第109話 哀愁ト再会
――話は、サーミャが崩落した瓦礫の下敷きになった時に遡る。
サーミャの意識は、ゆっくりと闇へ沈み始めていた。
全身が重い。
――眠い。
どうしようもなく眠い。
(まったく……ドジこいちまったなぁ)
自嘲するように笑う。
(ヴァイス……あたいもそっちに行くからさ)
薄れていく意識の中で、最初に浮かんだのは最愛の男の顔だった。
(まさか浮気なんてしてねぇだろうな……ははっ)
笑ったつもりだったが、声になったかどうかも分からない。
だが、思い浮かぶ顔は一人だけではなかった。
(シャル……あたいの杖……大切に使えよ)
(リーナ……もう少し悪乗りしたかったな)
(エル……あいつらのこと、頼んだぜ)
(ルナ……お前の秘密、聞きそびれちまったな)
(あたいを救ってくれてありがとな)
もう後悔はなかった。
そして。
体の感覚が、ひとつずつ遠のいていく。
(ちゃんと、お前のところに行けるのかな)
その時、一つの魔法が脳裏をよぎる――。
『転移魔法』
――想い人の元へ飛ぶ魔法。
(こんな時に……なんで思い出すんだよ)
(そうだ……最後に願いを叶えてくれよ)
サーミャは無意識のまま転移魔法の詠唱を呟く。
詠唱をし終えた頃――遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
――サーミャ。
(ヴァ……イス……?)
――俺は、いつまでも待ってる。
周りの音はすでに聞こえない。
――それでも確かに聞こえた。
(最後に夢がかなったよ……)
(――あばよ)
一方その頃。
ルティーナ達は途中で追いついてきたエリアルと合流し、ノモナーガ王国へ国境付近まで来ていた。
誰も口数が少ない。
沈痛な空気だけが馬車を満たしている。
そんな中、ヘギンズは無理やり明るい声を出した。
「おいおい、元気出せよ」
しかし、その声にも無理があった。
「そんなんじゃ、アンハルトに説明できねぇだろうが」
少し間を置いて。
「それにサーミャは、そんな辛気臭ぇ空気を一番嫌う女じゃなかったのか?」
「今のお前らを見たら、雷落とされちまうぞ!」
誰も返事をしない。
だからこそヘギンズは続けた。
「あいつとな……酒を飲む約束してたんだ」
手綱を握る。
「すっぽかしやがって……」
その言葉にルティーナは涙を拭った。
「ギンさん……」
「ありがと」
自分が無理をしているのは分かっていた。
だが、ルティーナは立ち上がろうとする
「私も、まだ約束を守ってもらってない!」
ルティーナの瞳にわずかに光が戻った。
「どうせ今頃、ヴァイスさんと一緒に私達を見守ってるわよ」
「だから約束の事は責めないであげましょ」
ロザリナが苦笑いする。
馬車はノスガルドの街に入り、目の前にはアンハルト達がいる『碧き閃光』の拠点が見えてくる。
「みんな、私が報告するから……」
ロザリナとエリアルは小さくうなずく。
――その時だった。
シャルレシカだけが不思議そうな顔をしていることに気付く。
「どうかした? シャル」
シャルレシカは首を傾げたまま動かない。
「ん~……」
そして。
「『碧き閃光』の拠点に……ミヤの気配がしますぅ」
一同が固まった。
「シャル……」
ルティーナは力なく笑った。
「そんな訳ないよ」
「でもぉ……」
「気を遣わなくていいから」
期待して裏切られるのが怖かった。
――だから否定するしかない。
「絶対ぃ、ミヤでよぉ……」
シャルレシカは困ったように眉を下げる。
「もういいってば……」
ルティーナは視線を落とした。
「ありがとう、シャル」
その優しさが今は逆につらかった。
「うぅ……違うんですけどぉ……」
「こらっ! シャルレシカ」
ヘギンズが苦笑する。
「それぐらいにしておいてやれ」
「報告前にルナリカを泣かすなよ!」
「しゅんっ……」
納得していない顔のまま、シャルレシカは口を閉じた。
そして――。
『碧き閃光』の拠点の前に四人が立つ。
ルティーナ達は重い足取りで扉へ向かう。
その時だった。
中から笑い声が聞こえた。
聞き慣れた声。
二度と聞けないと思っていた声。
「――え?」
三人の動きが止まった。
「だから言ったじゃないですかぁ」
そして――。
扉の向こうから、再び声が聞こえる。
「いいじゃねぇか! 飲ませてくれよぉ」
「酒は百薬の長なんだぜっ!」
間違いない――。
「……嘘」
ロザリナが呟く。
エリアルの声が震える。
ルティーナは扉に手を伸ばした。
指先が震えていた。
そして――。
勢いよく扉を開け放つ。
「ミヤっ!!」
室内にいた全員が振り返る。
その中央。
そこに居たのは――。
「よぉ! みんな」
髪こそ短くなっていたが、
間違えるはずもないサーミャだった。
「そんな幽霊でも見たような顔すんじゃねぇよ」
誰も動けなかった。
誰も言葉が出なかった。
そこに居る。
確かに居る。
だが、理解が追いつかない。
死んだはずだった。
もう二度と会えないと思っていた。
ルティーナの唇が震える。
「……ほんもの?」
掠れた声だった。
「あたい以外の誰に見えるんだよ」
その声。
その笑い方。
その目。
間違いない。
ずっと探していた仲間だった。
その瞬間――。
張り詰めていたものが一気に切れた。
「ミヤぁぁぁぁぁっ!!」
ルティーナが泣きながら飛びつく。
「うおっ!?」
続いてロザリナも。
シャルレシカも。
エリアルも。
――全員が我先にと涙を流しながら飛びついた。
「お、お前ら!?」
サーミャは困惑する。
だが。
抱きついてくる仲間達を振り払うことはできなかった。
「馬鹿……」
ルティーナが叫ぶ。
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁっ!」
拳で何度も胸を叩く。
「よかった……」
「よかったよぉ……」
「生きてて……よかったぁ……!」
ルティーナの拳が止まる。
次の瞬間――
「なんでっ……!」
「帰ってこないのかと思った」
「心配したんだからぁっ……!」
サーミャは苦笑した。
「あー……悪かったよ」
その笑顔を見て。
その声を聞いて。
その温もりを感じて。
ようやく全員が理解する。
本当に生きててくれたのだと。
皆が落ち着いた事。
当然の疑問が飛び出した。
「どうやって戻ってきたの!?」
「それは俺が説明しよう」
アンハルトが口を開いた。
――三日前の明け方の話。
ブライアンの希望で兄ヴァイスの墓参りをすることになった。
そこで墓前に黒い空間が出現し、その中から血まみれのサーミャが飛び出してきた。
すぐにシェシカが再生魔法で治療し命を取り留めた。
……何が起こったのか、その理由は誰にも分かっていない。
ただ一つ分かるのは、サーミャが生きて戻ってきたということだけだ。
しかし出血があまりにも酷かったため、今朝ようやく目を覚ましたばかりだった。
「(まさか――イスガの『鍵』で脱出した時に……)」
「(偶然、ミヤも助けてくれたってこと?)」
サーミャはニヤリと笑いながらルティーナの肩に手を回す。
「(いや、もっとすげぇんだ)」
「(……ルナの秘密と交換で教えてやるよ)」
「(楽しみね)」
サーミャは連絡しようがなかった。
皆が無事なら、ここで待っていれば必ず会えると信じていたのだ。
「例の件はうまくいったんだな? 無事で帰ってきてくれてよかった」
「それは、こっちの台詞よ!」
ロザリナは、容姿の変わってしまったサーミャに問う。
「……それより、髪を切っちゃったんですか? 金色の髪……長くて綺麗だったのに」
「瓦礫の下敷きになった時にな……あはは」
「再生しなかったから、こうなっちまった」
「わ、私のせいじゃありませんからね!」
シェシカは頬を膨らませた。
そしてエリアルが自分も『零の運命』に入ったことを、皆に伝える。
「あたいが死んだと思って、気を使ったんじゃねぇよな?」
「代わりになれるとは思ってなかったけどね」
「あたいの代わりは誰もできねぇよ」
サーミャは大笑いをしながらエリアルに抱き着く。
「これからもよろしくな!」
ルティーナは突然思い出す。
このことを未だ知らないヘギンズの事を――。
「そうだ。ギンさんがミヤの墓前で飲むつもりだった葡萄酒を大量に買ってるよ」
「あ~んギンさん大好きぃ~」
「外に居るんだろ? 呼んできてくれよルナっ」
「よっし今夜は、とことん語りあかそうぜっ」
「(いつものミヤだね)」
(あぁ……よかったなルナ)
笑い声は夜更けまで途切れなかった。
失ったと思った仲間がそこにいる。
それ以上望むものはなかった。
(第伍章 「砂漠ノ王国」編 完)




