第108話 王国ノ最後
ルティーナ達は、イスガ王国から放たれた光に包まれ、地上へ転移させられていた。
空はすでに白みを帯びている。
転移した瞬間、三人は辺りを見回した。
そしてルティーナが大声で叫ぶ。
「ミヤ――っ!?」
「サーミャ=キャスティルぅぅぅぅっ!!」
悲鳴にも似た声が、朝焼け何もない大地へ響き渡った。
だが――返事はなかった。
吹き抜ける風だけが、静かに砂を揺らしている。
その瞬間。
張り詰めていた糸が切れた。
ルティーナはその場に崩れ、掻き切れそうな声をだしながら涙を流した。
「ああ゛あ゛あ゛――――――っ」
ロザリナも。
エリアルも。
かける言葉が見当たらなかった。
ただ喪失感だけが胸を重く締めつける。
どれほど時間が経ったのか分からない。
いつの間にか、灼熱の砂漠は消えていた。
そこに広がっていたのは、朝露に濡れた草原だった。
王国が封印された証だった。
しかし、今の彼女達には、その光景を喜ぶ余裕はなかった。
サーミャが命を懸けて辿り着いた結末。
それを共に喜ぶはずの彼女だけが、そこには居なかった。
砂漠の消失は大事件だ。
いつまでもここにいる訳にはいかない。
ルティーナは唇を噛み締めながら立ち上がった。
「……みんな、行こう」
元気はない……声が震えていた。
それでも歩き出す。
転移地点は街道から数キロ離れていた。
ルティーナは懐で眠るシャルレシカをそのままに、
エリアルとロザリナを小さくして懐へ収めた。
そして人目を避けながら宿場町近くまで飛翔した。
道中、誰も口を開かなかった。
話そうと思えば、いくらでも話せた。
だが誰も最初の一言を見つけられず、ただ時間だけが過ぎていった。
そして昼過ぎ。
ようやくヘギンズの待つ宿場町へ辿り着く。
「おっ! ルナリカ! 無事だったか!」
だが、三人の顔を見た瞬間、ヘギンズは言葉を失った。
泣き腫らした目。
力のない表情。
何かがあったことは明白だった。
「ごめん、ギンさん……今は少しだけ……」
ロザリナはルティーナを抱きしめながら、頭を下げる。
「目的は達成できました。詳しい事は明日、お話いたします……」
ヘギンズは黙って頷いた。
それ以上聞かなかった。
三人は肩を落としながら、部屋へ入って行く。
「あいつら……」
部屋に入ると、ルティーナは懐で眠り続けていたシャルレシカをそっとベッドへ寝かせ、元の大きさへ戻した。
そして三人も、それぞれベッドへ倒れ込む。
身体は限界だった。
それでも、誰一人として眠れるわけがなかった。
――静まり返った部屋。
「ルナ?」
ロザリナが小さく声をかける。
「寝れないんですか?」
「……ばれちゃったか」
ルティーナは天井を見つめたまま答えた。
「リーナも起きてたの?」
「私も眠れないわ」
ロザリナは苦笑する。
会話が続かない。
――そこへ。
「なんだ」
「みんな一緒か」
エリアルが上体を起こす。
「エルも?」
「眠れる訳ないだろ」
自嘲気味に笑う。
眠れないまま時間だけが過ぎていく。
その静寂を破ったのは――。
「……むにゅ?」
小さな声が響き、三人が振り向いた。
「シャル!」
ようやく魔力枯渇から回復したシャルレシカが目を覚ました。
そして周囲を見回し――。
「あれぇ? ミヤは?」
――誰も答えなかった。
空気が凍りつく。
事情を聞かされたシャルレシカは顔色を失った。
「そんなぁ……」
力なく俯く。
「わたしが倒れてなかったらぁ……」
「――違うよ」
ルティーナは即座に否定した。
「でもぉ……」
誰もシャルレシカを責めてはいない。
責める相手など、どこにもいなかった。
結局、誰一人眠れないまま朝を迎える。
さらに目を腫らしたまま、ヘギンズの馬車でバルステン王国へ向かうことになる。
道中、四人はイスガ王国で起きた出来事を説明する。
話を聞いたヘギンズは絶句した。
だが最後に一言だけ口にした。
「そうだったのか……」
「辛かったな」
その短い言葉だけが胸に刺さった。
誰も多くを語らない。
沈黙のままバルステン王国へ到着した。
その夜。
ルティーナとエリアルは孤児院を訪れた。
王国を救った報告をしなければならない。
本来なら喜ばしいはずだった。
だがルティーナの足取りは重かった。
そして二人を出迎えたミレイユは無事な姿を見て安堵する。
エリアルは早速、イスガ王国で起きた全てを語った。
王国の状況。
フレーディアが帰って来れなかった理由。
イスガ王が封印に固執していた理由。
ミレイユは静かに聞いていた。
「そんなことが……」
「でも、あなた達のおかげで、お父様もお母様も眠れます」
そう微笑んだ彼女だったが、二人の表情の違和感に気づく。
「何か隠してませんか?」
ルティーナは言葉に詰まる。
それを見かねたエリアルは代わりにサーミャの事を話した。
ミレイユは口元を押さえる。
「そんな……」
涙が零れ落ちた。
「私、自分達の事ばかり……」
「ごめんなさい……」
ルティーナは首を横に振る。
誰も悪くない。
それでも悲しみは消えなかった。
サーミャが居れば。
きっと今頃――
「何、しけた面してんだよ」
「お前ららしくねぇーぞ」
そう吐き捨てるように笑っていただろう。
沈黙が続く。
その静寂を破るように、エリアルが突然頭を下げた。
「ミレイユ、僕のわがままを聞いてくれますか?」
「?」
「ルナ、僕を『零の運命』に入れてくれ」
突然の発言に、ルティーナが目を見開く。
「エル?」
「ミヤの代わりにはなれない」
「でも、彼女が守ろうとしたものを僕も守りたい」
真っ直ぐな言葉だった。
ルティーナはしばらく黙っていた。
そして小さく頷く。
「うん! これからもよろしくね」
「ミヤの代わりじゃなく、エルはエルだからね」
「ありがとう」
エリアルは安堵したように笑った。
ミレイユも静かに頷く。
「エリアルのやりたいようにしなさい」
「でも、いつか戻ってきてくださいね」
「はい!」
エリアルは力強く返事をした。
その後、イスガ王の形見である宝石を受け取ったミレイユは、それを大切そうに胸へ抱きしめた。
「……残りの余生、これでさみしくなくなりました」
「(お父様、逢えたのですね)」
「ありがとう。あなた達を信じてよかった……」
その笑顔は、どこか寂しげだった。
翌日。
エリアルは孤児院の子供達へしばしの別れを告げる為、一日一緒に過ごすことにした。
ルティーナ達は宿で四人、サーミャとの思い出を語り合う。
忘れないように、心に刻むため。
仲間の為に怒る顔。
馬鹿笑いしていた顔。
毒舌で語るしたり顔。
二日酔いのだらしない顔。
全部が鮮明だった。
そして最後に思い出したのは――。
「「「残念な、美人っ!」」」
「「「くすっ」」」
絶対に忘れない。
それでも人は前に進まなければならない。
しばらく三人はお互いを気にせずに泣いた。
そしていつの間にか眠りに落ちていた。
そして翌朝。
ルティーナ達はバルステンを離れ、ノモナーガ王国へ向けて出発する。
少し遅れてエリアルは馬で追いかけてくる予定だ。
馬車の中。
「そういえば」
ロザリナが窓の外を見る。
「全然暑くないですね」
「そうだね」
ルティーナも頷いた。
「あの暑さって、砂漠が原因だったのかな」
「これからは魔物が出るようになったりするのかな?」
シャルレシカが『エクソシズム・ケーン』を持ちながら目を閉じる。
そして数秒後、目を開いた。
「大丈夫だと思いますぅ」
「え?」
「八キロくらい先でぇ……大きな悪意が固まったまま残ってますぅ」
馬琴は小さく呟く。
(封印の余波……今はもう動いていないということか)
「(そういえば、王国に居た時には遭遇しなかったわね)」
(姿を見せなかったのは理由があったんだろうか?)
――そして、砂漠のあった場所を後にする。
ルティーナはつぶやく。
「おやすみ、ミヤ」
「いままで、ありがと……」




