた。
しばらく唇を噛み締める。
そして――。
「失望……しちゃったかな?」
声が震える。
「私の中にもう一人いるなんて……気味が悪いよね」
涙が滲む。
「でも、武闘会で優勝したのはズルなんてしてないよ」
「ちゃんと……自分で考えて戦ったの」
「それだけは信じてほしい……」
すると。
「ルナはそんなことしないよね」
最初に口を開いたのはエリアルだった。
「どんどん皆さんと仲良くなって、言いづらくなってしまったんじゃないかい?」
「え……?」
予想外の言葉だった。
「秘密そのものよりも、ずっと隠していたことの方が辛かったんでしょ?」
優しい声音だった。
責める気配は微塵もない。
「それは……」
図星だった。
仲間が大切になったからこそ、打ち明けるのが怖くなったのだ。
「納得っつうかさ」
サーミャが腕を組む。
「――やっぱりルナは面白ぇな」
「え、だって……」
「普通そこまでぶっ飛んだ話になるか?」
呆れたように笑う。
「いや、確かに驚いたさ」
「――でも今さらだろ」
肩を竦める。
「お前の能力見てりゃ、普通じゃねぇのは最初から分かってたしな」
「そうですねぇ~」
シャルレシカがふわりと頷く。
「私が感じていた違和感はぁ、そのマコマコの存在だったんですねぇ~」
(マコマコって誰だよ……)
「(ぷっ……名前長くなってるし)」
即座にツッコミが飛ぶ。
もちろん誰にも聞こえない。
ロザリナが続く。
「でも納得できました」
「ルナさんが時々見せる知識量は、正直不思議でしたから」
「それに、あれだけ的確な作戦を立てられる理由も説明がつきます」
穏やかな笑みを向ける。
「苦しかったんでしょ?」
その言葉に、ルティーナの目が潤む。
「みんな……」
「何だよ」
サーミャが笑う。
「そんな顔すんな」
「そうですよ」
エリアルも苦笑する。
「僕達は、そんなことでルナを嫌いになったりしません」
「その通りです」
ロザリナも頷く。
「それがルナであることに変わりはありませんから」
「みんなぁ……」
張り詰めていたものが、一気にほどけ皆の理解を得ることができた。
だが――問題はここからだった。
皆の興味は完全に馬琴へ向いた。
「直接話せないのかい?」
サーミャの問いに、ルティーナは首を振る。
「できないよ」
「視覚と聴覚を共有してるだけ」
「そして、マコトの考えを私が伝えてるだけね」
――すると。
サーミャの眉がぴくりと動いた。
「ちょっ……待て!」
嫌な予感がした。
「視覚を共有? っつったな」
「う、うん」
数秒後――。
全員、赤面する。
「てめぇっ!!」
サーミャがいの一番にルティーナに飛び掛かる。
「あたいの裸を見てたのかぁぁぁっ!!」
ルティーナは羽交い締めにされる。
「ちょ、ミヤぁっ!」
「私じゃないってぇ!」
「マコトは意識の中だってばぁ~」
「あ」
サーミャが止まった。
「……そうだった」
「悪い悪い、ついかーっとなっちまった」
「酷いよぉぉぉ!」
涙目で抗議するルティーナ。
しかしすぐに得意げな顔になった。
「でも、みんな安心して!」
「みんなの貞操は守ったから!」
「はぁ?」
首を傾げる面々。
ルティーナは、バルステンの温泉宿で起きた一件を説明した。
「あっ!」
エリアルが思い出したように声を上げる。
「拒んでるように見えたのは、そのせいだったんですね?」
「急にはしゃぎ始めた理由って……納得しました」
「ぷはっ!」
サーミャが思い出したかのように腹を抱えて吹き出す。
「情けねぇ~」
「こいつ童貞かよっ!」
「シャルの秘宝で撃沈なんて……あははっははは」
「そうなのよ……ウケるでしょ?」
ルティーナも頷く。
「あの時は、女神シャル様の魅惑に感謝したわよ」
(俺はその恩恵の記憶がねぇんだぞ!)
馬琴は本気で傷ついた。
――そんな中。
突然シャルレシカが涙目になった。
「うぅぅぅぅ~」
ルティーナの肩に手を置く。
「どうしたのよ? シャル」
「マコマコにぃ~全てを見られてしまいましたぁ~」
「私ぃ、お嫁に行けません~しくしくぅ」
(だから覚えてねぇから……つか、マコマコはやめろ!)
「大丈夫ですよぉ……」
ロザリナが苦笑する。
「所詮、女性の裸で記憶を失うような――残念な童貞さんなんですから」
(リーナの声が冷てぇ~!)
(それと、そんな目でこっち見ないで……)
「(ぷっ……で、さっきから『ドウテイ』ってみんな言ってるけど何?)」
(お前は、まだ知らなくていいっ!)
再び笑い声が響く。
その様子を見ながら、馬琴は静かに思う。
散々な扱いだ。
だが不思議と嫌な気はしない。
自分がいじられることで、ルティーナが皆に溶け込んでくれるならそれでいい。
存在が知られたことを後悔していなかった。
ルティーナも同じだった。
秘密を知った後も、皆は変わらない。
それが何より嬉しかった。
「でも今後は気を付けるか」
サーミャがニヤリと笑う。
「風呂と着替えの時はルナ要注意な」
「「「はーい」」」
(もうやめて……)
「私も共犯にしないでぇ!」
「「「「あははは」」」」
その後も話題は尽きなかった。
ロザリナは、イスガで見たことのない物を馬琴が知っていた理由にも納得する。
「マコトさんの世界に存在していたのであれば説明がつきますね」
エリアルは首をかしげながら言う。
「そういえば、人形兵の撃退方法や、爆弾の事をカクヘイキって言ってましたしね」
シャルレシカも頷く。
「爆弾や人形はぁ、大昔の設計図から作られた記憶はみとれましたけどねぇ~」
――大きな疑問。
なぜ馬琴の知っているものが、この世界に存在しているのか。
機械の事だけではない、魔物も知っている動物がベースになっている。
その理由は誰にも分からなかった。
(逆に考えると……)
馬琴は思案する。
(もしかしたら、この世界は俺の世界の数千年……いや数万年後なのか?)
だがすぐに首を振る。
(それはないか……魔法も魔物も説明がつかない)
まだまだ調べる課題はたくさん残っていた。
散々、質問責めにあったルティーナと馬琴であった。
そのうち話題は、エリアルの魔剣へと移っていった。
「――そういえば」
ルティーナが言った。
「エリアルさんの剣も、水晶に触れて変化したんだよね」
「はい」
「マコトが前から違和感を感じてたんですけど」
「……もしかしたら誰かいるんじゃない?」
エリアルも同じことを考え始めていた。
「ではぁ、私の出番ですねぇ」
「前から気になってたんですよねぇ……やっと仲間になれたので堂々とできますぅ」
シャルレシカは剣に手を触れ、過去視を始める。
――そこに映し出されたのは、ミレイユから聞いた話と同じ光景だった。
スウエンが剣で水晶の破片に触れた瞬間。
凄まじい光が周囲を包んだ。
「ルナの時と同じ……」
エリアルが顔をしかめる。
「全然見えませんね」
しかし。
光が消え始めた瞬間だった。
スウェンが目撃したという白い衣装の女性がぼんやりと一瞬だけ映る。
そして剣の中へ吸い込まれていった。
――それを見た瞬間。
マコトが息を呑んだ。
(と、誉美っ!)
「(え? それってマコトの結婚相手って人じゃん!)」




